7-3 臆病者
もう完全に夜が明けてしまった。
黒の迷宮、裏口ホール。
俺は叫ぶ――
「助けに行かないと!」
あれだけやられても、死んだモンスターは誰も居なかった。
頑丈で良かったけど――誰もが、沈鬱とした表情だった。
「お前ら、すまなかったな」
「いえ。分かってはいましたけど、グリュウの奴には歯が立たな――イタタ」
「……フェルネ」
「は、はいっ!」
「悪いが……エルの代理を頼む。そろそろ冒険者もやってくる頃だ」
淡々と命令していくシュバルの後姿に、俺は思わず声を荒げてしまう。
「シュバル!」
「……シロー。お前も営巣担当として、仕事がある――」
いつもより重そうな足取りで、シュバルは奥へと行ってしまった。
「あーあ。ハデにやられちゃったなー」
「スリーピィ!」
お腹を押えながら、スリーピィはこちらへ歩いてやってきた。
壁がクレーターのような形でへこんでいる。
もうマンガやアニメでしか見たことないが、実際に目の前で見ると――
「大丈夫? ケガはしてない?」
「ごほっ――」
口から紫に近い血を吐く。
「うわっ、フェルネ! 回復魔法使える人を――」
「このくらいなら自分で治せるよ……ありがと」
「……スリーピィでも、一撃でやられちゃうなんて」
「わたしも直接ドラゴンと戦ったことはなかったけど~……あんな三下でも、あそこまで強いとは思わなかったね」
あそこでシュバルが止めてくれなきゃ、たぶん俺は真っ赤なキリになっていただろう。
それでも――
「エルを助けに行かないと……スリーピィは、グリュウがどこに行ったか分かる?」
「ドラゴンが帰るって言ったら、そりゃ自分の巣だろうね――魔界だと思う」
俺がシュバルと出会った魔界――
「ミッテルガルズより、もっと深いところだよ。2層か、3層か……詳しい場所はシュバルちゃんが知ってると思うけど……」
「シュバル!」
俺は短い足を懸命に動かし、あの黒い背中を追いかけた。
「シュバル!!」
「どうしたシロー。早く配置に――」
「エルは、シュバルの仲間……家族なんでしょ!?」
「……」
「いつもシュバルのために頑張ってくれているのに――竜の契約が大事なのは分かるよ? それでも――」
「知った風なことを言うな」
その声には、たしかな怒気がはらんでいた。
「竜社会において刻印契約は重要視される――それがオス同士の決闘であるならば、なおさらだ」
「決闘って、あんな卑怯なことされたのに!?」
「相手がどんな手を使ってきても、それを乗り越えるだけの器量と知恵を示さなければならない――ワシには、それが出来なかったのだ」
ああいえば、こういう。
まるでシュバルが――
「グリュウの奴から、逃げるの」
「なに――?」
「さっきから竜社会だの、示すだの――俺は体面の話じゃなくて、シュバルの想いを聞いてるんだよ!?」
「異世界の人間であるお前には分からないだろうが――」
まるで苦しんでいるように、シュバルは顔を背けた。
「ワシではグリュウには勝てん……力ある者には従え。それが――」
「それが魔界のルールだって? でも、ここはシュバルのダンジョンだよ」
あの日。
たしかにシュバルはこう言った。
「ここじゃシュバルがルールなんだ――もう1回、聞くよ」
俺は、彼の真意が知りたい。
「シュバルは……どうしたいの?」
ピンポンパンポーン↑
『まもなく冒険者がやってきます。数は7組ほど――至急、ダンジョンのモンスターは配置についてください――』
空気が読めない放送に、シュバルはため息交じりに呟く。
「……仕事の時間だ」
「シュバル!!」
俺の言葉に――黒いドラゴンは、振り向きもせずに向こうへ行ってしまった。
◆ ◆ ◆
同日、夜――
仕事をしている間にも、俺は準備をしていた。
対ドラゴン用の巻物に、回復用のポーション。
長めのロープや、いつか貰った黒いウロコ。
それらを麻のリュックへと詰め込み、背負う。
「ポム(班長、お出かけですか?)」
「ポム(ふっ。あのエルさんを助けに行くんだろ?)」
「ああ――留守は頼んだよ」
部屋を出て――右よし、左よし。
シュタタッと通路を走り、ミッテルガルズ行きの転送装置の前までやってきた。
「ドラゴンなんて、あんだけ目立つんだ。向こうで聞き込みをすればすぐに居場所だって――」
しかし足を踏み入れても、装置の魔法陣はウンともスンともいわなかった。
「……あれ?」
「エルちゃんの承認がないと動かないよ~、それ」
ネグリジェ姿のスリーピィが、壁に寄り掛かりながら髪をいじっている。
「それにミッテルまで行けても、魔界への門はミッテル魔王の許可ないと開けて貰えないし、直通転送装置も資格がないと起動すらしないし」
「資格って?」
「レベルは最低でも50は必要かな~」
俺はカードを出し確認する――
レベルは7。
まぁ死んだ後に毎回確認してるから知ってるけど――念のため。
「つまり……スリーピィ、ここで俺をあと43回殺してくれ!」
「うん?」
「ダンジョンの魔力で俺は蘇れるし……痛いけど……借金エグいことになるけど……」
ああでも。
まずは向こうに行かないと始まらない。
気ばかりがはやって、上手く頭が回らない。
「早くエル助けに行かないと……あのグリュウが丁重にもてなしてるとは思えないよ」
「そうだね~。例えば、こんな目にあってるかな?」
彼女の目と目が合った瞬間。
俺の脳裏には、ある情景が浮かんできた――
◇存在しない記憶◇
それは薄暗い石造りの部屋だった。
ロウソクの灯りに照らされ、ベッドには大柄な男が裸で寝そべっている。
天井から手首を、鎖で縛られて吊るされた褐色肌の女性――
毎日洗濯されパリッとしていた執事服は切り裂かれ、無残な姿になっている。
もう服というより、裸に布が張り付いているレベルだ。
その扇情的な肢体が、上下に揺れる。
「くくく――どうだ、お前のご主人様と比べて」
「ふっ、ふさげるな……」
しかし男が腰を突き上げる度に、女性は艶声をあげる。
「シュ、シュバル様なんかよりも粗末なモノで……」
「だが身体は正直なようだな、ああん?」
「ひゃんっ」
その女性の顔は、セリフと相反して――まるで蕩けそうなほどの赤みを帯び――
「オラッ! この、マゾ豚エルフがッ!」
その言葉と同時に。
エルは、絶頂を迎えた。
◇終わり◇
「うぎゃあああ!?」
俺は、その光景に絶望の叫びをあげる。
「あっ、ごめん。やりすぎたよ」
ね、寝取られは一般性癖じゃない――
幻だと分かってても、これは脳が破壊される……。
「うわああッ! グリュウめ、絶対許さないぞ!!」
かつてないほどの怒りが、俺のボルテージを上げていく。
「あれ? シローさん、なんでここにいるんですか?」
そんなやり取りをしていたら、巡回中のフェルネに見つかってしまった。
「あ、えーっと。これは――」
「てっきり、シュバル様と一緒に行かれたと思いましたよ」
うん? と俺は身体を傾げた。
「えっ、それってどういう――」
「さきほど……シュバル様は魔界へ向かわれましたよ」
その言葉に――
俺は置いていかれた事実よりもなにより。
嬉しかった――




