二度目の魔法競技会
「フィオナ、テオが出てきたぞ」
歓声の中、テオが手を振りながら入場するのを、フィオナは不安そうな顔で見つめていた。
「テオは大丈夫なのでしょうか?テオは風の魔法しか使えないんじゃ……」
「フィオナの護衛騎士を弱いやつに任せる訳ないだろう」
テオは開始の合図が始まってすぐ、目も止まらぬ速さで相手の懐に入り敵を倒した。
「テオ……!すごい!」
「テオは魔法の扱いにかけては一流だからな。風の魔法しか使えないと油断している相手では痛い目をみる。テオがやられる時は奴の魔力が尽きた時だな」
「私もいまだにテオには勝てませんからね」
ヴィルハイムはそう言って眉間に皺を寄せる。
ヴィルハイムはドラクレシュティで起こった魔物の襲撃以降、頻繁に騎士の訓練に顔を出すようになった。
そこでよくテオや騎士団長と手合わせをしているそうだ。
「テオの次の試合まで時間がある。フィオナ、今のうちに挨拶に行こうか。ヴィルハイムは来客の対応を頼めるか」
ヴィルハイムにドラクレシュティの来客の対応を任せ、フィオナと共に大司教のいる教会の賓客席へと向かう。
大司教は俺の姿を見て立ち上がり「ドラクレシュティ辺境伯」と微笑みながら出迎えた。
その後ろではアバルモート司教が大司教の対応を訝しむような目で見ている。
そちらに警戒を配りながらフィオナを大司教に紹介した。
「大司教、妻のフィオナを紹介します」
彼女が大司教に丁寧に挨拶を述べると、大司教は「そうか……貴女が」と少し目を細めて呟く。
「ドラクレシュティ辺境伯よりお話は伺っております。貴女の求める文献に、私は心当たりがございます。魔法競技会の後にはなりますが、そちらをご用意させていただきます」
フィオナは大司教の言葉に表情を崩し「大司教様、ありがとうございます」と礼を述べた。
「大司教、して……手筈のほどは?」
「はい。大至急手紙を送らせていただきました。あちらは雪が積もらないので手紙は届きますから」
大司教には、教会側の根回しを依頼してある。
一枚岩ではない教会がアズウェルト王国と手を組むかどうは彼の手腕にかかっている。
「ありがとうございます大司教、よろしくお願いします」
「ドラクレシュティ辺境伯もお気をつけください」
大司教はそう言って、グラディモア領の席に視線をやった。やはりグラディモア公爵はこちらの動きを嗅ぎ回っているようだ。おそらく大司教に接触があったのだろう。
「ご忠告、感謝いたします」
不安そうなフィオナに「大丈夫だ」と声をかけ席へ戻る。
フィオナにはグラディモア公爵がオストビア帝国と繋がっていることを伝えてある。そのため、大司教の視線の意味を理解したのだろう。
席に戻りヴィルハイムに計画は順調だという意味を込めて頷いた。
そして、余興の時間になる。
やはりグラディモア公爵はドラクレシュティのテーブルへとやってきた。
テーブルにいるフィオナとヴィルハイムを一瞥した後、俺に笑顔を向ける。
「ドラクレシュティ辺境伯がご結婚されていたと王宮の舞踏会ではとても話題でしたな。私も存じ上げませんでした。ご結婚おめでとうございます」
「妻のフィオナです」
フィオナが挨拶をするとグラディモア公爵は「ほう」と口髭に手を当てながら、フィオナを値踏みするように汚らしい目を向けた。
グラディモア公爵の汚らしい視線からフィオナを遮るように、俺はそっと身体の位置を変える。
「フィオナ様はペンフォード伯爵家の出だとか。八年ほど前に話題になりましたな。ペンフォード家の伯爵令嬢は。
悪魔公と呼ばれるほどのドラクレシュティ辺境伯ですから、縁談も多かったでしょう?その中でフィオナ様と婚姻されたのには深い理由があるのですかな」
「フィオナは私にとって、他のどの令嬢よりも特別ですので」
フィオナを愚弄するな。
薄笑いを浮かべるグラディモア公爵の顔を殴りつけたい衝動を必死に抑えながら、笑顔を顔に貼り付けて返答すると、グラディモア公爵は嘲るように笑った。
「そうですか。まさか悪魔公が女性に惚れ込み、身分差を乗り越えたご結婚をされるなど夢にも思いませんでした。私は、ドラクレシュティ辺境伯が蝕身病によりもう長くないことを隠すための、形式的な結婚だと思っておりましたよ。だから今日はヴィルハイム様もこちらに座っておられるのでしょう?」
「あら?そのような事実はありませんわ、グラディモア公爵。ルーファス様はわたくしのことをとても大切にしてくださっておりますもの」
フィオナは記憶と同じように、贈った銀細工のネックレスを彼に見せつけるように微笑んでみせた。
グラディモア公爵には、俺が患っていた呪紋と彼女の浄化の力を知られるわけにはいかない。
そのためにフィオナは悪女を演じることで彼の疑いを晴らそうとしている。
その小首を傾げながら話す様は、きっとクロエを模しているつもりなのだろう。
しかし……彼女の悪女の演技はとてもぎこちない。
声が震え、表情がこわばってしまっている。
必死にまた俺を守ろうとするフィオナに笑みが溢れた。
私は甘えるように手を取るフィオナの頬にそっと手を置き彼女の髪に唇を寄せる。
「彼女の魅力は、その肌に触れた私にしかわからないでしょう」
そう言うと、フィオナは悪女の演技に乗ってこられると思わなかったのだろう。
口をはくはくとさせ、顔を赤らめる。
彼は俺の演技を見抜いたと言うように、ニヤリと口角をあげた。
「ではせっかくの機会です。お身体に問題がないのであれば、一戦お相手願えますか?アズウェルト王国一と呼ばれるドラクレシュティ辺境伯の魔法を久しぶりに見てみたい者も多いでしょうから」
「残念ながら、最近は訓練に時間を割いておらず、公爵のご期待に応えられるかは分かりませんが……。せっかくのお誘いですのでお相手致しましょう」
控室には先ほど王宮騎士団長に吹き飛ばされていたサミュエルがいた。
背中をひどくぶつけていたようだから痛むのだろう、控室の長椅子にぐったりと横たわっている。
「ルーファス……」
「同じやられ方をしていたぞ」
彼を横目に見ながら簡易的な鎧を着ていると、「無茶を言うな」と腕で顔を覆いながらサミュエルが呻いた。腕の隙間から覗くその目は、まるで俺を心配しているかのようだ。
「……ルーファスこそ大丈夫なのか?」
「大丈夫ではない。フィオナにカッコ悪い姿を見せなきゃいけないのだぞ」
「そういう意味じゃないんだが……」
「まあ、うまくやるさ」
俺はサミュエルの寝転ぶ長椅子の横を通り過ぎ、扉を抜け歓声の響く舞台の上へと向かった。




