第6話 札束で殴るタイプだッ!!
「……転生者って、こんなにいたのか?」
カツは思わず息を呑んだ。
一夜明けて山あいの町を後にし、さらに小さな山をひとつ越えた先に、新たな町が広がっていた。
外周をぐるりと覆う、石垣の高い外壁。大きな門をくぐると、広い大通りが目に飛び込んだ。石畳に響く足音や話し声で、通りは随分と賑わっている。
目の前を行き交うたくさんの人々。カツたちと同様に、装備を身に着けた冒険者風の格好をしている。
「皆さん、グループで来てるんですね」
ミィナが少し驚いたように呟いた。
ほとんどの冒険者たちが、二人から四人のパーティーを組んでいる。とはいえ、自分たちも三人パーティーで行動しているのだから、不自然なことではないはずだ。
「でもなんか、ちょっとおかしくねえか?」
バッシュが何気なく発した言葉を受け、カツはパーティーのひとつを注視した。
リーダーと思われる人物は、確かに生身の人間――転生者だろう。しかし、その後ろをついて歩く仲間たちはと言うと。
整った顔立ちに、貼り付けたような笑み。リーダーとの受け答えも、声の抑揚が大げさで芝居がかっている。
その様子には見覚えがあった。これまでの町でいつも見かけた存在。
「……まさかあれも、NPC?」
カツは思わず声が出た。
他のパーティーにも改めて目を向けてみる。やはり、どれも似たような雰囲気だ。
「でも、どうやってNPCの人を仲間にするんでしょうか……?」
ミィナが疑問を口にする。
そのとき、通りに面した大きな建物から一組のパーティーが姿を現した。転生者はNPCらしき女性を二人、連れていた。
「だったら聞いてみようぜ」
言うが早いか、バッシュは大股歩きでその三人パーティーに向かっていく。
こういうときの、彼の行動の早さは正直助かる――カツは内心で感謝しながら、バッシュの後をゆっくり追った。
「この酒場で仲間を作れるんだってさ」
三人パーティーのリーダーとひと言ふた言交わしたバッシュが、振り向きながら告げる。パーティーはそそくさとその場から立ち去った。
先ほどのパーティーが出てきた建物。看板には「集いの酒場」と書かれている。
ここに冒険者NPCがいて、気に入った者をスカウトするシステムなのだろうか。レベルとかランクの強さで雇用料金が変わるとか?
「とりあえず、入って様子見てみるか」
バッシュとミィナが頷き、一行は酒場の扉を開いた。
広い室内に、人々がひしめき合っている。にもかかわらず、中はひっそりと静まり返り、時おりひそひそと囁く声が聞こえる程度だった。
テーブルに着く者たちは酒も食事も摂らず、黙ってメニュー表を真剣な顔で見つめている。
奥にはカウンターがあり、そこに立つマスターの前にずらりと行列ができていた。彼らもまた、同じメニュー表をしっかりと握りしめている。
「いらっしゃいませ! こちらをどうぞ」
給仕風のNPCがどこからともなく現れ、カツにメニュー表を押しつける。
「お決まりになりましたら、あちらのカウンターにお並びください」
給仕がにこりと微笑んだ。
カツたちは渡されたメニュー表を覗き込む。
そこに書かれていたのは、食事や酒の類ではなかった。
「性別、体格、性格……なんだこりゃ?」
バッシュの素っ頓狂な声が耳に届いた。
「これ、ひとつひとつ選んでいくってこと、ですか……?」
ミィナがやや困惑しながらカツに視線を送る。
カツは手元のメニュー表を改めた。
――標準料金――
〈性別〉男/女/不詳
〈体格〉平均/華奢/筋肉質
〈性格〉活発/内気/冷静
〈髪型〉ショート/ボブ/ミディアム/ロング……他多数
どう考えても、これ――キャラクリじゃねえか!
しかもよく見たらオプション設定まである。身体パーツや性格の細かい設定、種族もエルフや獣人などが選べるようになっている。
もちろん追加課金仕様だ。
これ、全部乗せたら一体いくらになるんだ?
妙な汗がカツの背中を伝う。
「でもすげーな。誰がこんなに大金使うんだ?」
バッシュの素朴な疑問が酒場中に大きく響いた。
同時に、周囲の視線が痛いほどカツたちに突き刺さる。
「……うん。俺たちには今のところ必要ないし、とりあえず、出るか」
メニュー表を給仕に返し、カツは二人を引き連れて逃げるように酒場を後にした。
外の日差しが、やけに眩しく感じられる。太陽の暖かさが身に沁みるようだった。
ホッとひと息ついて、カツは改めて周囲の人々を見渡した。
大抵のパーティーは、転生者ひとりとNPCひとりの二人組だ。同性同士だったり異性のペアだったりと、組み合わせは人それぞれ。だがどれもよく見ると、転生者本人の趣味……もとい、こだわりが見受けられた。
中でもNPCを上限の三人きっちり作っている者は、それが顕著だった。
例えば向こうのハーレムパーティー。パッと見はどのNPCも標準料金内の設定で、身に着けるものも初期装備のままだが、全員揃って巨乳だった。おそらく、全財産を胸に注ぎ込んだのだろう。
そしてあちらの逆ハーレムを築く女性。それぞれ筋肉量の異なるマッチョを三人、引き連れている。あれは筋肉フェチと思われる。
(……こういうの、客観的に見たらちょっと恥ずかしいな。けど……)
どの転生者も皆、どことなく誇らしげに見える。自分好みのNPCを作れて、満足しているのだろう。
(吹っ切れたら楽しそうだよな……)
カツの胸に、ほんのりと羨ましさが湧き上がってくる。いいよな、キャラクリって。
「もしカツさんが仲間を作るなら、どんな人にしますか?」
不意にミィナが訊ねた。その眼差しは、純粋な好奇心に満ちている。
「えっ、俺? うーん、そうだなあ……」
自分ならどんなキャラを作ろうか。カツは考えを巡らせながら、遠慮がちに答える。
「……まずは色白の肌。髪は水色ショートヘアで、華奢な体つきの女の子。瞳は、赤色だな。いつも無口で無表情で、性格は何を考えてるかわからない、ミステリアスな感じで……」
「なんかやけに具体的だな」
バッシュのひと言で、カツはハッと我に返った。
「いや、まあ別に、もし作るとしたらって話だよ。もしもな、もし」
カツは顔が熱くなるのを感じながら、慌てて取り繕った。
「あっ、そうだ。ミィナさんなら、どんな感じにしたい?」
恥ずかしさを誤魔化すように話題を振る。ミィナは口元に手を当て、少し考え込みながら控えめに話し始めた。
「私なら……えっと。男の人を二人、作りたいですね……」
「ふ、二人? 意外と大胆な……」
思わず聞き返してしまうカツ。ミィナは焦った様子で言葉を続けた。
「あっ、そうじゃなくて。その……男の人たちが仲良くしてるのを、影からこっそり見守りたいなって……」
ミィナは照れくさそうにしながら、熱っぽく語る。
「……ひとりはクールで素っ気ないけど本当は優しい年上の人で、もうひとりは素直で人懐っこい年下ワンコな感じで。……えっと、つまり、そういう組み合わせですっ!」
「あ、あぁー! なるほど、そっちね!?」
ミィナの言わんとすることを、カツは察した。一方バッシュは、
「よくわかんねえけど、男同士つるんでるとこ眺めて何が面白いんだ?」
話についていけなかったようだ。
「バッシュさんはどうですか? もし仲間キャラを作るなら……」
今度はミィナがバッシュに訊ねた。
「オレは……まあ、女子が多いと落ち着かねえし、やっぱ男の方が気楽でいいかなあ。ダチみたいなノリのやつ」
「……いいと思います」
(ミ、ミィナさんがバッシュに何かを見出そうとしている……!?)
ミィナの目がきらりと光ったような気がして、勝手に妙な胸騒ぎを覚えるカツであった。
ふと、カツの視界の端に、異彩を放つパーティーが映り込んだ。つい気になって、そちらに目を向ける。
ハーレム構成は珍しくないが、そのパーティーはNPCの容姿がバラエティに富んでいた。
金髪ギャル系ダークエルフ、儚げウサギ獣人少女、クール系悪魔メガネっ娘。キャラの方向性はバラバラで、テーマもコンセプトも見えてこない。しかも全キャラ追加課金要素モリモリで、合計金額がいくらになるのか考えるだけで頭がクラクラしそうだ。
そこには一体どんなこだわりが……?
単純に、好みが多岐に渡っているだけなのか?
……いや、違う。あれは――
(札束で殴るタイプだッ!!)
課金パーティーの男がちら、とカツを振り返る。
目と目が合った瞬間、男は勝ち誇ったような笑みを浮かべて去って行った。
それは、無言のマウントだった。
(くそっ、別にあんなの羨ましくないのに……なんだこの敗北感……悔しいっ……!)
ビクビクッと、何故だか体が勝手に震え出す。
俺にも、財力があれば……っ!
「カツさん、具合でも悪いんですか……?」
ミィナの心配する声で、カツはようやく正気を取り戻した。
「……ふう。気を取り直して、町の中でも見て回るか。ギルドも確認しておきたいしな」
明るく声を張り上げ、なんとか気持ちを切り替える。ここは大きな町だから、歩き回るだけでも楽しそうだ。
一歩踏み出したそのとき、ドン、と体に軽い衝撃を受けた。
「きゃっ」
甲高い悲鳴が上がる。そちらに目を向けると、小さな女の子が尻もちをついていた。
「あっ、ごめんね! 大丈夫?」
慌てて駆け寄り、少女の体を起こした。バッシュとミィナも心配そうに覗き込む。
「うん、大丈夫!」
少女は満面の笑みで元気良く答えた。
その表情は、「かわいらしい子ども」のお手本のようだった。
「ああ、うちの子がどうもすみません」
遅れて、男が申し訳なさそうに現れた。カツと同世代くらいに見える。彼も転生者なのだろう。
後ろには、おしとやかな女性と活発そうな少年が控えていた。
「いえ、こちらこそすみません。……えぇと、うちの子って……」
カツは戸惑いながら少女に視線を落とした。確かに子どもではあるが、これは――
「ええ、家族で冒険してるんですよ。ほら、お前たちも挨拶しなさい」
男は朗らかに答えながら、家族に呼びかけた。
「こんにちは。主人がいつもお世話になっております」
女性が丁寧に挨拶しながら、深々と頭を下げる。
「いつも? いま初めて……」
口を挟みかけたバッシュの脇腹を、肘でつついた。今は多分、それを言っていい雰囲気ではない。
「オレ、こう見えて剣士なんだぜ! お父さんみたいに強くなるのが夢なんだ!」
少年が無邪気に夢を語る。男は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「わたしは、魔法使いなの。早くいろんな魔法を覚えて、お父さんの役に立ちたいな!」
続けて少女も、嬉しそうに声を弾ませる。
「……とても、良いご家族ですね」
カツは言葉を選びながら、無難にやり過ごすことだけを考えた。ちゃんと笑えているだろうか。
「はは、恐縮です。やっぱり、家族がいるって良いですね。守るべきものがあると、気が引き締まります」
「お父さん、早く行こうよ!」
少年が男の腕をグイと引っ張る。
「わかったわかった。……それじゃ、私はこれで。今から家族で、魔物討伐に向かうんですよ」
男はぺこりと頭を下げ、家族を連れて人混みの中に紛れていった。
「あれってNPCだよな?」
「……ああ、そうだろうな」
バッシュのあっさりとした声に、カツはぽつりと呟くように答えた。
「なんだか幸せそう、でしたね……」
ミィナも躊躇いがちに言葉を紡ぐ。
――家族、か。
カツは、先ほどから胸が重く沈むのを感じていた。
もし俺が生きていたら、どんな家庭を築いていたんだろうか。
ひと目でいいから、未来の奥さんや子どもの顔を見てみたかったな。
……いや、待てよ。
俺が死んだってことは、相手のこれからの人生、一体どうなるんだ?
もう俺と出会うことはないんだよな。
それに、結婚して生まれてくるはずだった、子どもの命は?
正直なところ……そこまでの実感は、まだないんだけど。
でもこれは、俺ひとりの問題じゃないんだ。
俺だけならともかく、未来の結婚相手や子どもの運命まで捻じ曲げられちゃ、たまったもんじゃない。
そこがどうなるのかはっきりわからない限り、俺は死んでも死にきれない。
早く、あの神に会って確かめなければ。
神の祭壇を目指す理由が、またひとつ積み上がった。




