異世界サークルのホーム
「電圧、50ボルト……70ボルト……」
大地の声に合わせ、コイルの電力を慎重に上げる。
微弱な磁場が部室を覆い、机の上の金属片がわずかに浮き上がる。
「見える……かもしれないわ」
みことが小さく息をつき、光学センサーの表示を見つめる。
屈折率の変化が、理論通り微かに現れ始めている。
まるで空間の端が少しだけ歪んでいるように見え、息を呑む。
「まだ安定していないですね……でも確かに、前回より大きな反応です」
真白がノートに書き込みながらつぶやく。
数字だけではなく、空気の微かな振動や、光の揺らぎも計測されている。
「ここから一気に条件を上げてみる……」
悠真が装置に手を伸ばす。
他のメンバーも互いに視線を交わし、息を整える。
緊張と期待が同時に押し寄せ、体の奥がざわつく。
部室の空気が徐々に揺れ始め、机の上の紙や小物が微かに震える。
磁力の作用で金属片がゆらりと浮き、光学センサーのランプが点滅する。
空間の端が歪む感覚が、手に伝わってくる。
まだ目には見えないが、六人には確かに“異常”の存在がわかる。
「集中して……手を離すなよ」
悠真が声を張り上げる。
六人は互いに手を握り締め、呼吸を合わせる。
心臓の鼓動が耳に響き、緊張で体が震える。
「これが……異世界とつながる感じかな……」
咲希が小さく息をつき、目を輝かせた。
恐怖よりも、わずかな高揚が勝っている。
光と振動が部屋を包み込み、空気の密度がわずかに変化する感覚。
六人は全身で変化を感じ、互いに支え合いながらその瞬間を待った。
そして――
部屋の中心から、淡い光の渦が立ち上り、空間の感覚が一瞬歪む。
手足に伝わる圧力、光の熱さ、微かな振動。目で見えるものはない。
しかし確かに、科学の力で未知の世界への扉が開かれたことを体で感じたのだった。
光と振動が消え、目を開けると六人の前には広大な森が広がっていた。
樹木は想像以上に太く、葉は陽光をわずかに通すだけで、地面は落ち葉と湿った土の匂いに覆われている。
空気は日本の森とは微妙に違い、呼吸するたびに肌に新鮮な感覚が伝わる。
「すげー違う場所に転移したぞ!異世界なんじゃねぇ!?」
大地が叫び、足元の地面を確かめる。
まだ武器も防具も能力もない。あるのは理論と好奇心だけだ。
「落ち着いてください。まずは安全確認しましょう」
真白が冷静に声をかける。六人は互いに目を合わせ、慎重に歩き始めた。
しかし、森は静かすぎるほど静かで、風のざわめきや小鳥の鳴き声だけが聞こえる。
数分歩いた先、悠真がふと立ち止まり、手で視界を遮った。
遠くの木立の間で、二体の生物がぶつかり合うように動いている。
それは人間の大きさではない。牙や角、翼のようなものを持った生物が、遠目に戦っているのがわかる。
「な、なに……あれ……?」
咲希が声を震わせる。
距離があるため危険はなさそうだが、その姿は六人の目には恐ろしく見えた。
普段の生活では想像もできない、未知の生命体の戦闘。本能的に体が硬直する。
「……まずいかも」
茂が低い声でつぶやき、周囲を見回す。
森の奥にはまだ何が潜んでいるかわからない。
未知の敵が存在することを実感した六人は、自然と互いに近づき、慎重に足を動かした。
「安全な場所を探さなきゃ……」
みことが小声でつぶやき、目をこらす。
視線の先に、一本の巨木が目に入る。幹に大きな空洞があり、内部は暗く広そうだ。
遠目に見る戦闘から逃れ、しばらく身を隠すには最適な場所に思えた。
「よし、あそこに……」
悠真が指さし、六人は自然と巨木のうろへ向かって走った。
足元の落ち葉や枝が踏みつけられ、森に小さな音が響く。
巨木のうろに身をかがめると、暗く静かな空間が六人を包む。
外の光はわずかに差し込むが、森のざわめきは和らぎ、戦っていたモンスターの気配も遠ざかった。
「……はぁ、はぁ……」
咲希が息を整えながら小さく笑う。
「怖かったけど、ここなら少し安心できるね」
「まだ何もわからない……でも、まずはここを拠点にできないかな」
悠真が頷き、周囲を見回す。
暗く広い空洞は、道具や装置を置くにも十分なスペースがありそうだ。
「うん、安全かどうか確認して、安全でしたらここを起点に周囲を少しずつ確認しましょう」
真白がメモを取りながら言う。
六人は互いに小さく頷き、恐怖と興奮の入り混じった表情で、暗闇の中に身を潜めた。
外の森では、遠くの戦いがまだ響いている。
だが、六人は互いの存在を頼りに、まずは身を守ることを選んだ。
異世界での生存が、ここから本格的に始まるのだった。
――巨木のうろ、最初の“拠点”作り――
怪物同士の咆哮が完全に遠ざかったころ、
巨木のうろの中では、六人全員がぐったりと座り込んでいた。
しかし、息を整えたあと最初に口を開いたのは──
この場で最も場の空気を軽くする男、大地だった。
「……はい!みんなお疲れ!いやー、初異世界モンスター遭遇イベント、予想より迫力あったね!」
「イベントじゃないから!」
悠真がツッコむが、大地は気にしない。
「いやいや、だってさ!本物の魔獣バトルだよ?
異世界サークルの目標からしたら、最初の観光スポットでしょ!」
「観光地扱いすんな!」
「……でも、あれ案外……かっこよかったかも」
咲希が頬を染めて笑う。
恐怖から立ち直った彼らの顔には、先ほどまでの怯えより、
“信じられない光景を見られた”という高揚感のほうが勝っていた。
その中で、冷静に情報を整理していた真白が、うろの奥を見回しながら言った。
「ともあれ、ここは安全そうですね。少なくとも短期的には」
「このサイズの魔獣が入るには狭いしね。天然のシェルターだわ」
みことが木の壁をコツコツ叩く。
「で、問題はだ……」
茂が地面を指でなぞりながら渋い声で続ける。
「これからどう生活するかだよな」
「生活って……なんかサバイバルっぽいね……」
咲希は物怖じはしているが、どこかワクワクしている。
「おっし!じゃあ拠点作りだ!
異世界で最初の基地って聞くと燃えるよなぁ!」
大地が勢いよく立ち上がった。
「大地落ち着けって。大地が一番テンション上がっているな、羨ましいよ」
悠真が呆れながらも立ち上がる。
「まずは奥の調査だな」
悠真の指示で、六人はうろの奥へ歩き出した。
巨木の内部は想像以上に広く、天井は高く、地面は土が固く締まっている。
ところどころ木の根が走り、天然の通路のようにも見える。
「うわ、これ……秘密基地じゃん!」
大地が目を輝かせる。
「うちらにとっては本気の生活場所だけどね……」
茂が溜息混じりに言う。
「でも、なんかワクワクしない?六人で新しい家作り……!」
咲希の声には期待が満ちている。
みことは天井を見上げながらぼそっと呟いた。
「湿気はあるけど、空気は悪くないし……動物の臭いもしないわね。
ここ、たぶん“誰も住んだことがない”天然の空洞ね」
「つまり……」
「わたしたちが“最初の住人”!」
「……言い方がかっこつけすぎないか?」
悠真のツッコミは無視される。
真白はメモにさらさらと書き込む。
「ここを拠点にすることに賛成です。
入口も狭いし、魔獣の侵入リスクは低いはず」
「よーし決まり!ここを俺たちのホームにするぞー!」
大地が拳を突き上げると、咲希も嬉しそうに手を上げた。
「異世界ホーム……なんか響きが可愛い……!」
「いや、可愛いのか?」
悠真はそう言いながらも、口元はほころんでいる。
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