7-1 急転直下
「黒の迷宮、4万5110ポイント差で……負けました」
フェルネからの報告に、頭の中が真っ白になる。
「……見せてくれ」
「はい」
シュバルが、最新のランキング結果が載った紙を受け取る。
「…………たしかに碧の洞窟が、ポイントで上回っているな」
凍り付く空気。
……嘘だろ。
ランキング4位だったスリーピィたちの力も借りて、こんな大規模なイベントも起こして――
過去最高にポイントも稼いだのに……怖くて、他のみんなの顔が見れない。
「しかし、事実を認めなければ――」
シュバルが持っていた紙を降ろす――いや、なにか違和感が。
「俺にも見せてッ!」
紙をひったくるように手元へ持ってくると、とにかく徹底的に調べた。
「シロー。悔しいのは分かるが、何度確認しても……」
「…………いや、おかしいよ。ここ」
日本じゃ書類のミスばかりだった俺。
だから逆説的に。ミスをしないための術は誰よりも詳しい。
違和感は、すぐに現実となる。
「全部で120あったはずのダンジョンが、90こしかない」
ランキングは、90位で終わっている。
「こんなのすぐに無くなるとは思えない――フェルネ、どう思う?」
「……ありえません」
「増えても減っても、その時点でダンジョン協会より、その地方の全ダンジョンには通告が来きます」
「……フェルネよ。このアッサムの協会支部は、どこにある」
「たしか、4丁目エリアの――南部の方。迷いの森にある、湖畔です」
「シュバル?」
「――すぐに戻る」
「待って、俺もいく!」
「面白そうだから、わたしもいくー!」
シュバルはすぐに人化を解き、大きな竜の姿へと変貌する。
「仮にグリュウの奴が来ても、すぐには入れるな」
「……分かりました」
俺とスリーピィは、その黒い背中に飛び乗り――ダンジョンから飛び立つのであった。
◆ ◆ ◆
外はすっかり夜となっていた。
天を埋め尽くす星と、まるでこちらをじっと見ているようなお月様。
ひらすら聞こえるのは風の鋭い音。
この小さな身体に冷たい夜の大気が当たる。
「さ、さむい……」
「わたしが温めてあげるねー」
全身を大きなネコに変化したスリーピィは、そのモフモフとした体毛で包んでくれた。
良い匂いだ……。
「あったかい……なんかすごい大きなネコだね」
「にゃおん」
返事までネコっぽくなってる。
――あれ。スリーピィの変身条件ってたしか……。
「……見えた」
そうシュバルは言うのだが、周囲は鬱蒼と茂っている森とキリばかり。
しかも今は夜だ。
夜目が効くであろうシュバルと違い、俺はなんにも見えない。
「あそこにゃん」
スリーピィが指差した場所――月明りを反射しているキリが、一層濃くなっている場所がある。
「つっこむぞ」
「うわっ!?」
返事をする前に、もう周囲はなにも見えなくなってしまった。
でも、それもすぐに終わる。
キリを抜けさ先には――とても広く、底がうすぼんやりと光っている湖。
湖の真ん中に、渦巻いた形の塔が見える。
「もしかして、あの塔?」
「おそらくそうだ」
すぐにシュバルは、塔のある小島へと降下。
地上に降り立つと同時に、スリーピィが俺を抱えて降りてくれた。
「――これはこれは。何者かが結界を抜けてくると思えば――シュバル様でしたか」
地面を這う1匹のモンスター。
それはサッカーボールほどの目玉に、ウネウネとした触手がついていた。
「ダークアイか」
「はいでございます。ダークアイの、メンダルと申します」
「ここはダンジョン協会の支部で相違ないな」
「はい。アッサム支部でございます。……それで、今日はどのようなご用件で? ランキング結果にご不満でもありましたか?」
まるで見透かしたような物言い。
「やっぱり、なんかあったんだろ!」
「変なボルですねぇ――ここに直接乗り込んでくるようなお客様は、たいがいはそういったご用件の方が多いんですよ。分かりましたか?」
本人はニコッと笑ったつもりかもしれないが、なんかムカつくな。
「……ここの支部長に謁見したいんだ」
「本来ならばお断りしているところですが……シュバル様の頼みとあっては断れませんな。……どうぞ。お連れの方もごいっしょに」
ウネウネと地面を這いながら、塔の内部へと案内される。
「……シロー。スリーピィから離れるなよ」
「う、うん」
「すいませんねぇ。我々ダークアイは真っ暗でも、なんの支障もないのです。足元、お気をつけて下さいね」
塔の内部は、たしかにほとんど暗闇に近い。
それでもシュバルと、スリーピィはなんの支障もなく歩いている。
……妙に湿った肌感覚というか、カビのような匂いが苦手だ。
通路をしばらく進んだ後に――
「これが……」
「はい。ここが協会の中心部です」
ここは通路とは違い、内部が全体的にぼんやりと見える。
その理由は、淡く青白い光を放つ水晶が、縦横に何十と並んでいるからだ。
その光に照らされて、ダークアイたちが水晶へ向かってなにかの操作をしている。
「日夜、すべてのダンジョンから送られてくる情報をランキングへ反映したり、協会の定める違反行為はないかと配信映像のチェック――他にも色々な雑務をやっております」
「それで、所長は」
「――ここにいますぞい」
部屋の中央に鎮座していた――ドーム状の塊。
くるっと回り、そのギョロっとした瞳がこちらを無遠慮に見た。
「うげっ」
「どうもバックベアードのオイゾンです」
今度はシュバルほどの大きさのある目玉モンスターだ。
……あんだけ大きいと、目にゴミとか入りやすそうだな。
「して、シュバル殿。こんな夜更けに、どのようなご用件で?」
「……用件? 白々しいことを言うな」
――あれ。なんか緑色のゴミが見えるような――
「その眼を見れば分かる――貴様ら、グリュウにやられたな」
「――なんのことやら、ワカリカネマスナァッ!」
その声を合図に――
「「ギャヒッ!」」
「「ウケケッ!」」
作業をしていたダークアイが、一斉にこちらを向いた。
その目には――緑の魔法陣が浮かび上がっている。
「まさか、全員!?」
「にゃー。こりゃ大変にゃ」
「スリーピィ、耳を塞いでしゃがんでいろ」
「にゃおん」
『シュバル様、御覚悟!!』
全部合わせたら1000本はありそうな触手を、一斉にシュバルに向けて伸ばしてくる。
『ルゥ――ルオオオオッ!!』
竜の咆哮。
その声に魔力を乗せ、大気へと伝わり、全方位に響く破壊音となる。
『ンギャッ!?』
「悪いが――手加減はしないぞ」
「ウーン、シュバル殿。シンデクダサイ!!」
バックベアードの瞳が一瞬輝く。
次の瞬間には、電撃のような光線が放たれて――
「ルォオッ!!」
音声を媒介した竜魔法は、信じがたいことに――光線よりも早く、発動した。
バリバリバリッ!
目玉の発した電撃よりも、さらに大きな黒い雷撃が――光線を捻じ曲げ、バックベアードごと撃ち抜く。
「アギャギャッ!?」
だがボスがやられてもなお、他のダークアイたちはシュバルへと迫る。
「ルゥ、ォォオオオオッ!!」
シュバルのその魔法と共に。
ダンジョン協会アッサム支部は――瓦礫も残さず、吹き飛んだのだった。




