5-7 大神下 士郎の夢・後
さっきまで社長たちに囲まれていた安藤さんが、息を切らしてそこに居た。
「はぁ、はぁ――」
「どうしたのさ」
「ふぅ――ちょっと気分が悪いって先に抜けさせて貰ったんだ。そしたら、見覚えのある背中が見えたから……」
「バレちゃったか」
ヤレヤレとリアクションをとると、それを見た安藤さんが、まるでイタズラを見つけた子供のように微笑む。
「ふふっ。これからどうするの?」
「どうするって。帰り道にあるスーパーで、生牡蠣でも買って家で食べようかなって」
「ふーん――そんなことよりさ。ちょっと一緒に遊んでいかない?」
「うん?」
彼女に手を引かれ、見覚えのある道を辿っていくと――
「こんな田舎にゲーセンなんかあったかな」
場違いな電飾に目が焼かれそうだ。
この町の繁華街――なんて言えば聞こえも良いが、ただの駅前商店街。
学生時代にはよく前を通ったゲーセンも、結局は中には入る機会もないのまま、閉店したはず。
その場所に。
何故かゲーセンが再びオープンしていた。
「入ってみようよ!」
彼女に手をひかれるまま、俺は中へと入る。
四方八方から、ゲームの大音量が耳を貫く。
これなら、夏のセミの方がまだマシだ。
「へぇ~。これってなんていうの?」
「UFOキャッチャーだよ。知らないの?」
「うん、ぜんぜん知らない」
東京なら、いくらでもUFOキャッチャー見る機会ありそうなのに。
学業に専念し過ぎて、こういった遊びとかしてこなかったんだろうか――
「これは100円入れて――レバー操作して……」
UFOに見立てたアームが、ガラスケースの中をぎこちなく動く。
ゲーセンのアームってのは、だいたい弱い。
だから、こうやってちょうどいい場所にアームを持ってきたとしても――あれ?
『ゲット~♪ おめでとう!』
「……普通に取れた」
「すごいね!」
いろいろ疑問も湧くが、ゲットしたオレンジの球体のぬいぐるみを彼女へ手渡すと――
「ありがとう、シローくん!」
不覚にも、ドキっとしてしまった。
素直にお礼を言われると、こっちの頬まで熱くなってくる。
それから、しばらくゲーセンの中で2人で遊んでいたら――もう日付が変わるころだった。
「そろそろ帰らないと……」
「えー」
「送っていくよ。家はどっちの方なの?」
「……あっち」
まるで子供のような口ぶりの安藤さん。
何故か俺の腕へ、自身の腕を絡ませてくる――柔らかいし……ち、近いんだけど。
さっきまで居酒屋やゲーセンに居たのに、料理やタバコの匂いもなく……凄い良い匂いがする。
「……こっちって、すごい楽しいものがたくさんあるね」
「そ、そう? 東京なんかよりも、こっちは田舎すぎて退屈じゃない?」
「……シローくんは、なんで死んじゃったの?」
その質問に、内心ドキリとする。
でも、なぜかそれをすんなり受け入れた自分がいる。
「こんなにも便利で楽しい世界で、シローくんの回りにもいろんな人が居て――」
「……ぜんぜん楽しくなんかないよ。友達もいないし、本当は働きたくもなかった」
でも親が許してくれなかった。
俺も東京の大学に進学したはいいけど――誰ともつるむこともなく、ただ漫然と過ごして。
そしたら母親が「卒業したら帰ってきて、お父さんの友達の会社に就職しろ」って言ってきて。
「成りたいものも、やりたいこともなかったし――まぁいっかって流されて……地元に帰って来たんだよ」
「ふーん……」
「今日なんかはいいけど、夜は日が変わるまで働くこともあってさ。東京の大学出身の坊ちゃんなら、このくらい余裕だろうって」
父さんには、相談できていない。
俺をここまで育ててくれた父さんに、これ以上負担はかけたくない。
「それが辛くて死んじゃったの?」
「まさか。俺も生牡蠣を普通に美味しいから食べてただけで――」
死ぬなんて想像もつかなかった。
「――でも心のどこかで、どうにでもなれってヤケを、起こしてたのかな」
「ねぇ、シローくん……あなたは、なにがやりたいの?」
「やりたいこと……」
気付けば、彼女に案内されるままアパートへとやってきていた。
いや、というかここって――
「俺のアパートじゃん……」
そう呟くと、彼女の熱を帯びた瞳が、こちらを見ていた。
「ねぇ、お部屋。入ってもいい?」
バクバクと鳴る心臓。
カツン、カツンと2人分の足音が、鉄製の階段へ伝わる。
そして俺は、震える手で、自分の部屋を開けた。
「ここがシローくんのお部屋かー」
安藤さんは、スカートがめくれるのもお構いなしにベッドの上に座ってしまった。
「あっ。メイドさんのお人形さん見っけ」
棚に飾ってあった、あるアニメの……衝動買いしてしまったパンツ丸出しのフィギュアを見つけられてしまう。
恥ずかしすぎる。
「あっ。今朝のゴミがまだ――片付けるね」
ベッド前にあるテーブルのゴミを拾おうと身を屈めると、
「よいしょっと」
「えっ、ちょっ!」
彼女は俺の首に手を回し、そのままベッドへ押し倒されてしまった。
こういうのって普通、逆じゃない?
「イイコトしようよ。やりたいことないなら――ここでずっと一緒に……」
甘いささやきが、耳元へ吐息となって伝わる。
安藤さんはブラウスの、胸元のボタンをはだけた。
たわわなお胸と、黒いレースのブラ。
童貞の俺には、刺激が強すぎる。
動悸が激しすぎて、もう一生分の心臓の鼓動を使い切ってしまいそうだ。
「ちょ、安藤さ――」
彼女の良い匂いに、顔面全てが覆われて――
ああ。ついに俺は卒業できるんだと――
そうだ。やりたいことがないなら、いっそ彼女と一緒に。
「……どうしたの? シローくん」
抱きしめたまま頭を優しく撫でてくれる彼女。
だけど、俺はそのまま動けずにいた。
「やり方わからないなら、わたしがぜーんぶ教えてあげようか?」
「……ううん。ありがとう、スリーピィ」
俺は、彼女の本当の名前を告げた。
「もう1度、日本に帰って来られた気がしたよ」
俺の身体は、すでに人間のものではなかった。
ドラ〇もんのような手、短い足に、胴体は無い。
オレンジ色の球体のボディ――それが、今の俺だ。
「……わたしなら、ずっと夢を見せてあげられるよ? あのクソみたいな社長さんも、ハゲた部長さんも……みんな従順にしてあげるよ」
「クソって――いやまぁ、アレでも社長だから……」
ツルツルしたこの小さな身体は、彼女に包み込まれるように抱かれている。
「俺、はじめてなんだ――友達ができたの」
スリーピィは、俺の頭を優しく撫で続ける。
「学校の人たちは違うの?」
「クラスメイトか……俺がなにか話しても……目は口ほどモノを語るとはよく言ったものだよ」
(面倒くさい奴が絡んできた)
(早く話終わんないかな)
まるで心の声が、こちらまで聞こえてきた気がした。
「でも――シュバルと色んな話をした」
「俺が話すことを、ちゃんと聞いてくれて……笑ってくれて。でも、やっぱり物珍しかっただけなんだろうな」
「勝手だよね。それだけで、一方的に友情感じちゃって――」
「……じゃあ、カード出して見て」
気付けば、俺の手には1枚のハガキのようなカードが握らていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
種族:ボル(ランク10)
称号:ブラックドラゴンの盟友
ドラゴン営巣担当
名前:シロー
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「その称号は、魂のカード。嘘はつかない」
「――じゃあ、あのグリュウをコテンパンに負かして、シュバルを助ける。それが今の、俺のやりたいことだよ」
俺はしっかりと、彼女のアメジストのような瞳を見つめる。
そうすると、彼女もニッコリと笑ってくれた。
「そっか。じゃあ、ダンジョンのこと。手伝ってあげるね」
「スリーピィは、なんで手伝ってくれるの?」
「魂の色っていうのかな――そういうのが変わってたから、ちょっとちょっかい出すつもりだったんだけど……」
「魔物も魔族も、みんな誰かを助けるなんて言わないんだよ」
「お金が欲しいから、契約だから、商売だから――」
「わたしも何人ものお客さんを抱いてきたけど、やっぱりサキュバスとしての本能と実績作りのためが大きいかな。信じられるのは、お客さんの持ってくるお金だけ」
「だから――」
柔らかな両手で、俺の頬を優しく掴んでくれた。
「自分より大きな力を持ってるドラゴンを、友達だと信じて疑わない――そんな君が、羨ましいよ」
俺よりもはるかにレベルとランクが高い彼女が。
本当の気持ちで喋ってくれていることが、なんだか嬉しかった。
「それにね、シローくん」
「うん」
「ムフフ――」
それまで少女の顔つきだった彼女は、途端に妖艶なサキュバスのものになる。
「異世界人とのセッ〇ス。ヤってみたくなっちゃった♪」
「ってオイ」
ここまでの感動的な空気を返してくれ。
「……あれ」
気付けば俺は再び、人間に戻ってた。
ここは俺が今の自分を再認識して、このまま目覚める流れじゃない?
「ちょっ、うごけな――」
「ここは、わたしの支配する夢の世界だからね~。逃げられないよ~」
ムチムチとした太ももで、ガシッと足を固定される。
リアルな温かな感触が、直に伝わって――
さらに彼女は、自身の服とブラを、豪快に脱ぎ捨てる。
その手のひらに収まるような乳房が、ぷるんと揺れる。
「ちょ、待って!」
「よいではないか、よいではないか~」
そのまま馬乗りになった彼女は、俺のシャツを、まるでチリ紙のようにビリビリと破いてしまった。
別にたくましくもない、俺の柔肌が露わになる。
「キャー!? だからこれ、逆じゃない!?」
「さぁ。お・た・の・し・み、の時間だよ♪」
「イヤッー!?」
かなり無理矢理に、俺の童貞は――儚く散ったのであった。
――まぁ、夢の中なんだけどね。




