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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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ペンフォード家 side:フィオナ


「フィオナ様、寒くありませんか?」


 ミリーはそう言って、埃っぽい小屋の奥から古くなったシーツを探し出して私にかけた。


 ここはペンフォード領、ペンフォード伯爵の屋敷の側にある小屋の中だ。


 石を積み上げられて作られた壁からは冷たい風が吹き込み、息を吸い込むたびに肺が凍える。

 

 ドラクレシュティに来るまで私が暮らしていた、孤独と冷たい記憶が染み付いた場所。

 

 目が覚めると、この小屋にミリーと二人で閉じ込められていた。


 扉は外側から鍵がかけられたのか、体当たりしてもびくともしない。

 

 元々倉庫として使われていた場所なので、窓は小さく、今はそれすらも木で打ち付けられていた。


 食事は閉じ込められる時に一緒に放り込まれたのだろう、少量の硬いパンと水が置いてあった。


 ミリーと二人で脱出できないか色々と試してはみたものの外に人がいる気配もなく、他の魔法が使える訳でもない私は何もできなかった。


 何日眠らされていたのかも分からない。

 時間の感覚も薄れ、誰かが気づいてくれることを祈るしかなかった。


「ミリーも入って。寒いでしょう」


「……きっとルーファス様が見つけてくださいますよね」


 ミリーは泣きそうな声で俯いた。


 彼女が生かされているのは、ひとえに私のための人質にするためなのだろう。

 私が自分の侍女を見捨てられる訳がないことを継父はよく分かっていた。


 ミリーについてきて貰わなければ、彼女はきっとここにいなかった。

 それが申し訳なく、せめてミリーだけでも無事に逃したい。


 シーツに入ってきたミリーの手元には、彼女が探し出した壊れた燭台に使われていた金属の破片があった。


 「もしもの時に持っておこうと思って」とそれを握りながら小さく震えるミリーの手。

 その手に自分の手を重ね、不安な気持ちを分かち合うように、彼女の肩にそっと頭を預けた。


 反対側の手にはルーファス様から頂いたお守りがある。握っておけば、恐怖も少し柔らぐ気がしたのだ。


「フィオナ様……足音がします」


「え?」


 耳を澄ませると、扉の向こうからザッザッという微かが足音が聞こえる。

 真っ直ぐこちらに近づくその足音に、心臓が痛いほど脈打った。


 ガチャリという音がして、扉が開く。

 闇の中、扉の外に立っていたのは継父ペンフォード伯爵だった。


「お……とうさま……」


「生きているな。よしよし」


 外には所々に雪が積もっていた。

 昨夜からの寒さは雪が降っていたからなのだろう。

 彼は私が寒さで死んでいないか確認しにきたのだ。


 そのまま扉を閉めようとする継父に「待ってください!!!!」と叫ぶ。


 彼は閉めようとした手を止め、楽しそうな笑みを浮かべ私を見た。


「どうして……こんなことを??」


 私の問いかけに、彼は声を出して笑った。

 まるですごく愚かな問いかけをされたとでもいうような笑いだ。


「私に利があるからに決まっているだろう」


「利……ですか?」


 私が聞き返すと、彼は嘲笑うように笑みを深めた。

 

「ドラクレシュティ辺境伯の嫁にお前を出した。あちらは支度金を払ったが、その後の我が家への援助は全て断られたからな。これ以上お前をドラクレシュティ辺境伯の元に置いておく必要がなくなっただけさ」

 

「何を……」


「アバルモート司教を知っているか?彼が夜会の日までお前を隠し通し、その後彼に引き渡せば、教会が我が家を援助してくれるそうだ。彼はお前を他国に連れて行くらしいから、王家に露見することもない。露見した時には、王家の権力も意味を為さぬだろうよ」


 アバルモート司教……その名前に聞き覚えがあった。


 教会の強権派で、注意するようにと言われていた人物の名前だった。


 強権派であるアバルモート司教は、私を誘拐して暁光の盟約の儀式をぶち壊すつもりなんだ。


「それに、あのくだらない儀式がもうじき始まる。今更お前がどうした所で、どうやっても間に合うことはない。頃合いを見てアバルモート司教にお前を引き渡せば、もう少しいい暮らしができるだろうよ」


 その言葉にヒュッと息を呑んだ。

 どんなに急いでも、着いた時には貴族達は領地に帰ってしまっているかもしれない。


 そうなれば、教会とアズウェルト王国が手を取り合うことは二度とないだろう。


 その時、ミリーが叫びながら継父へと体当たりした。


 ミリーは私の足元に燭台の破片を投げ、倒れた継父に向かって押さえつけようと掴みかかる。


「フィオナ様!お願いです!逃げてください!!逃げて!!」


 ミリーの命懸けの声と、私を見る決意を込めた瞳に反射的に破片を拾って立ち上がり、開いた扉から外へと飛び出した。


 屋敷の外周を周り庭園を抜け、門に行き着いた所で門は閉まっているだろう。


 小屋の先にある森の中にしか逃げ道はなかった。


 森に向かって全速力で走った。

 

 森に到達する直前、足元の地面が急に橙色の光を放った。


 次の瞬間、大地が意志を持ったように盛り上がり、バランスを崩して転んでしまう。


 握ったお守りが手からこぼれ落ち、カツンと音を立ててどこかへと転がっていく音がした。


 立ち上がりながら後ろを振り返ると、継父が地面に手をついてニヤリと笑っている。


 彼の持つ土の魔法だった。


 怖い。怖い。怖い。

 ミリーはどうなったの?

 生きてる?


 そんな思いを浮かべながら、必死に森の中へと逃げ込んだ。


 継父の響く笑い声に、後ろを振り返る余裕もない。


 月の光で浮かび上がった獣道のような小さな道を必死に草をかき分け進んだ。


 地面はたびたび橙色に光り、粘土のように形を変え、その度に転び、起き上がる。


 ゆっくりと迫り来る彼の笑い声は、まるで狩人が獲物を追い詰めているかのようだった。


「手間をかけさせやがって」


 転倒した私に追いついた彼は、私の髪を掴んで身体を強引に起こした。


 今まで見た彼の表情の中で最も楽しそうな笑みを浮かべながら、継父は口を開いた。


「道具は道具らしく、大人しく従え」

 

「道具…………?」


 その言葉はヴィルハイムと書斎で話したあの光景を思い起こさせた。


「兄上は心を殺しました。人への興味をなくし、まるで、自分が国と領地に捧げる道具のように……」

 

 ――私は、その“道具”として生きてきたルーファス様が、どんな思いを抱えて生きてきたのか、完全には分からない。

 

 彼は自分の辛い境遇なんて一度も語らなかったから。

 

 ――心を無くした悪魔公の一面を、私は知らない。

 

 だって彼はずっと優しく私に笑顔を向けてくれていたから。


 ただ彼は私を、領地のための道具としてではなく、ずっと一人の人間としてみてくれていた。


 私にとっても、彼は道具なんかじゃない。


 私は一人の人間としてそんな彼のそばにいたい。

 

 一人の人間として、私は彼を愛しているんだ。


 これから先、彼の心がもし弱ってしまったとしたら、今度は私が支えたい。

 

 貴方が貴方だから、愛しているって伝えたい。


「私……達は……道具なんかじゃない!!!!」

 

 私は握っていた燭台の破片で、掴まれた自分の髪を勢いよく切った。


 ザリ、と金属が髪を裂く音が闇に響く。

 立ち上がり、不揃いになった髪の感触を無視して、森の先に見える光を目指してただひたすら走った。


「いい加減にしろ」


 継父の言葉と共に、橙色に光った大地が音を立てて崩れ落ちた。


 足を滑らせた私は、森の斜面を転げ落ちる。

 あちこち岩にぶつかった私は起き上がることすらできなかった。


 痛みでうまく息ができない。足に力が入らない。

 

「本当に……手間がかかる。お前の母親もそうだった。さっさとくたばれば、クロエにもう少しまともな教育を受けさせ、高く売れたのにな。なるべく傷をつけるなと言われたが、逃げられたら面倒だ。足の腱を切ってやろうか?」


 そう言いながら、彼は懐から小さなナイフを取り出した。

 


 

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