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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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グラディモア公爵の末路 side:フィオナ


 王子宮で行われる昼食会の日がやってきた。


 アズウェルト王国の王位継承最有力候補であるサミュエル第一王子が開催する今日の昼食会は、王国の重鎮とも呼べる貴族と、教会との関係改善という名目で大司教と数人の教会関係者が招待されている。


 ルーファス様の代理を務めるのはヴィルハイムだ。

 彼はルーファス様が表舞台から姿を消している間、領主代理として完璧に仕事をこなした。

 

 トーナメントでは決勝まで勝ち上がり、領地間の取引に関する話し合いでも、倍ほど歳の違う貴族たちに一歩も引かず渡り合っていたのだ。

 ヴィルハイムは本当に優秀で努力家なのだろう。


 そんなヴィルハイムのエスコートで入った私は、サミュエル王子とアイディーン王子妃に近い席へと案内された。

 近くには賓客として招かれた大司教様もいる。

 なぜ教会関係者が昼食会に参加しているのかという貴族たちの視線が、大司教様に注がれた。


 そしてその値踏みするような視線は、ルーファスの代理として参加しているヴィルハイムと辺境伯夫人である私にも注がれている。


 全員が席に着席すると、サミュエル王子がグラスを持って立ち上がった。


「皆さま、ようこそおいでくださいました。この王子宮に、アズウェルト王国の未来を支える重鎮である方々、そして大司教様をはじめとする教会の皆さまをお招きできたことを、心から嬉しく思います」


 サミュエル王子が穏やかに、しかし毅然とした声で語り始めると、会場は一瞬にして静寂に包まれた。

 窓から差し込む柔らかい陽光が、真白なテーブルクロスに置かれた銀食器とクリスタルのグラスを眩しく輝かせる。


 壁に飾られた歴代国王の肖像画がこの国の歴史の重みを物語っていた。

 会場の隅々には、王宮騎士団の騎士たちがさりげなく配置されている。彼らは地味な騎士服をまとっており、微動だにせず、まるで広間の壁の一部であるかのように静かに立っていた。


「この国は今、転換期を迎えています。隣国の侵略を防いだ私たちは、その勝利の陰で大きな課題に直面しています。年々深刻化する瘴気。このままでは大地は痩せ、人々は病に苦しむことになるでしょう。私たちはより強固な団結をもって立ち向かわねばなりません。この昼食会は、私たち貴族がその決意を新たにし、そして教会との間に揺るぎない絆を築くための第一歩です」


 その言葉が響いた瞬間、それまで張り詰めていた空気が、ぱちりと弾けたかのようにざわめきに変わった。


「教会と?」


 誰かがつぶやいた声が広間全体に波紋のように広がる。


「教会との協力だと?」

「あの傲慢な連中と、どうしろというのだ?」


 貴族たちは、ひそひそと囁き合い顔を見合わせる。


 ある者は不満げに眉をひそめ、ある者は隣の者と親指で教会関係者の席を指し嘲るような視線を送っていた。

 

 そのざわめきを静かに見つめながら、サミュエル王子は言葉を続けた。


「皆さまのご尽力なくして、この国の明日を語ることはできません。どうか、これからも私と共にこのアズウェルト王国を守り、より良い未来を築いていくためのお力添えをいただければ幸いです。それでは本日は、どうぞごゆっくりとお過ごしください。皆さまと心を通わせ、共に語り合いたいと思います」


 王子の言葉に、ざわめきは再び静けさに戻った。

 しかし先ほどまでの和やかな雰囲気は完全に消え去り、昼食会はそれぞれの思惑と緊張が入り混じる複雑な空気に包まれていった。

 

 当たり障りのない話題から始まり、少しずつ互いの腹を探り合うような内容が至る場所から飛び交っている。


 特に教会との協力関係を表明したサミュエル王子の意図を探るような会話が、あちこちで交わされていた。


「王子殿下の御考えは、いささか急進的すぎやしませんかな。教会と我々貴族とでは、相いれない教義や慣習も多いというのに」


「そうはいっても、瘴気の脅威は現実だ。国境付近の領地では、病で苦しむ者が増えていると聞く。ドラクレシュティ領などは、その最前線にいるのだろうが……」


 その言葉に複数の視線がヴィルハイムと私に突き刺さる。


「ところで、ドラクレシュティ辺境伯はご病気で? このような重要な席に代理を立てるとは、よほどのご事情がおありなのだろう」


 グラディモア公爵派の貴族が、探るような視線とともに、薄笑いを浮かべて言った。隣に座るヴィルハイムが、表情を一つ変えずに答える。


「ルーファス様は王都でどうしても片付けなければならない私的な用事があり、本日お会いすることは叶いません」


 ヴィルハイムの言葉に、貴族たちは口々に「なるほど」「ご苦労なことだ」と相槌を打った。

 しかし、その瞳の奥には不信の色が宿っている。


「私的な用事、ねぇ……」


 グラディモア公爵は薄笑いを深め、まるで獲物の弱点を見つけた獣のように、ヴィルハイムと私を見据えた。


「それにしても不思議な話だ。神に見放された者とはいえ、溺愛されていらっしゃると噂の奥方を、このような場に一人で送り出すとは。本当は、もう外に出ることもままならないほど蝕身病に蝕まれているのではないですか?」


 貴族たちの会話する声が、私たちの返答を聞き漏らすまいと、ぴたりと止んだ。


「ドラクレシュティ辺境伯は先日、魔法競技会に出場したばかりではないか。何故そう思う?」


 返答したのはヴィルハイムではない。

 静かに成り行きを見守っていたサミュエル王子だ。その緑色の瞳はしっかりとグラディモア公爵を捉えている。


「サミュエル王子の次の治世を支える貴族たちの昼食会に参加されないことが何よりの証明でしょう」


「舞踏会でも令嬢たちの噂になるほどの話題になった人物が……か? 私はこう考えている、魔法競技会の試合中に、よからぬことでも謀られたのではないか……とな」


「な……何を……」


 グラディモア公爵は目を見開いた。サミュエル王子はニヤリと笑う。


「よからぬ謀はまだあるぞ。先日ドラクレシュティ家から報告があったのだが、どうもグラディモア公爵領にオストビア帝国の軍勢がいるというのだ」


 その言葉でグラディモア公爵は反射的に立ち上がった。


 それと同時に、彼の背後にいた騎士が喉元に剣を突きつける。


 その騎士は、顔を覆うグレートヘルムを脱ぎ捨てた。


「私が蝕身病ではないかとご心配いただき、ありがとうございます」


 そこに立っていたのはルーファス様。

 貴族達、そしてグラディモア公爵は理解できないとばかりに息を呑む。


「何故貴様が……!」


 グラディモア公爵は憎悪に顔を歪ませて叫んだ。


「そちらの謀反はすでにこちらで把握済みということだ。今、王宮騎士団がグラディモア公爵家の屋敷に突入している。屋敷にもオストビアの者を匿っているだろう?」


 ルーファス様は淡々と、しかし圧倒的な声で続けた。


「グラディモア公爵領にいるオストビア軍は、すでにドラクレシュティ騎士団とギオロク騎士団が奇襲をかけた。オストビア帝国に侵攻はさせない」


「黙れ!!この悪魔が!!!」


 グラディモア公爵は、突きつけられた剣を手で掴んだ。


 その瞬間、真っ黒な光が刃を覆ったと思ったら、刃先から剣が消えていく。

 金属が溶けるような不気味な音が、広間に響き渡った。


 彼はその手を背後のルーファス様へと伸ばした。ルーファス様は、その手を紙一重でかわし素早く距離をとる。


「闇の魔法だ!!全員逃げろ!!!!」


 ルーファス様が王子宮に響き渡る声で叫んだ。


 その鋭い警告を掻き消すように、グラディモア公爵は狂気じみた叫びを上げる。


「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。光と闇の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん!」


 その言葉が終わるや否や、グラディモア公爵は地面に手をついた。

 

 彼を中心に真っ黒な光が広がり、大理石の床を不気味に抉り取っていく。


 その黒い光の中を、根のように不穏な黄色の光が走り出した。


 床の大理石は地鳴りのように鈍い音を立ててひび割れ、その亀裂から瘴気の黒い粒子が噴水のように噴き出す。


「ひぃっ……!」


 悲鳴が上がる。


 吹き出した黒い粒子は、まるで意思を持っているかのようにその場にいる人々を飲み込んでいく。


 豪華な衣装をまとった貴族たちが、次々に地面に膝をついた。


「瘴気だ!」「助けてくれ!」「逃げろ!」


 絶叫が飛び交い、広間は瞬く間にパニックの渦に包まれた。貴族たちは我先にと出入り口へと殺到する。


 しかし多くの者が黒い瘴気に足を取られ、体から力が抜け、その場に崩れ落ちていく。

 

 助けを求める声、うめき声、そして見境なく周囲に手を伸ばす者たちで広間は阿鼻叫喚と化した。


 グラディモア公爵に斬りかかった別の騎士の体に、彼の掌が当たる。

 それに触れた瞬間、騎士の体を黄色の淡い光が包み、騎士は苦悶の声を上げて崩れ落ちた。

 彼の体には、見る見るうちに赤黒い呪紋が浮かび上がっていく。


「フィオナ様!!」


 ヴィルハイムが騎士に駆け寄ろうとした私の手を思いっきり引いて、最も近い扉へ向けて駆け出した。


 根を張るように伸びる黄色の光は、王子宮の地面を急速に灰色へと変えていく。

 

 その灰色の地面からは、大量の瘴気の黒い粒子が轟音を立てて噴き上がり、広間全体を瘴気の嵐で覆い尽くしていた。


「扉が……開かない!」


 先を走っていたヴィルハイムが、閉ざされた重厚な扉に体当たりをするが、びくともしない。


 瘴気が渦巻く中、彼は私をかばうように前に立つ。

 その時、反対側にいたはずのルーファス様が、風の魔法で虚空を蹴り私たちのもとへと飛んできた。


 ルーファス様が閉じられた扉に手をかざすと、赤い光と共に扉は弾けるように吹き飛んだ。


「早く出ろ!!」


 外の澄んだ空気が、一瞬だけ瘴気の黒い靄を押し返しす。


「フィオナ様、早く!」


 ヴィルハイムは私の手を強く引き、砕け散った扉の開いた場所から脱出を図る。


 背後からは、グラディモア公爵の悪意に満ちた哄笑と、蝕身病に侵された人々の断末魔の叫びが、私たちの耳朶を激しく叩くのだった。



 

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