碧玉の泉にて
フィオナを救うための計画が動き始めた。
ヴィルハイム、サミュエル、そして俺。
誰の失敗も許されない。
正直。世界がどうなろうとも俺には関係ない。
アズウェルト王国の未来だってどうでもいい。
俺の周りの人間が生きている間、不幸でなければそれでいいと思う。
俺のどうしても譲りたくない願望は一つだけだ。
彼女が俺の隣で幸せであること。
馬を駆け、北西の村にいるフィオナを迎えにいった。
「ルーファス様……!」
彼女は村を巡っている途中だったのだろう。
リオとテオを連れ、目立たないシンプルなドレスに身を包んでいた。少し顔色は悪いようだが、俺を見て瞳を輝かせる。
「迎えにきた。今浄化しきれない患者を連れて帰る用意もできている。城へ帰ろう。フィオナ」
「本当ですか??」
フィオナは安堵したように微笑んだ。
馬車に揺られながら彼女の話に耳を傾ける。
彼女の瞳からみたドラクレシュティの真の姿。
希望、不安、たくさんの感情が入り乱れた彼女の言葉を一つ一つ拾い上げていった。
「ルーファス様……城に帰るのではなかったのですか?」
馬車が城下町の城門を潜らず、東へと逸れていったのを見てフィオナが不思議そうに首を傾げた。
「一つだけ、君に見せたい景色があるんだ」
ゆっくりと進んだ馬車は、ドラクレシュティの東に位置する森の前で止まった。
「少し歩けるか?」
そう言って手を差し出すと彼女はその手を握り返し馬車を降りた。
湿った土を踏みしめ森の小道を奥へと進んでいく。
「わぁ……!」
視界が開け、一面に広がるのは碧玉の泉。
水面は太陽の光を浴びて、淡いミントグリーンから、吸い込まれるようなネオンブルーへと輝きながら、木々や空を水鏡に映していた。
「綺麗……これが沼地なんですか?」
「ああ、近くの者は碧玉の泉と呼んでいる。ドラクレシュティで……一番美しい場所だと思っている」
灰色の大地の真ん中でフィオナを失った、あの血の色が染みついたような光景が頭の中で今も繰り返されている。
この場所に再び足を踏み入れるのが怖くてたまらなかった。
でも、私は向き合わなくてはいけない。
同じ過ちを二度と起こさないために。
その景色を瞳に焼き付けるように目を細めながら微笑む彼女を今度こそ幸せにする。
「フィオナ」
名前を呼ぶと彼女の青い瞳は私の姿を映し出した。
持参した木箱を開けて「これを」と彼女に首飾りを差し出す。
以前感謝祭の日に彼女へと贈ったパライバトルマリンの首飾り。そのデザインを少しだけ変えた。
「ドラクレシュティ家の紋章であるマイアストラの意匠を取り入れた首飾りだ。これをつけて、次の感謝祭でドラクレシュティ辺境伯……私の妻として私の隣に立って欲しい」
彼女は目を見開いて首飾り、そして私の顔を見た。
震える指先でそっと首飾りに触れ、青い瞳に涙を浮かべ「はい」と微笑む。
彼女の瞳と、後ろで輝く碧玉の泉は同じ色をしていた。
****
感謝祭当日。
「フィオナ様の準備が整いましたよ」
そう言ってアンナがフィオナの部屋の扉を開ける。
彼女の部屋は使用人達から贈られたたくさんの花で溢れていた。
そしてその真ん中には、白いドレスに身を包んだフィオナの姿があった。
幾重にも重なった白いレースは、まるでフィオナが花弁を身に纏っているようだ。
レースには、赤と青、そして金色の繊細な刺繍が施されている。
美しくまとめ上げられた銀青色の髪には、私が贈ったオーニソガラムの髪飾りが輝いていた。
「ルーファス様……いかがですか?」
振り返ったフィオナは恥ずかしそうに少し頬を赤らめて花のように笑った。
彼女の青い瞳に首飾りのパライバトルマリンがよく映えている。
「とても……綺麗だ」
瞬きすらも惜しく感じる。
ずっとこの目に焼き付けていたい。
胸が苦しくなるほどに彼女は美しかった。
「あとは……これで完成だな」
彼女の耳に繊細な銀細工の耳飾りをそっとつけた。
「私からも……贈り物があるんです」
彼女はそう言って、繊細な銀細工が施されたレッドベリルのブローチを私の胸に辿々しい手つきで差し込んだ。
「では行こうか」
「はい」
色とりどりの花で埋め尽くされていた城下町の広場。
祭壇にある秩序の女神の像に、フィオナと共に向かった。
神々の花を秩序の女神に捧げ、調和の神も含めたすべての神に感謝の祈りを捧げた。
やり直しの機会を得た喜びと、胸に秘めた決意を。
立ち上がりフィオナを見ると、彼女は隣で凛と微笑んでいた。
広場に集まる観衆を見渡し声を上げる。
「親愛なるドラクレシュティの民よ。感謝祭は、神々からの恵みに感謝する日。そして、新たな希望を見つけ、共に歩むことを誓う日でもある」
人々は静かに耳を傾けた。
一気に集まる視線に強張る彼女の指先を、上からそっと包み込んだ。
「ここに、私の妻、フィオナ・ドラクレシュティを紹介する――――」
人々が「聖女様!」「フィオナ様!」と叫び、嵐のような歓声と拍手が沸き起こった。
フィオナを見ると感極まったように青い瞳を潤ませ、頬を赤らめて私を見ている。
私は観衆からフィオナの顔が見えないよう、彼女の頬に手を添えた。
そして彼女の耳元に顔を近づけ、誰にも聞こえないようそっと囁く。
「そんな顔は……私にだけ見せてくれ」
「え?」
彼女は涙を流す代わりに顔をますます赤らめた。
本格的にタイトル回収に向けて動き始めます。
次は王都編となります。
ここまでお付き合いくださった皆様にも感謝を!




