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第5話 天上定例会議を始めます

 見渡す限り真っ白な雲海の中、大きな神殿が厳かに佇んでいる。

 ここは天上の世界。

 神殿の広間では、大勢の神々が円卓を囲んで席に着いていた。

 議長席には、ふくよかで人の良さそうな笑みを湛えた神が座っている。


「えー、今回は私が議長を務めさせていただきます。皆様、資料は行き渡っておりますか?」


 議長が穏やかな口調で確認する。他の神々は議長に視線を送り、小さく頷いた。


「それでは、天上定例会議を始めます。議題は、『下界に送り出す魂の質の低下について』です」


 議長はあらためて議題を提示する。

 神のひとりが、資料を指で弾きながら口火を切った。


「浄化システムに問題があるのでは? まあ、システムを改善したばかりの我が支部に、問題などないはずですが……皆さんはどうですかな?」


 向かい側に座る神が身を乗り出し、すかさず口を挟む。


「システムの問題か? それよりも、下界の情勢が酷く乱れているのが気になる。その影響は無視できないぞ」

「その乱れによって魂に染みついた汚れを落とすのが、我々の役目じゃろう」

「今は魂も多様性の時代。魂権(こんけん)を重視し、ひとつひとつの魂に寄り添う浄化プロセスを整えることが先決であると、わたくしは考えておりますわ」


 テーブルのあちこちから、様々な意見が飛び交い始めた。


「まあまあ。現状のシステムや下界の状況も含め、色々と調整が必要ということですな」


 議長が手を振り、やんわりと神々をたしなめる。しかし、白熱する会議は思わぬところに飛び火した。


「その点、ヤマト支部はどうなんだ? 未だに地獄制度なんて、前時代的なシステムを続けているそうじゃないか」


 その指摘によって、白ひげを蓄えた神に一同の視線が集まった。


「……我が支部といたしましては、魂をより良く磨くために必要であるとの認識で……」


 ヤマトの神は白ひげをさすりながら、歯切れ悪く答える。


「それこそ、魂権意識が遅れているのではありませんこと?」

「ヤマト支部は、グローバルスタンダードに合わせる努力をしなければ」

「全支部が足並みを揃えることで、魂の質も保たれるというものです」


 議会の追及から逃れるように、ヤマトの神は手元の資料を所在なげに指でなぞる。

 神殿内は神々のまばゆい後光に照らされているというのに、ひとりだけ、重く息苦しい空気に包まれる心地だった。


 その後も論点は何度もすり替わり、不毛なやり取りがしばらく続くこととなる。最終的に、「コンプライアンスを遵守しましょう」という議長の言葉で、定例会議は締めくくられた。

 長い会議から解放されたヤマトの神は、ため息をつきながら神殿を後にした。



◇ ◇ ◇



 ここは罪を犯した者たちが落とされる、阿鼻叫喚の地獄。悪に染まった魂を浄化するのは、容易なことではない。

 ここに来る悪人たちを見張るのが獄卒の仕事だ。赤黒い肌に、筋骨隆々の肉体。頭には角が二本、口元には鋭い牙をちらつかせている。

 過去の監査で虎柄のパンツは廃止され、今は白いポロシャツにスラックスが彼らの制服だ。金棒は安全性を考慮し、金属製から布製に変更。中には綿がたっぷり詰まっている。

 地獄の職員にも、時代に合わせた変化が求められていた。


「おい、この釜茹での湯、ちょっと熱すぎねえか!? こんなん虐待だろ、訴えてやる!」


 死者がひとり、獄卒に食ってかかる。


「現在の浄化システムでは、この温度設定が標準となっておりまして……」


 獄卒は丁寧に応対する。


「この熱湯に浸かることに、なんの意味があるんだよ!」


 怒鳴り散らす死者に、獄卒はとにかく頭を下げるしかなかった。


「それは死亡窓口で説明のあった通り、罪を犯した魂を清めるために必要なことでして……」

「そんなんいちいち覚えてねえ! 大体なんだ、その言い草。まるで俺が汚れてるみたいじゃねえか!」

(だからそうだって言ってるだろ!)


 死者の文句に思わず口から本音が出そうになるのを、必死で堪えた。


「前に行った剣山はスリッパ出してくれたぞ。こっちも氷水くらい置いとけよ。気ぃ利かねぇなあ!」


 剣山担当は何をやっているんだと、釜茹での獄卒は内心で愚痴をこぼした。


「……少し、上の者と相談してきます」


 色々と込み上げるものを抑えながら、獄卒は努めて冷静な対応を心掛ける。


「ったく、早くしろよ!」


 腕を組んでふんぞり返る死者を横目に、獄卒は急ぎ足で詰所へ向かった。



◇ ◇ ◇



 ヤマトの神は、自らが管轄する支部庁舎へと戻ってきた。

 事務所内はいつものように、書類を抱えた職員たちが慌ただしく行き交っている。


「お帰りなさいませ。定例会議、お疲れ様でした」


 執務室に向かう廊下で、部下が労いの声をかける。


「まあ、毎度のことだが疲れるね。あれは……」


 思わず苦笑がこぼれた。部下は執務室の扉を開け、軽く会釈する。神は礼を述べながら中に入り、部下もあとに続いた。


「こっちは特に変わりないかね?」


 神は書棚に並んだ分厚いファイルを手に取りながら、部下に訊ねた。


「それが……地獄部門からクレームが一件、あったそうで」


 釜茹で担当の獄卒から受けた報告を、神に伝える。


「またか……その者は確か、前にも苦情を訴えていたな」

「はい。今回で五度目だそうです」


 神は頭を軽く押さえながら、何度目かわからないため息をつく。


「……次またその者がクレームをつけてきたなら、異世界送りもやむなしだな」

「ええ、それが妥当かと思われます」


 神は椅子に腰を下ろし、ファイルを机上に広げた。何かを探すように、綴じられた紙を捲っていく。


「ところで、『彼』の件はどうなっておるかな?」


 部下は一瞬、肩を強張らせた。


「……はい。ひとまず、対処できております」

「ふむ、それなら良かった。あとは本人の――」


 焦るようなノック音が響き、執務室の扉がガチャリと開いた。


「お忙しいところすみません! 窓口で死者が一名、パニックを起こして暴れだして……」


 窓口の職員が、慌てた様子で駆け込んできた。


「今、数名の職員が対応しておりますが、説得も通じずどうしたものかと……」

「わかった、すぐに向かおう」


 神は腰を上げ、職員の方へ歩み寄る。


「申し訳ありません、お願いします。『推しも一緒じゃないと耐えられない』と言って聞かないんです」

「うぅむ、推しに死ねと言うのか……」


 職員は早口で説明しながら足早に部屋を出た。神も急いでその後を追う。

 部下がひとり、ぽつんと室内に残された。

 机にそっと視線を落とす。分厚いファイルが、開きっぱなしで置かれていた。


〈魂管理票:円井克俊(まるいかつとし)


 静かに息を吐き、ファイルを書棚に戻して廊下へ足を向ける。

 扉の閉まる音が、誰もいない執務室に小さく響いた。

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