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残虐非道な悪魔公と神に見放された伯爵令嬢のやり直し婚  作者: 白波さめち
二度目の世界─悪魔公ルーファス─

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新たな陰謀 side:フィオナ

暁光(ぎょうこう)の盟約式』

 

 私が教会から調和の女神の使徒として任命される儀式をそう呼ぶことになった、とルーファス様から伝えられた。

 

 儀式は夜会の前に行われる予定になっており、今はその準備をするための時間なのだが、浄化の力が公にされたこともあって、公の場に出ないようにと国王やルーファス様から配慮されている。


 任命式に関する準備や話し合いもドラクレシュティの屋敷で行われるため、私は先日の事件の被害者で浄化しきれなかった人々を浄化しに王子宮に行く以外は、屋敷で過ごすことになった。

 

 一方、ルーファス様は任命式の準備以外にも、グラディモア公爵の陰謀とオストビア帝国の侵略を阻止した後始末、暁光の盟約式に向けて教会側と貴族側の調整をサミュエル王子と共に行なっているので、多忙を極めている。


 多忙を極める中、せめて朝食くらいは、と一緒に摂ってくれているのだが、その顔はどんどん疲労の色が濃くなっていて心配になる。


 先日は朝食後のお茶を飲んでいる時に「早くドラクレシュティに帰りたい」と小さく漏らしていたくらいなので、よほど大変なのだろう。


 先日暗殺されかけたばかりの上、貴族側や教会側の反発も多いと聞いて不安も大きい。

 

 私にできることと言えば、任命式の準備になるべくルーファス様の手を煩わせないことと、安全のためにテオとリオを彼のもとに一時的に返すくらいしかできなかった。


 できることが少ないことを寂しく思いながら、私は暁光の盟約式までの時間を過している。

 


 儀式を目前に控えた今日、ドラクレシュティの屋敷にペンフォード家から使者が送られてきた。


 私宛の手紙など、これまで一度もなかったというのに、よりにもよってこの最悪のタイミングだ。

 胸の奥が何かに掴まれたように酷くざわつく。


「今日はアルローもルーファス様についておられます。お手紙だけお預かりし、後ほどお目通しいただくこともできますよ?」

 

 アンナが、私よりよほど警戒した目で尋ねてきた。


 ルーファス様がいれば、この胸のざわめきは一瞬で消し去られただろう。その不在の重みが、不安を倍加させる。


「いえ……大丈夫よ。私が対応するわ」


 継父が来ている訳ではないのだ。

 だから恐れる必要なんてない。大丈夫。

 そう言い聞かせて私は使者の待つ応接室へと向かった。


「フィオナ様お久しぶりです」


 応接室にいたのは、ペンフォード家で継父の秘書官をしていた男だった。


 彼は私に向かって、見慣れないほど「朗らか」な笑みを浮かべている。

 ペンフォード家にいた頃、彼からこのような態度を取られたことはない。

 

 その不自然なほどの愛想が、警戒心を強めた。


「お久しぶりですね。……手紙を届けに来てくださったと伺ったのだけど……」

 

「はい。こちらにございます」


 ペンフォード家の紋章が入った封蝋を震える手で剥がし、内容に目を通す。


「エマ達が蝕身病?!?!」


「旦那様は、フィオナ様のおかげで伯爵家の地位が上がったと喜び、領地の収穫量を増やそうと無理をされました。そのせいで領地の瘴気が増大してしまったのです」


 そして彼は囁くように付け加えた。


「……特に、前伯爵夫人を隔離していた小屋に度々足を運んでいた方々ばかりが発症してしまったそうで。旦那様は、フィオナ様とのご縁が彼らに不幸をもたらしたと心を痛めておいでです」


 ずっと私を支えてくれた彼等の顔が浮かんだ。

 

 彼等は別れ際、私の幸せを願い馬車が見えなくなるまで手を振ってくれていた。

 その光景は今も鮮明に思い出すことができる。

 

 蝕身病は瘴気が身体に蓄積されることで発症する。


 体内に瘴気が溢れるとそれは呪紋となって皮膚に現れる。


 蝕身病は私にはうつらなかった。

 今も身体に異常はない。ミリーも救護院を手伝うために何度も足を運んでいたが、彼女は今も元気だ。


 だからと言って、呪紋が浮かび上がった重度の患者が、他者に影響を及ぼすかはまだ分からない。

 治らない病だと分かっていて研究するような人がアズウェルト王国にはいなかったからだ。


「王宮での夜会が終われば、我々も領地に帰らねばなりません。この冬の間に発症したため、彼等はまだペンフォードの屋敷におります。フィオナ様は随分と彼等の世話になっていたようなので、お知らせした旦那様のご配慮でございます」


 夜会が終われば、私も一先ずドラクレシュティに帰ることになっている。


 ドラクレシュティ領からペンフォード領までは距離も遠く、今後私が関わる役割のことを考えると簡単に行ける距離ではない。

 

 彼等の瘴気を浄化できるのは暁光の盟約式を含めた夜会までの期間になる。

 

 でも……ルーファス様もヴィルハイムも忙しい。

 彼等の手を止めてしまう訳にはいかなかった。


「……私が彼等を浄化する。と言えば会わせてもらえるのかしら?」

 

「もちろんでございます。ただ旦那様も多忙ゆえ、行くならば私の乗ってきた馬車で今すぐ向かわねばなりません」


 『今すぐ』という言葉が胸のざわめきを限界まで高めた。

 

 ルーファス様に相談したい。

 

 でも私がここで断れば、話が本当だったとして浄化する機会をもう一度貰えるかどうかはわからない。


 継父は、蝕身病にかかった使用人など平気で切り捨ててしまえるような人だからだ。


 彼等を見捨てておくことなんてできなかった。


「行きます。馬車に案内してください」


 アンナもミリーも私の決断に反対した。


 だけどどうしても彼らを見捨てておけないとお願いし、外出の準備をしてもらう。

 一人だけなら馬車に同乗して良いと言われ「絶対フィオナ様から離れない」と言うミリーを連れていくことにした。


 ミリーと並んで座った私の正面に秘書官が腰を下ろす。


 馬車はゆっくりとドラクレシュティの屋敷を出発した。


 馬車はどんどん王宮から遠ざかっていく。

 ペンフォード伯爵家の屋敷には昔行ったきりなので、今どこを走っているのかわからない。

 

 ただ屋敷から王宮が見えた覚えがなかったので、ドラクレシュティの屋敷とは違い少し距離があるのかも知れなかった。


 しかし、ペンフォード家の屋敷に向かっていないと分かったのは、馬車の窓から鬱蒼とした森の境界線が見えた時だった。


 ミリーもおかしいと気付いたのだろう。

 顔を青くし「フィオナ様」と小さく私の名前を呼んだ。


「馬車を……止めて下さい」


「どうしてですか?」


 秘書官は困惑したように首を傾げた。

 

「ペンフォードの屋敷の近くに森なんてなかったわ」


「心配なさらずとも……もう到着しましたよ」


 その瞬間馬車が止まった。

 周囲に人影は全くない。


 ただ一台だけ、古い荷台のついた馬車が道を塞ぐように不自然な形で停まっている。


 馬車を降りて逃げようとミリーの手を掴もうとした瞬間、両側の扉が乱暴に開き、複数の男達が私とミリーを馬車から引き摺り出した。


 硬い地面に強く打ち付けられ、取り押さえられた私たちを男達が縄で縛っていく。


「フィオナ様!だれか……!!!」


「黙れ!!!!」

 

 大声を出して助けを呼ぼうとしたミリーを、男が拳で殴った。

 鈍い音と共に、ミリーはぐったりと動かなくなる。


「だめ!ミリー!ミリー!!」


 ミリーに手を伸ばそうとする私の前に秘書官が屈んで口元に人差し指を当てた。


 その底冷えするような冷たい視線と微笑みには「声を出すならミリーを殺す」という意味が込められている。

 

 私は唇を固く結んで秘書官を睨みつけると、彼はニヤリと笑って立ち上がった。


 そして乗ってきた馬車の馬を逃し、火の魔法で馬車が焦げ付くような大きな傷をつけた後、自分の腕をナイフで切った。


 その傷から溢れた血を、周囲にぽたり、ぽたりと落としていく。

 

 襲撃されたように見せかけている、と一目で彼の意図が分かった。


 私の視線に気づいた秘書官は「侍女に襲撃の被害者になってもらってもいいのですよ?その方が現実味が出ますから」と悪魔のような笑みを深めた。


「安心して下さい。フィオナ様には傷一つつけません。我々は教会に協力しているだけですから」

 

「どういう……ことですか?」

 

「さあ……私にはなんとも。フィオナ様にはこれからペンフォード領に向かっていただく……としか。旦那様も後で合流されるそうですので、旦那様から伺って下さい。さあ、これを」


 そう言って彼は紙に包まれた不透明な薬剤を私の口に押し付けた。


 この薬は見たことがある。蝕身病の苦痛を逃すために患者を深い眠りにつかせるための薬だ。


 口を開けず抵抗していると「侍女がどうなっても?」と彼は囁いた。

 

 ミリーは私に言うことを聞かせるための人質だった。

 私は口を開けて大人しくその薬を飲み込む。


 しばらくすると視界が歪み、思考が鈍ってきた。

 

「おやすみなさいませフィオナ様、良い旅を」


 意識の狭間で秘書官の声が遠く、そしてどこか勝ち誇ったように聞こえた。



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