第1話 まずはあなたに謝らなければなりません②
開けたドアの向こうには、豊かな白ひげをたくわえた品の良い老人が待っていた。老人はソファから立ち上がり、克俊を出迎える。
「ああ、お待ちしておりました。ご足労いただき、ありがとうございます。どうぞそちらにお掛けください」
促されるまま、ソファに座る。老人は向かいのソファに腰を下ろした。
「さて、まずはあなたに謝らなければなりません。実を言うと……あなたはまだ、死ぬべきではありませんでした」
「……はあ……?」
突拍子もないことを告げられ、理解が追いつかない。
「申し遅れました。私はこの世界の神でございます。このたびは、管理部門の手違いにより、円井様の運命を狂わせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます」
「手違い? それって、どういう……」
「本来なら、円井様にはまだ寿命がございました。それをこちらのミスによって、定めよりも早く失わせてしまいました。誠に、申し訳ありません」
神と名乗る老人が深々と頭を下げる。
俺は開いた口が塞がらなかった。
オイオイ、それって超重大案件じゃないのか!? 人ひとりの命を左右するミスなんて、絶対にあってはならないことだろう!
「ええ、お気持ちはわかります。ですが、一度死んだ者をそのまま下界に戻すことは、システム上は不可能となっております。どうかご理解いただきたく……」
「できるわけないだろ!? こんな、わけもわからずいきなり死んで、いきなり呼び出されて……はいそうですかって、納得できねぇよ!! 俺は、まだ……」
そこまで口に出して、ハッと気づく。
――俺の人生、あのまま生きたところで、どうだったんだ?
自宅と会社の往復の日々。休みは家でゴロゴロして、たまに友達と遊んで。恋人や結婚なんて、夢のまた夢。
楽しいと言えば楽しいが、なにか特別、やりたいことがあるわけでもない。なんの為に生きているのか、わからない。
よくよく考えれば、大した人生送ってなかったな、俺。
頭が急激に冷えてきた。
「……はあ。まあ、起きてしまったものをどうこう言っても、仕方ないか……」
脱力して肩を落とす。
諦めるのは、慣れていた。
「いえ、お怒りになるのは当然です。お詫びと言ってはなんですが、別世界の方で新たな人生を歩んでいただければ、と思っておりまして……もちろん、円井様が良ければの話ですが」
「別世界?」
神の方に、ちらりと視線を向ける。
「はい。いわゆる『異世界転生』と言うものです。あなた方の世界で流行っているものと、同じような……」
「えっ、マジでそんなのがあるのか?」
「ございますとも。わたくし共も、『異世界転生』の小説が流行っていると知った時には驚きました。もしかすると、前世の記憶を保持した者がその経験をもとに書いたのではと――」
なんだか話が長くなりそうな気配を感じ、俺は神の言葉を遮った。
「あ、いや、それよりも……ええっと。俺の考えてるような、異世界転生ってことでいいのか?」
「ええ、まあ……大体そんなところです」
……ちょっとテンション上がってきたかもしれない。異世界転生モノは前から好きだったし、正直に言うと、チート能力でモテモテ異世界ライフを送る自分の姿を妄想したこともある。俄然、興味が湧いてきた。
「やっぱり、その……ただ転生するだけじゃなくて、特殊なスキルとか、能力とか、さ……」
「もちろん、お望み通りにお付けいたしますとも! 我々も、誠意をもって対応させていただきます」
「それなら話が早い! その『異世界転生』の件、喜んでお受けします!」
勢い余ってつい敬語になっていた。俺は、自分が被害者だということをすっかり忘れていた。
「ありがとうございます! こちらこそ、ご理解いただけて助かります。では早速、こちらが異世界へのゲートとなります」
神が片手をサッとひと振りすると、目の前に光の渦が現れた。
「おお、すげえ……!」
俺は惹き込まれるように光の渦へ手を伸ばした。体がゆっくりと、光の中へ吸い込まれていく。
「喜んでいただけて、本当に良かったです。実を言うと、本来あなたは数年後に一人の女性と出会い、結婚し、子どもにも恵まれるという運命にあったので、多大な責任を感じておりましたが……いやはや。こちらの提案に納得いただけて、本当に助かりました」
「はっ?」
「あ、そうそう。異世界での行いが真の転生への査定にも響きますので、チート能力を得たからと言って、くれぐれも羽目を外されませんように……」
「いや、おい、ちょっと待て!」
「ふふふ、それでは、素敵な異世界ライフを!」
「そんなん聞いてねぇぞクソジジイ!! これ戻せ――」
言い終わらないうちに、俺の体は光の中へ完全に吸い込まれてしまった。
いや、マジでふざけんなよあのジジイ。絶対わかってて最後まで黙ってたろ。これって要するに隠蔽だよな、天界側の人為的ミスの。
なんだよ、俺、普通に生きてたら結婚できたのかよ。しかも、子どもも産まれるなんて……
どんな人だったんだろう、俺の結婚相手。
あんな神とやらの口車に乗らないで、ちゃんと自分の未来について聞いておくんだった。気づいたところで、後の祭りだ。
この光のトンネルを抜けた先に、異世界があるんだろう。
俺はそこでどう生きればいい?
真の転生ってなんだ?
元々の人生で出会うはずだった、未来のお嫁さんはどうなるんだ?
……わからない、なにもかも。
不安を胸に抱えたまま、希望あふれる異世界生活が幕を開ける――




