ルーファスの戦い side:フィオナ
「見ろ!次の試合は悪魔公だ!!」
そんな声が至る所から聞こえる。
テオとリオはルーファス様の試合だ!とワクワクしているが、相手の命を奪ってしまうのではないかと思うほどの激しい戦いも多かった。
どうしても、恐ろしさの方が勝ってしまう。
「ヴィル……」
隣のヴィルハイムを見ると、彼は眉間に皺を寄せている。
それが、ますます不安を煽った。
大歓声の中、舞台へと上がってきたルーファス様とグラディモア公爵は、互いに片手で剣を構える。
開始の合図と同時にグラディモア公爵は動き出した。
壮年の男性のどこにそんな瞬発力があるのかと思うような、人離れした動きで赤い光を放つ。その光は、炎となりルーファス様に襲いかかった。
ルーファス様に届いたと思ったら、炎はルーファス様の目前で消え、白い煙が一瞬のうちに舞台を包み込む。
「何が起こったの?!?!」
「炎を水で相殺したんです。目眩しにつかうんですよ」
グラディモア公爵は白い煙の中に剣を振り上げて駆けて行った。金属がぶつかり合う音が何度も響く。それと同じように、何度も小さな爆発音が聞こえてきた。
赤や緑、青の光が白い煙を染め、その煙の切れ間から時折二人の姿が見えるが、動きが早すぎて何が起こっているのか分からない。
轟音と共に会場が震え上がり、その刹那、白煙を突き破るようにルーファス様の身体が場外へと吹き飛ばされた。
ドンという鈍い音と共に壁に叩きつけられたルーファス様はそのまま床に倒れ込む。
地面には点々と彼の血がついていた。
「そんな……!」
白い煙が晴れると、そこには剣を下ろしているグラディモア公爵が誇らしげな笑みを浮かべていた。
「勝者!グラディモア公爵!」
シンと静まり返った会場が一瞬にして大歓声に包まれる。
テオとリオは先ほどの余裕の表情とは一転、信じられないとばかりに目を見開き、固まっていた。
「ヴィル!!」
「ルーファス様の所へ行きましょうフィオナ様」
テーブルを離れヴィルハイムと一緒に、怪我をした選手の手当をするための部屋へと向かった。
彼の無事を一刻も早く確かめたくて、淑女らしさなど忘れて足を急がせる。
「ルーファス様っ……!!!」
扉を開けると、簡易的な寝台の上にルーファス様が横たわっていた。彼は恥ずかしそうに手で顔を覆っている。私は彼の無事を確認しようと、震える声で尋ねた。
「大丈夫ですか……?」
「……ったく、見苦しいところを見せたな。」
彼の声はいつもの冷静さとは違って、どこか恥ずかしそうだった。私は否定したくてぶんぶんと首を振る。
ヴィルハイムが「傷は?」と聞くと、ルーファス様はシャツを捲り上げた。
そこには……拳大の呪紋が浮かび上がっていた。
「ルーファス様!これ……」
「何か思惑があって戦いを持ち掛けてきたことは分かっていたからな。その思惑に乗ってみたが、こういうことらしい。ドラクレシュティ家は私の蝕身病を隠していたので、こちらから訴えられない事を見越した上手い暗殺方法だ」
グラディモア公爵は戦いの最中、光の魔法の特性を生かして身体の中にある瘴気を『成長』させた、とルーファス様は私に説明した。
でも、そんなことより……。
「……分かっていて、わざと攻撃を受けたんですか?」
グラディモア公爵はオストビア軍を招き入れ、国を裏切る準備をしている。その、侵略を必ず成功させるため、蝕身病の噂があるルーファス様が動けなくなるのを待っている…ということは分かっていた。
グラディモア公爵が領地を離れるこの社交シーズンの期間中に、彼の企みを阻止しようとルーファス様やヴィルハイム、サミュエル王子が動いているということも知っている。
「不安にならなくていい。君がいてくれたから、身体に瘴気がほとんどなかった。だからこの程度で済んだんだ。これでグラディモア公爵は自分の計画が上手くいっていると思い込んでいるはずだ」
「そうじゃありません……」
私はルーファス様の呪紋に触れて瘴気を浄化した。
この知識を持ったオストビア帝国の軍勢が攻め込んできたら、多大な被害が出る。相手はその人の身体に触れるだけで私以外は治せない瘴気を身体に負うのだ。
流す魔力によっては、一瞬で絶命してしまうかもしれない。
そう……一瞬で死んでしまったかもしれないのだ。
その理解が、理性で抑え込んでいた私の恐怖と怒りを一気に解き放った。
私は、ルーファス様を睨みつけた。
私の瞳を見た彼は寝台の上でギョッとたじろぐ。
「ルーファス様……何故こんな危険な事をしたんですか?」
グラディモア公爵は彼を暗殺しにきたのだ。
蝕身病の噂がある彼が動けなくなるのを待つのではなく、暗殺を画作したということは、侵略がいよいよ近い事を示している。
「確実に……グラディモア公爵を捕らえるためだ」
彼は歯切れが悪そうにそう言った。
そう……分かっていた。
彼は周囲の安全や目的のために、自分を犠牲にする人だと。
彼を失っていたかもしれない未来を思い浮かべて、指先が震える。
「……殺されてかもしれないんですよ?」
「そんなことにはならないという勝算があった」
「……でも!!こんな危険なことは……やめてください」
涙が溢れそうになるのを必死に耐えながら、私は罰が悪そうに視線を泳がせる彼を睨み続ける。
「オストビア帝国の侵略を防ぐために、ルーファス様が……いなくなってしまうなんて……私は……嫌です」
ルーファス様はまさかそんな事を言われるとは思っていなかったとでもいうように私の言葉に目を見開いた。
「愛されていますね兄上」
ヴィルハイムが揶揄うようにルーファス様に声をかけた。私は振り返り、彼のことも睨みつける。
「ヴィルもよ?!私はヴィルにも怒っているんだから!」
ヴィルハイムは、ルーファス様が思惑に乗るつもりだという事を分かっていた。だから、テオやリオと違い、あれ程緊張した面持ちだったのだ。
「いなくなるのが……嫌?」
彼に視線を戻すと、ルーファス様は何かを噛み締めるかのように耳を赤くして顔を背けていた。
そんなに照れるような事を言ったつもりはないはずなのに、そんな態度を取られると怒りが凪いでいってしまう。
「だって……大切なんですもの……。だから一人で全部背負わないと約束してください」
私はそう言うしかできなかった。
彼は「すまない」と小さな声で謝った。
少しの沈黙が落ちた後、「フィオナ」と彼が私の名前を呼んだ。彼は決意を秘めたような顔で私を見ている。
「……君に頼みたいことがある。私はグラディモア公爵の目を欺くためにしばらく屋敷から出ることを極力避けたい。
取引や大司教との話し合いを、君とヴィルハイムに任せてもいいだろうか。大司教との話し合いはサミュエルやアイディーン王子妃、シェリル王女も参加するが……」
「任せてください。元々大司教のお話を伺いたいのは私ですし、ルーファス様が動けない間、貴方の代わりをするのは……」
ルーファス様が……私を頼ってくれた。
その事実が、胸の奥で温かく広がる。
喜びと同時に、彼が私に託そうとしている重みに心が震えた。
私にできることなら何でも、と自然と力が湧いてくる。
「ドラクレシュティ辺境伯の妻である私の役目ですから」
私はそう言って彼に笑顔を向けた。
「では、私はルーファス様の爵位譲渡に現実味をもたせてきますか」
そう言ってヴィルハイムは、軽く伸びをしてトーナメントの舞台に向かった。
タイムリープして初めてフィオナから怒られるということを経験しました。




