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第3話③ 役に立たなきゃ

 三人は、森の奥深くへと歩みを進める。

 時刻はまだ昼下がりだが、木々が密集して日光が遮られ、辺りは薄暗い。


「カツさん、これ……」


 ミィナが不安そうに地面を指さした。少し湿り気を含んだ土には、蹄の跡が残されていた。

 よく見ると、周辺の木にも皮が削られた形跡がある。


「うん、近くにいそうだ。そろそろ構えておこう」


 腰の長剣に手をかける。ミィナは杖を両手で強く握りしめ、バッシュがポイズンダガーを鞘から静かに引き抜いた。

 かすかに漂う獣の匂い。空気がざわめいた。


「……来るぞ!」


 バッシュが叫ぶと同時に、大きな塊が前から勢いよく突っ込んできた。俺たちは左右に散らばり寸でのところでかわす。背後からドシン、と鈍い音が響いた。

 即座に振り向き、剣を構える。

 木に激突したにもかかわらず、獣はけろりとした様子でこちらに巨体を向ける。口元には鋭く大きな牙。薄暗い中で、爛々と赤く光る目が浮かび上がった。

 これが暴れ猪、フォレストボアか。


「スキル発動! なんでもできる!」


 敵が動き出す前に叫んだ。一か八か。


「フォレストボアに即死効果を付与!」


 しかし、なにも変化はなかった。やっぱり、そんな都合良くはいかないようだ。

 フォレストボアが地面を蹴って向かってくる。


「カツ、失敗か!?」

「ああ! 普通に戦えってことだ!」


 剣で突撃をいなしながら答える。バッシュが回り込み、死角から斬りつける。ミィナも後に続いた。

 フォレストボアは頭を大きく左右に振って攻撃を弾く。思った以上に手強い。

 牙が俺の腕に突き立てられた。ミィナがヒールを唱える。

 もしかしてこれ、挑むの早かったか? いや、今さら言っても遅い。始まったからには、やるしかない。


「だったらオレが!」


 俺がフォレストボアと間合いを取った瞬間、バッシュが大声を張り上げた。その声に反応したのか、フォレストボアが向きを変え、バッシュ目がけて走り出す。


「バカ、早まるな!」

「スキル発動! 一撃必さ――」


 刃が届く前に、フォレストボアの突進がバッシュの脇腹に突き刺さる。バッシュの体はミィナの横を掠め、後方に勢いよく吹っ飛ばされた。


「バッシュさん!」


 ミィナが悲鳴を上げる。

 最悪だ。


「このっ……猪突猛進め!」


 その言葉がバッシュに向けてなのか、暴れ猪に向けてなのかは自分でもわからなかった。

 フォレストボアが再びバッシュに向かっていく。バッシュは仰向けになったまま動けずにいる。マズい。俺の足じゃ間に合わない。

 近くにいたミィナが、躊躇もなく割って入った。攻撃を受け、バッシュの前に倒れ込む。ミィナの体が淡く光った。オートヒールが作動している。


「ミィナさん!」


 思いきり力を込めてフォレストボアに斬りかかる。ヤツは苛立ったように鼻息を荒くして、俺に向き直った。


「お前の相手はこっちだ!」


 とにかく今は、こいつを二人から離さなければ。フォレストボアを引きつけながら、必死で剣を振るった。



 視界の端で、カツが一人で戦っているのが見えた。ミィナは杖を支えに起き上がり、回復魔法でバッシュの傷を癒す。痛みが引いて、背中に冷たい土の感触が戻ってきた。


(ああ……またやらかしちゃったのか、オレ)


 バッシュは地面に倒れたまま、拳を震わせる。


(いつもいつも、みんなの足、引っ張って……)


 脳裏で、いつかの声が響いた。


『お前のスキル、使えねえんだよ。役立たず』

『つーか盗賊の弱っちい攻撃力でその効果って、意味あんの?』

『職業選びミスったんじゃね?』

『マジそれな、ウケる』

『わかったらもう俺らについてくんなよ』


(役に立たなきゃ……オレは……)


 指先が、ピクリとわずかに動いた。



 フォレストボアと一進一退の攻防。剣を握る手が痺れてきた。

 ミィナが懸命に回復魔法を唱えている。彼女のMPもそろそろ厳しいはずだ。

 この猪、あとどれくらい体力が残ってるんだ。『なんでもできる』はまだ使える。俺がどうにかしなければ。でも、どうやって。

 攻撃、防御、それとも回復?

 迷いが隙を生み、獣は隙を逃さなかった。

 胴体に、重い衝撃。俺の体は容易く跳ね上げられた。

 背中を地面に打ちつける。呼吸が一瞬止まる。体が動かない。

 フォレストボアが前脚で地面を掻き、再び突進の構えをとる。

 全滅の文字が頭をよぎった。


「……スキル、発動! 一撃必殺ッ!!」


 森全体に響くかのような大声。

 フォレストボアの背後から、バッシュが金色の光を放ちながら飛びかかった。

 短剣が、獣の体に深く突き刺さる。フォレストボアは咆哮を上げ、よろめいた。

 先にバッシュが膝をつく。一方でフォレストボアは、ふらつきながらもまだ立っている。

 この獣に対抗できる者は、もういない。


 ――終わった、今度こそ。


 突如、フォレストボアの体から紫色のオーラが立ち上る。かと思えば、口から泡を吹いてドサリと倒れ込んだ。そして、そのまま光の粒子となって、跡形もなく消滅した。

 辺りに静寂が訪れる。


「今の……毒、か……?」


 俺がぽつりと呟くと、バッシュは倒れたまま、震える右腕を持ち上げた。手にはポイズンダガーが握られている。


「バッシュさんのスキル……状態異常の付与も、100%になるんでしたね」


 ミィナは杖で体を支えながら、回復ポーションを使用した。傷口が塞がり、体が楽になっていくのを感じる。

 ……情けないことに、俺は迷うばかりで結局『なんにもできない』ままだった。バッシュのスキルがなかったら、今頃どうなっていたことか。

 ほろ苦い感触を残しつつ、俺たちは最初の試練をなんとか乗り越えた。



◇ ◇ ◇



 森を出ると、辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。

 あとは町に戻って、冒険者ギルドで報告を済ませるだけだ。みんな泥だらけでくたくたになっていたが、ひと仕事終えて心は晴れやかだった。

 町に続く道を歩きながら、ふと気になったことを口に出す。


「そういやバッシュのスキル、戦闘中に一回しか使えないんじゃなかったか?」


 確かフォレストボアとの戦闘が始まって、早い段階で一度使っていたはずだ。それなのに、二度も使えるなんてどういうことだ。


「ああ、アレな」


 あっけらかんとした答えが返ってきた。


「最初のは、突進くらって不発になってたみたいだ。動けなかったのも、そのせいでさ。だから、まだ使えるって途中で気づいた」

「なるほどな。ったく、運がいいんだか悪いんだか……」


 バッシュはばつが悪そうに俯いた。


「でも助かったよ。最後、お前が突っ込んでくれたおかげで勝てた。ありがとな」

「……っ!」


 弾かれたように、カツの顔を見上げる。


 ――役立たず。


 バッシュの脳裏にこびりついた言葉が、遠い夕日の向こう側へ、吸い込まれていくようだった。


「ま、これからはもう少し人の話も聞いてくれたら、もっと助かるんだけどな」

「……オレ、このまま一緒について行っても、いいのか……?」

「当たり前だろ。なに言ってんだ」

「バッシュさんがいてくれると、心強いです」

「へへ、へ……ありがとう。これからも、よろしくな」

「ああ。勝手に突っ走るのは、もう勘弁してくれよ」

「それは……気ぃつける」


 三人の笑い声が、帰路を照らす夕焼け空に響いていた。

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