4-1 冒険者側:ダンジョン攻略記録・前
山の朝は、非常に寒い。
まだ大気を漂っている朝露に、外套を濡らしながら、その若い冒険者ら3名はやってきた。
剣士である男2名、弓矢を背負った女性1名。
「ふー。ここまで運良くモンスターにも遭遇せず、なんとか来れたな」
「道に足跡いくつもあったね――そのおかげで、ちょっと歩きやすかったけど」
「……ここが酒場のおっちゃんが言ってた、“黒の迷宮”か……」
入り口からでは、地下へと続く階段の奥は見えない。
ただ、闇の中を見ていると、まるで引きずり込まれそうな錯覚に彼らは襲われる。
さらにダンジョンを通って外へ吹き抜ける風――
時折、獣の唸り声のような音も聞こえる。
「なかなか雰囲気あるじゃん」
「早速――と言いたいけど、少しだけ休憩していくか」
「ねぇ! 階段の回り――たき火の跡に、丸太が置いてあるわ」
女性冒険者の言う通り、階段の周囲は少し広い空間になっている。
既に誰かが休憩していったのか、焦げた跡がある。
「都合よく乾いた枝があるな――少し乾かすか」
「ここからいつ休憩取れるか分からんし、飯も軽く食べるか。セシル、ローゼもいいな」
「はーい!」
「カイン、そこの枝を取ってくれ」
セシルと呼ばれた冒険者は魔法で火をつけながら、濡れた外套や服を、落ちていた棒や丸太に干す。
カインも麻袋から干し肉と、乾いたパンを取り出す。
「はぁ……ここからしばらくは保存食か」
「……あの村で食った肉料理、美味かったな」
「もー! そんなの聞いちゃうと、もっとお腹が空いて――」
彼女は鼻が利くのか、クンクンと匂いだした。
「なにか良い匂いがするような……あれ?」
「どうした」
「あそこに、なんか箱みたいなの置いてない?」
ローゼが指差す先には――木造長方形の箱が置いてあった。
それには異世界の文字でこう書かれている。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『お金を入れると、温かい料理の出てくる魔動装置です』
・具無しスープ 銅貨2枚
・肉入りスープ 銅貨5枚
・玉子焼き 銅貨5枚
・保存パン 銅貨3枚
・卵サンド 銅貨10枚
『こちらは、ここでの限定料理となります』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カインとセシルは、互いの顔を見合わせる。
「うーん……」
「……怪しくねぇか?」
「でも、管理人のところにマッカン酒場店って書いてあるよ」
「商魂たくましいなぁ、あのおっさんも」
「ダンジョンの多いところだと……こういった商売で稼いでる村もあるって聞いたことあるなぁ」
「あー知ってる。すっごい辺鄙な場所にあるのに、村長が毛皮のコートとか宝石ついたアクセサリー付けてるやつ!」
少しの間。
「で、どうする」
「試しに……入れてみるか」
「じゃー私、この玉子焼きってやつ」
ローゼが銅貨を1枚ずつ、投入口になっている隙間へ入れると――
『ゴ注文、ウケタマワリマシタ。少々、オマチクダサイ』
といったアナウンスが流れ、さらにそこから数分後。
魔動装置の腹部分から、簡易な皿に乗った玉子焼きが出る。
「見たことない料理……玉子焼きって普通、殻ごと焼いたやつだよね」
「ウチの田舎じゃ、殻から出してフライパンで焼いてるぞ」
「くんくん――毒感知にも反応は無いみたいだし……ぱくっ」
「……どうだ」
黄色くフワフワした塊を、一切れ掴んで食べたローゼは、
「――美味しい!」
瞳はキラキラと輝かせる。
うっとりとした表情で、さらにもう一口。
「卵本来の甘みが、ちょっぴり入ったお塩で引き立てられて……口の中でとろけるように消えていくの」
その丁寧な食レポに、2人は思わず唾を飲み込む。
「じゃあ、俺も買ってみるか」
「卵サンドってのも気になるぞ!」
2人が出てきた料理を食する。
「うめー! なんだこれ!」
「この酸っぱいような、それでいてコクのある調味料はなんだ!?」
結局、しっかりとしたご飯になってしまい――
3人は、もう少しだけここで休憩していくのであった。
◆ ◆ ◆
ダンジョンでよく自生しているヒカリシダのおかげで、内部はランタン1つでもよく見ることができる。
「入っていきなり分かれ道か」
カインがランタンを照らす。
道は真ん中と左右の三又になっている。
「……足跡は、左が多いね。ただ、戻ってきた跡があんまり無い」
「トラップの可能性もあるし、ここは真っ直ぐへ進むか」
3人が警戒しつつも通路を進んでいくと――
『グオオオ!!』
「オークよ!」
「陣形はいつものだ、行くぞ!」
「応ッ!」
バトル開始から数分後――
3人は少しダメージを受けながらも、オークを撃退。
オークが黒いチリとなって消えた場所には、白い牙1本と小さな麻袋が落ちていた。
「これオークの牙だ。持って帰ったら売れそうね」
「袋の中身は――銅貨2枚か」
「まだまだ序盤だ。気を引き締めていくぞ」
そこからも冒険者3名は、たまに遭遇するモンスターを撃破。
ローゼが感知したトラップの数々を、危なげながらも突破していき――
ついに地下3階へと、たどり着いていた。
「はぁー。なんとかここまでやってきたね」
「……魔力はまだ残ってるか」
「もう少しなら――でも帰還魔法の分も考えると……」
「あれ……ここに、文字みたいなのが掘ってある」
目ざといローゼが、壁に彫られた文字を発見する。
2行ほどの文章が刻まれている。
「なになに――」
「読めるのかローゼ」
「まぁね。これ、古代エルフ文字だねぇ――」
「なんて書いてあるんだ」
『囚われしエルフ姫。
勇者の来訪を待ち望む』
「「エルフ姫?」」
◆ ◆ ◆
そこは牢獄だった。
頑丈で強固な鉄格子の部屋。その中には、黒く禍々しい首輪を付けられた女性が居た。
その首輪には鎖が付けられ、壁とつながっている。
白いドレスに身を包んだ女性は、泣いているのか、冒険者たちに背を向けてベッドへ顔を伏せていた。
鉄格子の前には、見張りのボルが2匹立っていた。
「ポム!(何者だ!)」
「ポム!(ここは通さんぞ!)」
「なんだ、ここは?」
「雑魚なんかすぐに蹴散らして――」
『おやめください!』
囚われた女性が顔を上げた。
その泣き腫らした瞳に、美しくも儚い顔立ちに――カインとセシルは思わず見惚れてしまう。
「アナタたち、下がっていなさい……」
「ポム!(了解です)」
女性がそう告げると、ボル2匹は大人しく壁際へ移動した。
「……アンタは、さっき書いてあったエルフ姫ってやつか」
「その耳長はたしかにエルフだけどよ……」
セシルが言いよどむ。
それもそのはず。彼女の肌は褐色で、その髪も白銀のように艶やかだ。
彼らのよく知るエルフの特徴からは、大きく逸脱している。
「これは、呪いです」
「呪い?」
「このダンジョンの主。邪悪なるブラックドラゴン――」
エルフ姫は歌うように、語る。
「かつては多くの町を焼き払い、人々を恐怖に陥れたブラックドラゴンは――人類のみなさんのおかげで、数を大きく減らしました」
「知ってるー! おとぎ話で聞いたことある!」
「茶々入れんな」
「……しかし、ブラックドラゴンはまだ生きていました。こうしてダンジョンの奥深くへ隠れ住んでいます」
彼女が動くたびに、鎖は重々しい音を立てる。
「わたくしはエルヴと申します。その昔、ブラックドラゴンによってエルフの国が滅ぼされ、連れ去られました――しかし奴は、わたくしに邪悪な呪いをかけたのです」
そのせいで魂が穢れ、こうした姿になってしまった――
3人はその話を聞き、表情を曇らせる。
「……そうなのか」
「可哀想に……」
「ここから出ることは叶わず――あの文字は、かつてわたくしを助けに来てくれた同族が残したものです――もう100年近く前のことです」
「……そんなに前から、ここに?」
「勇者様。お願いします――ブラックドラゴンを討ち倒し、わたくしをここから解放して下さい」
一同は顔を見合わせる。
どの顔にも、やる気が満ち溢れているようだ。
「――どうするよ」
「ふふん。勇者と言われたら、悪い気はしないな」
「はぁ――これだから男共は単純ねぇ……まっ、嫌いじゃないけど」
カインがその場に跪く。
「エルヴさん――俺らに任せてください。まだ駆け出しだけど、きっと貴女をここから連れ出してみせます」
「ありがとうございます。それでは、これを渡しておきます」
古い羊皮紙の地図だ。
この階層にある部屋や、トラップの位置まで記されている。
「これは?」
「同族が命からがら残してくれた地図……ブラックドラゴンは非常に憶病です。自身を滅ぼす可能性のある伝説の武器を――この階層のどこかに隠してあると聞いています」
「それがあれば……」
「俺らでもブラックドラゴンに太刀打ちできるかもしれないな……」
「同族も、詳しい場所までは調べられなかったと聞いています……肝心なところでお役に立てず、申し訳ございません」
「いいえ、とんでもない!」
「必ず探し出して、ドラゴンの奴を倒して見せます!」
その言葉に、エルヴも微笑んでお辞儀で返したのだった。
「どうか、お願いします――」




