第4話 自分のペースで冒険したいから①
翌朝。
イステル北の関所を抜けると、そこには山道が待ち受けていた。
さほど険しい山ではなく、人の往来で踏み固められた道ができている。ちょっとしたハイキングコースのようだ。
時おり現れる魔物を倒しつつ、三人は山道を進む。開けた場所に出たのは、昼に差し掛かる頃だった。
道を少し下った先、谷間に沿うように小さな町がある。
「良かった……向こうに、町が見えるぞ」
ほっとして思わず言葉が漏れた。そろそろ休憩したかったところだ。
◇
くすんだ石の外壁に、低い屋根の家々が並んでいる。昼間にもかかわらず、どこか寂しげで、ひやりとした空気をまとっている町だった。
「どっか休める場所、ありそうか?」
バッシュがきょろきょろと町の中を見回した。
しかし、店らしき建物は見当たらない。人通りもほとんどなかった。
「向こうに、人が……」
ミィナが遠慮がちに指をさす。カツとバッシュは同時にその方向へ目を向けた。
道端に、男がふたり。だが、どうも様子がおかしい。
金髪の男が小太りの男の胸ぐらを掴み、なにやら詰め寄っている。不穏な気配が遠目にもよくわかった。
「いいからカネ寄越せって言ってんだよ。痛い目見たくねえだろ?」
粗暴な声が、風に乗って聞こえてきた。
――あ、カツアゲだこれ。
金髪の男は簡素な鉄製の胸当てを身に着け、腰には長剣を携えている。おそらく剣士だろう。
小太りの方は魔法使いのようで、ゆったりとしたローブを羽織っていた。
あのふたりも転生者……だよな、多分。あんなガラの悪い奴もいるのか。
ふたりの男から距離を保ったまま、様子を伺った。
詰め寄られている魔法使いの男は、縮こまりながらモゴモゴと言葉にならない声を発している。
……ああいうのは無闇に近寄らない方がいい。特に今はミィナさんもいるし、下手に首突っ込んでトラブルに巻き込まれるのは避けたい。
横目でちらりとミィナを見やる。少し不安げな表情を浮かべていた。
「……なんか、取り込み中みたいだし、他を当たって……」
振り返ると同時に、視界の端を何かの影が通り過ぎた。
「おい、そこの! なにやってんだ!」
バッシュだった。
お構いなしに大声を上げながら、ずかずかと男たちに踏み込んでいく。
(って言ってるそばからぁ!)
カツは盛大に肩を落とした。
「あ、あの……バッシュさんが……」
ミィナがおろおろしている。
「ったく、相変わらず突っ走るヤツだな。仕方ない……」
ぶつぶつとぼやきながらバッシュを追いかける。ミィナも恐る恐る後に続いた。
「なんだ、テメェはよぉ。こいつの仲間か?」
金髪の剣士がバッシュに気づき、睨みを利かせる。
バッシュは怯むことなく言い返す。
「そいつ、困ってんだろ。離してやれよ」
「んじゃテメェが代わりにカネ出せよ。そうすりゃ解放してやるぜ」
剣士の男はニヤつきながら、掴んだままのローブをぐいと引っ張り、バッシュの方に突き出した。魔法使いの男は目を白黒させながら、ふたりを交互に見る。
「そういうのがダメだって言ってんだろ」
バッシュはなおも食い下がる。剣士は苛立ったように足を一歩、踏み出した。
「悪い。そいつら、俺の連れなんだ」
カツのひと声に、その場の視線が一斉に集まった。
「なんかこの町、静かだからさ。変に騒ぎ起こしたら、悪目立ちすると思うんだけど」
宥めるような口調でいながら、カツはさり気なく自身の剣に手を添える。
剣士は周囲を見渡し、軽く舌打ちした。
「……ウザってぇな」
振り払うようにローブから手を離し、くるりと踵を返した。
「覚えとけよ」
ちら、とわずかに振り返り、憎々しげな言葉を残して男は去って行った。
カツはゆっくりと息を吐く。
「……やれやれ。とりあえず、なんとかなったな」
バッシュが突っかかったときは焦ったが、見て見ぬふりをするより、これで良かったのかもしれない。
カツがふと視線を移すと、魔法使いの男と目が合った。
「す、すみません、ご迷惑おかけして。……あ、助けていただいて、ありがとうございました」
男は恐縮しながらぺこぺこと何度も頭を下げた。
「そんなに頭下げたら、首痛くなるぞ」
バッシュが男の肩にそっと手を添える。
「ああすみません、ついクセで……」
男は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
悪い人間には見えないし、ここで会ったのも何かの縁だ。カツはふと、思いついたことを口にする。
「そうだ。俺たち『神の祭壇』目指しててさ。良かったら一緒に行かないか? 仲間は多い方が心強いし」
安心させるように、表情を和らげながら提案した。だが、予想に反して男は少し顔を引きつらせる。
「え、神の祭壇……? あー、そっか。うん……」
男は視線を泳がせながら、慎重に言葉を選んだ。
「その、申し訳ないんだけど僕、自分のペースで冒険したいから。……せっかく誘ってくれたのに、すみません」
返事とともに、男は深々と頭を下げた。
「あ、いや、こっちこそ。急な話で悪かったよ。気にしないで」
カツも慌ててフォローを入れる。
「いえ、それじゃあ。僕、そろそろ行くので……あの、頑張ってください」
男はそう言い残して、静かに離れていった。
「……なんか、妙に引っかかる言い方だったな」
遠ざかっていく男を見送りながら、独り言のように呟いた。
「まあ……そういうヤツも、いるさ」
バッシュも同じ方向を見つめたまま、ぽつりとこぼす。声色に、どこか寂しげな響きが混じっていた。
ミィナは黙って俯いた。
「それよりさ、とりあえず宿でも探そうぜ」
バッシュが空気を切り替えるように、声を明るく張り上げた。
「そうだな。腹も減ってきたし」
カツも軽く頷いた。
先程から引っかかっている違和感は、喉の奥に押し込んだ。




