8-1 第2魔界・インフェリア
俺は今、シュバルの手に乗せて貰っている。
魔界とは思えないほど、のどかで、牧歌的な草原が広がっている。
このまま下の方を飛んで貰えれば、草の匂いまで漂ってくるかもしれない。
「バカ者! なんで来た!」
そんな景色なんかよりも、まずはシュバルとのケンカだ。
「シュバルこそ! なんで黙って出て行っちゃうのさ!」
小さな手で、シュバルの手のひらを叩く。
「俺がボルだから!? それとも弱いから!?」
「――ダンジョンを一度出てしまえば、もう蘇生はできないんだぞ」
「今回はエルが捕まってしまっている。ワシでは蘇生魔法をかけることもできないし、すぐ近くに悪魔教会も無いのだぞ」
「死んだらそれっきりでしょ――そんなの分かってるよ」
分かってても怖いけど。
震えるのは、風が当たってるだけじゃない。
「――分かった。どの道、ここまで来たらもう引き返すことはできない」
上を見ると、通って来たはずの門は、影も形もなかった。
「再び門が出現するのは、明日の同じ時刻だ」
「どんとこい! グリュウなんかなんだ!」
しばらく魔界の空を飛んでいるんだけど、まぁここが魔界だってなんとなく肌身で感じていた。
草原を、身体にコケを生やしたような巨大なイノシシが走ってる。
ここから見ても、岩山が動いているのかと思ったくらいの大きさだ。
『グモッ!?』
『グギャアアッ!』
そんな大きなイノシシを――地面から飛び出してきた、巨大なミミズが丸のみにしてしまい――
そのままミミズは、再び地中へと潜って行った。
「あれ、なに!?」
「野生のメドウワームだ。地面を走っていれば、ああやって捕食されるぞ」
「ひえっ」
仮に俺が単独でここまで辿り着いたとしても――
ぜったいそこらで死んでるよな……。
「……正直に言うとな、ワシも怖かったのだ」
「そうだよね。気持ち悪いよね……あのミミズ」
「ククッ――いや、そうではない」
俺が首を傾げていると、シュバルは優しい声で語ってくれた。
「あの時だ――お前とワシが出会った時のこと、覚えているか」
「うん。シュバルの宝物庫に、冒険者が略奪に来て――」
「その時……予想外の一撃を貰い、ワシは咄嗟に逃げたのだ」
「逃げて、逃げて……一息ついた頃に、お前と出会った」
「それからあの冒険者がやってきた時もだ。ワシはどうやってここから逃げるかで頭の中が精一杯だった」
「シュバル……」
「なのに……お前は立ち向かった。自分より遥かに強い者に挑むその姿を見て――ワシの心は震えた……」
「お前がなにかに立ち向かう姿は、ワシに勇気をくれた」
「だから――ワシはひとりで。決闘を挑むことを決めたのだ」
「……失望したか? ワシはグリュウに言う通り、弱虫なのだ」
「……意外だった。だってダンジョンでボスやってる時は、もっと堂々としてたのに……」
「それは他の者がいるからだ。ダンジョンマスターとして、それに相応しい立ち振る舞いをしなければならない――」
それには、少しばかり心当たりがある。
中学や高校時代。
誘われるがままやってた部活動。
それでも後輩ができると、それまで曲がっていた背も少し伸ばそうと心掛けたものだ。
――まぁ、その心構えも長くは続かなかったんだけど。
「だが、不思議と怖くはなかったのだ。後ろに皆が居てくれるだけで、ワシはいつも以上の力が出せた――」
「だったらもう大丈夫だよね」
ふふん、と俺は背を伸ばすし胸、いやボディを叩く。
「だって、俺が居るんだし!」
「……ククッ。そうだな――」
◆ ◆ ◆
太陽もないのにこの魔界では、夜があるようだ。
周囲がぼんやりと暗くなっていく。
「見えたぞ――」
「見えたって……なんか大きなお城しか見えないんだけど。魔王城?」
平原のど真ん中に。
それはもう立派なお城が建っていた。
オーストリアやイギリスから、そのまま持ってきました! って感じの、石造りの城。
城壁に囲まれ、中にはいくつもの砦が見える。
「あの城が、グリュウの巣だ」
「――ええ!?」
巣っていうから、みんなダンジョンみたいな洞窟とか塔みたいにしてると思ったのに。
「来るぞ――」
「え、なにが――おわっ!?」
シュバルが近づくと、砦のあっちこっちから矢が飛んできた。
それだけじゃない。
大きな目玉が生えた塔が、何本も生えてきた。
『カッ!』
「むん!」
目玉からの光線を上手く避けていくシュバル。
矢もシュバルに届く前に、周囲に覆われた風で吹き飛んでいく。
「このくらい全然余裕だよね!」
「ああ。だがあの光線には気を付けろ――当たると、石化するぞ」
それほぼ即死じゃんか!
「グリュウよ! 我はブラックドラゴン、シュバル――」
「貴様に……竜決闘を挑みに来たぞ!」
そう叫ぶと――あれだけ飛んできていた攻撃はすべて停止。
そして1番立派で、1番大きな扉が――重たく開かれた。
「気を付けてね――どんなワナがあるか……」
「危険は承知だ。行くぞ――」
シュバルはまっすぐ、扉の中へと飛び込んでいく。
俺もしっかりと、手に捕まる。
ガコンッ――と、背後で扉が閉まる音が聞こえる。
「――グリュウ、いるのか!?」
内装もまた、中世貴族のお屋敷のような美しさだった。
あのグリュウの巣って聞いて、もっと荒れ果てたイメージはあったけど――
意外と綺麗好きなのか?
目の前には、ドラゴンも通れそうなくらい広い、地下へと続く階段が見える。
『ギャーギャーうるせーな』
階段の奥から、声が響く。
『地下へ来い。愛しのエルメイアも一緒だぜ?』
「行くぞ、シロー」
「うん」




