第4話 自分のペースで冒険したいから②
三人は、宿を探して町中を彷徨った。
たまたま見つけた町人に道を訊ねても、「宿ならあっちの方だよ」と曖昧に方角を指し示すのみで、あまり当てにならなかった。曲がりくねった道のせいで、歩けば歩くほど、どこに向かっているのかわからなくなる。
勘で選んだ路地は進むにつれて道幅が狭くなり、袋小路に突き当たった。辺りは壁に囲まれて薄暗く、人の気配もない。
「道、間違えちまったか?」
「そうみたいだな。いったん引き返そう」
振り向きかけたとき、物音と同時に「きゃっ」と短い悲鳴が聞こえてきた。
ふたりは慌てて振り返る。何者かに拘束され、身動きの取れないミィナの姿が目に入った。背後に立つのは、先ほどの金髪の男。
ミィナの首に腕を回して押さえつけ、もう片方の手で剣を握っている。彼女の肩が震えているのが見えた。
「お前っ!」
今にも飛びかかりそうな勢いでバッシュが叫ぶ。だが状況が状況だけに、さすがに足を踏み出せないでいた。
「さっきはよくも邪魔してくれたなぁ。テメェらの有り金と持ちモン、全部置いてけよ」
「くそっ……」
カツは小さく舌打ちする。
――しくじった。
この手の輩が、あの程度で素直に引き下がるわけがない。こうなることは、想像できたはずなのに。
カツは己の失態を責めたが、今は後悔している暇はない。
迷った顔のバッシュと目が合った。カツは片手を上げてバッシュを制し、金貨の入った袋を取り出した。
「ちゃんと武器も置いとけよ」
そう嘲笑う男の腕の中で、ミィナが僅かに身じろいだ。
カツは顔を強張らせ、金貨の袋を男の足元に放り投げる。ミィナの視線が一瞬、彷徨った。
次に剣を取り外そうと、腰のベルトに手をかける。
突如、ミィナが身を捩った。手に持った杖が男の顔を掠める。
「このクソガキが!」
男が逆上した。押さえつける腕に力が増す。
カツは息を呑んだ。バッシュが身構える。
抵抗を続けるミィナの体を、男が乱暴に揺さぶった。ミィナがふらつき、男から僅かに体が離れた刹那。
カツとバッシュが同時に駆けた。
バッシュは迷わず男の右手を掴み上げ、手から剣を叩き落とした。続けてカツが、剣を鞘ごと突き出した。
鳩尾を突かれ、男はうめき声を上げながらバランスを崩す。その隙に、カツはミィナをさっと引き寄せ抱きとめた。
バッシュが短剣を抜き、刃先を男に向けた。
「待て、バッシュ。俺に考えがある」
カツはミィナを背後に回し、地面にうずくまる男に近寄った。
「俺のチートスキルは、なんでもできる。つまり……」
しゃがみこんで、男の目をしっかり見据える。
「今すぐお前を即死状態にして、最初からリスタートさせることもできるんだ。この効果は、フォレストボアで実証済みだ」
男がごくりと喉を鳴らす。カツは声を一段低くした。
「わかったら、もう俺たちにちょっかい出すなよ」
「……チッ。あの猪とまたやり合うのはごめんだぜ」
男はそそくさと剣を拾い、逃げるようにその場を後にした。
「……あれで大丈夫かな」
バッシュがしかめ面で男の背中を見送る。
「ま、下手に倒したら恨み買いそうだしな。ああ言っとけば、もう手は出してこないだろ」
平然としてみせながら、カツの心臓は今にも破裂しそうな音を立てていた。
良かった、信じてくれて。実証したのは「即死は無効」ってことなんだけど。
「ミィナさんは大丈夫? ケガしてない?」
振り返り、ミィナの様子を確認する。
「はい、大丈夫です。ありがとうございました……」
声色に、ほんの少し申し訳なさが滲んでいた。
「そりゃこっちのセリフだって。ミィナが動いてくれたおかげで、オレらも対処できたしな」
「ああ。……それにしても、あれはちょっとヒヤッとしたけどな。ミィナさんに何かあったらって」
「いえ、そんな……気にしないでください。もし攻撃を受けても、どうせ勝手に回復しますから、私」
ミィナは冗談っぽく笑みを浮かべた。カツの胸に、何かが突き刺さる。
「そんなこと言っちゃ駄目だ!」
ミィナがびくりと肩を大きく震わせる。
反射的だった。何事も諦めがちだった自分の姿を、重ねてしまった。
「どうせなんて、自分のこと、そんなふうに……っ!」
言いかけて、カツはハッと言葉を詰まらせる。
ミィナの瞳から、大きな雫がぽろぽろとこぼれ落ちていた。
「なにやってんだよ、カツ!」
バッシュが慌てて間に入り、ミィナの背にそっと手を添える。
「ほらミィナ、大丈夫だって。怖くねえから……」
「ああぁ……本当に、ごめんよミィナさん! 怒ってるわけじゃないから、その……」
焦って手を振りながら、カツは必死に弁明する。
「なんて言うか、心配しすぎちゃって、つい。……本当に、驚かせてごめんね」
ミィナは涙を拭いながら、静かに答えた。
「大丈夫……あの、違うんです。私……」
カツとバッシュは顔を見合わせ、ミィナの言葉に耳を傾ける。
「上手く言えないけど、思い出しちゃったんです。それで……」
ミィナはぼんやりと手元を見つめた。
❋
病室のベッドに寄り添う祖母。私の手を優しく握っている。
『……大丈夫よ、実奈ちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんが、ずっとついてるからね』
『いいの。私、どうせもうすぐ死んじゃうんだし。お父さんもお母さんも、きっとそう思ってる。だから来てくれないんだ』
やけになっていた。誰にも自分の気持ちはわからないと、八つ当たりしてしまった。
祖母は、悲しそうに唇を引き結んでいた。居た堪れなくて、そっと目を逸らしたのを覚えている。
❋
「私、前の人生は、病気で。……それに、他にも辛いこと、いっぱいあって」
ミィナは自身を抱えこむように、袖を掴んだ。
――私の人生、なんだったんだろう。
カツは黙ったまま視線を落とした。
……そっか。そうだよな。ここにいるってことは、みんなそうなんだ。
俺だって、自分の死は納得してないけど、怒りをぶつける先はある。でも、どうにもならない理由で終わってしまった人もいるんだ。ミィナさん……それに多分、バッシュも。
カツはちらりとバッシュに目を向けた。バッシュもまた、足元をじっと見つめ、拳を固く握りしめている。
「でも、この世界に来れて、少しホッとしてます」
ミィナが言葉を続ける。
「来世に生まれ変わっても、また同じことになったらどうしようって、怖くて。そう言ったら、神様がここに送ってくれたんです」
きまり悪そうに、ミィナは控えめに笑った。
「……来世?」
思いがけない言葉だった。
それがどういう意味なのか、問いかけようとしたそのとき。
地の底から響くような唸り声が、バッシュの方から聞こえてきた。
「悪い。さっきからずっと、腹減ってて……」
バッシュが気まずそうに申し出る。
カツは全身が脱力しそうになるのを、なんとか堪えた。
「……まずは宿に行くのが先決だな」
ミィナがクス、と小さく笑う声が聞こえた。
◇
路地を出て少し歩いた先に、宿が一軒建っていた。
宿泊の手続きを済ませ、宿の食堂でカツたちは遅めの昼食にありついた。
バッシュはナポリタン、ミィナはオムライス、カツはドリアを注文する。中世ヨーロッパ風の世界になぜ日本発祥の料理があるのか、カツは深く考えないことにした。
「さっき、ちょっと気になったんだけどさ……」
食事が半分ほど進んだ頃、カツが遠慮がちに口を開いた。
「来世って、どういうことなんだ……?」
何をどう聞けばいいかわからず、曖昧な問いかけになってしまった。
バッシュがスパゲッティを飲み込む。口の端にケチャップがついていた。
「来世は来世だろ。新しく生まれ変わるってやつ。窓口で説明あっただろ?」
「窓口? ……あ。俺、その前に呼び出されたんだよ、例の神に」
カツは、職場の階段から落ちたときのことを思い出した。気づいたら窓口の前にいて、アナウンスで別室に呼び出された。そこで、神を名乗る白ひげの老人から説明を受けて、異世界に転生した。
ミィナがおずおずと説明を付け加える。
「えっと。来世に生まれ変わる前に、何か手順を踏まないといけないって、聞きました」
「そうそう、死亡手続きしたときな。まあ、その手順がどんなのかは、オレもよく知らねえんだけど」
カツは思わず身を乗り出した。
「いや、待ってくれ。俺、その死亡手続きとやらも知らないんだけど。……この場合、どうなるんだ?」
「さあな、オレにもわかんねえ」
「神様に会えたら、そういうことも教えてくれるんでしょうか……」
ミィナの何気ない呟きが、カツの胸に重く響いた。
◇
宿の室内は既に明かりが落とされ、暗闇に包まれていた。
ベッドに入ってしばらく経つが、カツはまだ眠れないでいた。隣のベッドから、バッシュの寝息が聞こえてくる。
異世界、来世、転生――わからないことが多すぎる。昼間に出会った転生者もそうだ。あんなガラの悪い人間までいるなんて、異世界転生の基準はどうなってるんだ。
そう言えばここに送り込まれる前、神がなにか言っていた。
『異世界での行いが真の転生への査定にも響きますので――』
真の転生というのが、来世なのか?
祭壇に行って神に会ったら、来世への手続きが完了するのか?
じゃあ俺の人生、やっぱりあれで本当に終わりってことか?
この世界は、一体なんなんだ。
答えの出ない疑問がぐるぐると頭の中で巡っている。
……ここで考えたって仕方がない。どうなるにせよ、神に会うしか選択肢はないんだ。
カツはひとつ深呼吸をして、静かに目を閉じた。




