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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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調和の女神の魔法


 扉を破壊し、フィオナとヴィルハイムを外へと逃した。


「ルーファス様!!」

 

「フィオナとヴィルハイムを追い、安全な場所まで逃がせ!」


 護衛の待機室からは続々と各地の領主の護衛たちが飛び出してくる。テオとリオはすぐに私を見つけ、フィオナたちの後を追った。


 グラディモア公爵に剣と魔法を向ける騎士達、逃げようと魔法を放つ貴族達、そして溢れ出す瘴気で会場は見渡せる状態ではなくなっていた。


 会場を振り返りサミュエルと大司教の姿を探すが、見当たらない。すると、瘴気に今にも飲まれようとしているアイディーンの姿を見つけた。


「こちらだ!」


 アイディーンに手を伸ばし彼女を抱える。

 迫り来る瘴気に捕まらないよう風の魔法でフィオナたちの後を追った。

 

 雪が降る王子宮の庭園には逃げた人々が集まっていた。

 

 テオとリオに守られているフィオナたちの姿を確認しそちらへ合流する。

 フィオナは私とアイディーンの姿をみて安堵の表情を浮かべ駆け寄った。


「ルーファス様!アイディーン様!」

 

「フィオナ様っ……!」


 アイディーンは駆け寄ってきたフィオナの手を握りながらその場に膝をついた。


「サミュエル様が……私を逃す為、瘴気に……大司教様も……」

 

「そんな……っ!」


 フィオナの声が震えた。

 周りを見渡して、サミュエルと大司教の姿を探すがここには見当たらない。

 王子宮から噴き出していた瘴気の黒い霧は、勢いをなくし王子宮の回廊を漂っていた。


「ここで待っていろ」


 王宮騎士団のマントを外し、震えるフィオナにかけて踵を返す。


「ルーファス様!行っては駄目です!」


 フィオナが縋りつくように私の腕を掴む。


「必ず戻る」

 

 彼女の温かい手を振り切り、俺は再び王子宮へと飛び込んだ。

 風の魔法で虚空を蹴り、瘴気に汚染された地面に触れることなく広間の中央を目指す。

 

 瘴気はさらにその濃度を増し、視界はほとんど奪われていた。至る所から逃げ遅れた貴族たちのうめき声が聞こえる。


 広間の中央に到達すると、そこには信じられない光景が広がっていた。


 グラディモア公爵は、もはや人とは呼べない姿に変貌し、抉られた地面の上で息絶えていた。

 

 全身を覆うように赤黒い呪紋が広がり、肉体は瘴気によって悍ましく変形している。

 

 全てを消し去る闇の魔法。

 それによって産まれた莫大な瘴気をさらに光の魔法で増やしたのだろう。


 グラディモア公爵は、魔法の代償によって自滅したのだ。


 彼の周囲には、瘴気に完全に飲まれ意識を失った貴族や騎士たちが何人も倒れていた。


 そしてその中にサミュエルと大司教を見つけた。

 おそらくサミュエルはアイディーンを逃した後、大司教を助けようとしたのだろう。


「サミュエル……大司教……」


 私は二人の名を呟き地面に膝をついた。

 彼らの肌には呪紋が深く刻まれている。


 この瘴気を、この呪紋を、癒せるのは……。


 その時、王子宮の開かれた扉から一筋の光が差し込んだ。


「ルーファス様!」


 瘴気の靄を切り裂くようにフィオナが駆け寄ってきた。


 彼女の瞳は、この混沌の中でも揺るぎない希望を宿している。


「私に……私に浄化させてください……!」


 フィオナは、瘴気で汚染された広間の中央に倒れるサミュエルと大司教、そして他の貴族たちを見つめ、決然とした表情で言い放った。


 彼女の表情に恐怖や迷いはなかった。


「私に祝福をくれたのは……調和の女神 ハルモニア」


 彼女はまるで自分自身に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。その言葉はまるで、己の宿命を受け入れる誓いのように聞こえた。


 彼女は静かに息を吸い込んだ。

 跪き、灰色の大地に両手を置く。


「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。調和の女神 ハルモニアの御心に従い、奇跡をこの身に成さん」


 その瞬間、彼女を中心に足元の地面から淡い白い光がにじみ出す。それはまるで、眠っていた種が芽吹き、一瞬にして成長を始めるかのような光景だった。


 最初は繊細な光の筋だったものが、見る見るうちに複雑な模様を描きながら、螺旋状に、あるいは優雅な曲線を描きながら外へと広がる。


 一つ一つの線は、まるで天鵞絨(ビロード)に刺繍された植物の(つる)のように、緩やかに、しかし確かに伸びていく。


 絡み合うように、あるいは枝分かれするように、光の線はいくつもの小さな花や葉の形を作り出し地面いっぱいに広がっていった。


 白い光の植物たちは私の足元にまで到達し、その柔らかな光が瘴気の黒い粒子を溶かすように天へ登っていく。


 それは、記憶の中の――

 一面に広がる灰色の大地で確かに見た光景。

 

 無数の命が静かに息づく幻想的な紋様だった。


 私はフィオナに近づき、彼女の肩をそっと支える。

 

 大地から溢れ出ていた最後の黒い粒子が消えると、フィオナの身体から力が抜けた。

 その身体を抱きしめるようにそっと支える。

 

 同時に、白い光は夢から覚めるように静かに輝きを失って消えていった。


「……何が……起こったんだ?」

「奇跡だ」

「ドラクレシュティ辺境伯夫人?」


 意識が戻った貴族たちが起き上がりはじめた。

 自分たちの身体から消えた呪紋を確認し、信じられないというように安堵と困惑の入り混じった表情を浮かべる。


「聖女だ……聖女だ……!!!」


 聞き覚えのある狂気の孕んだ言葉に振り返ると、大司教と共に教会関係者として招待を受けていたアバルモート司教が、食い入るようにフィオナを見つめていた。


「ルーファス……?一体何が……」

 

「これが……調和の女神の……浄化の魔法か……」

 

 サミュエルがゆっくりと起き上がって、辺りを見渡しながら尋ねた。大司教も視界の端で顔を上げ驚きに目を見開いている。


「良かった……」


 小さな声がフィオナから漏れた。

 会場を見る青い瞳には安堵の涙が滲んでいる。

 

「フィオナ、もう大丈夫だ。眠れ」


 もうオストビア帝国の侵略は起こらない。

 俺は彼女を抱きしめ、額に口付けを落とした。

 

 

 




 

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