エピローグ
「アルロー。すまない、レオナールを見ていないか」
「いえ……こちらには来ておられませんが」
「もうじきフィオナが帰ってくるのにレオナールはどこにいるのだ」
長男のフィリオスと長女のルシールは先に玄関ホールに向かわせた。
俺は小さくため息を吐いて城を抜け、一番下の末っ子であるレオナールを探して歩いていた。
レオナールは子供たちの中で最も好奇心旺盛で、よく冒険という名の城を使った壮大なかくれんぼを行っている。
図書室にも、庭園にも、執務室にもいないとなると今回はあそこだろうか。
俺はかつて孤児院と救護院として使っていた廃墟同然の木造の建物を目指し、城門にある小さな木製の扉を抜け長い坂を下った。
孤児院の子供たちは皆成長し、城や城下町で暮らしている。
隠すように建てた救護院にはもう一人の患者もいない。
坂を下り切ると、一面に咲き誇るマロウの花畑の真ん中に黒い髪がちらりと見えている。
花畑の真ん中に彼は寝転んで、木々の隙間から覗く空を見上げていた。
「ここにいたかレオナール」
「父上!」
レオナールはそう言って起き上がり俺に飛びついた。
いつも走り回っているからか彼の身体は常に温かい。抱きしめられた彼の身体や小さな手からじんわりと熱が伝わってくる。
「フィオナがそろそろ到着するぞ。出迎えるのではなかったのか」
「母上が?!出迎えます!はやく帰りましょう!」
レオナールを抱き上げて坂を登った。
そろそろ抱き上げる年齢ではなくなってきているのだが、レオナールの小さな歩幅に合わせていると城へ帰るのが遅くなる。
抱き上げたレオナールは早く早くと俺をせかした。王都まで行っていたフィオナが戻ってくるのを彼は心待ちにしていたし、気持ちはわかる。
「今日の夜、母上に本を読んでもらうんです」
「……今日は疲れているだろう。本は明日にしろ」
「母上を独占するつもりですか父上?!」
そう言って彼はフィオナとよく似た青い瞳を細めて頬を膨らませた。
まだまだ子供らしいレオナールは、活発な割にフィオナによく甘えている。
「調和の女神の使徒はシェリル王女に引き継いだ。これからはもっと城いるから、本くらいいつでも読んでくれるだろう」
「私は今日がいいんです父上」
なんと言ってレオナールを諦めさせるか考えつつ、坂の中腹を過ぎたあたりで彼を地面に下ろした。
「ほら、ここから歩けるか」
「当然です!もう7歳ですから」
腕から降りたレオナールは小さな手で俺の手を取って、足を少し早く動かしながら坂を登る。
ふと、突然聞きたかった事を思い出したようにレオナールは俺を見た。
「父上、兄上と姉上は神様からいくつ祝福をもらったんですか?」
「……急にどうした」
「祝福がたくさんないと他所の家の子になるって言われたんです」
最近ようやく同じ年頃の子息令嬢と関わりを持たせ始めたからか、彼は年長者から言われたことを誰も側にいない時に確認するように俺に確かめる。
フィオナには聞かないあたり、彼なりのプライドがあるのかもしれない。
「……多く貰えた方がいいことは確かかもしれないが、それほど気にすることはない」
「どうしてですか?」
不安げにレオナールは青い瞳を俺に向けた。
その不安を振り払ってやるように自分とよく似た真っ黒な髪を少し乱暴に撫でてやる。
「私もフィオナも、お前達がいくつ祝福をもらおうが関係ないと思っているからな」
「それは……全然なくても大好きってことですか?」
「ああ」
そう言うとレオナールは「そっかぁ」と小さく呟いて、俺の手を離し残りの坂を駆け上がった。
玄関ホールに到着すると、ちょうど馬車が城門を抜けた所だった。馬車は城の正面玄関の入り口で止まる。
御者が扉を開けると、光の射す馬車の中フィオナが柔らかな笑顔で俺を見上げた。
俺は彼女にエスコートの手を差し出し、その白く細い指先が俺の手を握る。
「おかえりフィオナ」
「ただいま帰りましたルーファス様」
その青い瞳には喜びと安堵の色が満ちていた。
フィオナの体温が、触れた指先からゆっくりと心に流れ込んでくる。
俺が求め続けた幸せが、今この手の中にあった。
了
これで物語は完結です。
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