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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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二つのお守り


「兄上……このために私を連れてきたのですか……?」


 銀山の麓にある屋敷でヴィルハイムはじとりとした目で俺を睨みつけた。

 フィオナにドラクレシュティの領地を見せるべく城を出た私達は、城下町を巡った後、銀山の麓にあるドラクレシュティ家が管理する屋敷に来ている。


 前回この場所を訪れた時は、鉱山内の地下水や湧き水を排出するための水路が土砂で詰まり呼び出される羽目になった。


「呼び出される事が……分かっていたんですね?」

 

「フィオナと街で食事をする約束をしていたからな」


 至急のトラブルへの対応に、俺はヴィルハイムを生贄に差し出した。

 俺がここで対応すれば、記憶の通りフィオナはミリー達と共に銀山の麓の街へと散策に行くだろう。


「分かっていて、フィオナと出掛ける機会を逃すことはしたくないからな。これくらいの我儘は許されるだろう?」


 そう言って口角を上げると、ヴィルハイムは「はいはい。楽しんできてください」と手をぱたぱたと振って俺を送り出した。

 

 屋敷の階段を下ると、街に行くためのシンプルな装いになったフィオナが待っていた。

 初めて出る街の散策に期待に胸を膨らませているのか、俺の姿を見て嬉しそうに微笑む。


「呼び出しがあったようですが大丈夫でしたか?」

 

「ああ。ヴィルハイムが代わりに対応しくれるそうだ」


 そう言ってフィオナに手を差し出すと彼女は嬉しそうに握り返した。


 丘を下り、街の入り口に立つと彼女は「わぁ!」と感嘆の声を上げた。

 活気に満ちた街の様子が興味深いのだろう。その瞳は、まるで初めて宝石箱を開けた子供のようにきらきらと輝き、目が足りないというように、きょろきょろと首を動かしている。

 その愛らしい仕草に、俺の口元は自然と緩んだ。

 

 昼食は街中にある大きな食事処を予約していた。

 城の食事とは全く違う食事だが、彼女はそれも含めて楽しんでいるようだ。

 「美味しい!」と声を漏らしたり、瞳を輝かせながら街を興味深そうに見るこの姿こそ本来の姿なのだろう。


 昼食が終わり、食事処を出る。フィオナはまだまだ物足りない様子だ。


「フィオナ、もう少し街を見て回るか?」


「いいのですか??」


 そう言ってフィオナは瞳を輝かせた。

 

「テオ、リオ。ここは私がいるので護衛は外れていい。ミリーも少しの間暇を与える。フィオナ、行こうか」


 そう言って彼女の手を引き街の中を見て回る。

 フィオナの興味が惹かれるまま、色々な店を見て回ると一軒の小さな装飾屋に行き着いた。

 

「少し中を見てもいいですか?」と尋ねるフィオナに了承し、彼女の後ろについて店内へと入る。


 店内にはずらりと並べられた繊細な銀細工が淡い光を放っていた。


 鉱夫たちが身につける銀のお守りや、様々な動物をかたどった小さな飾りが売られている。

 

 その中に、俺のロケットの中に入っているマイアストラのお守りと同じものを見つけた。


 心臓が跳ね上がり、思わず服の下のロケットを手で押さえたその時だった。

 

 「あっ」と隣からフィオナの声がした。

 

 彼女はマイアストラの隣にあったお守りをそっと手に取った。

 

「これは……ルーファス様から頂いた髪飾りと同じ花ですね」


 彼女の手の中には、赤色の石がついたオーニソガラムの花が象られたお守りがあった。


 そして、とっておきの物を見つけたというように、そのお守りを見て嬉しそうに微笑む。

 

「これを今日のお礼にルーファス様にお贈りしてもいいですか?」


「あ……いや、なら……こちらの青い石がついたものがいい。フィオナの瞳と同じ色だ」


「えっ」


 彼女の持つ赤い石のお守りを、俺はそっと抜き取った。そして代わりに青い石のついた同じ花のお守りを彼女の手に乗せる。

 

「そしてこの赤い石のお守りは……これは、俺がフィオナに贈ろう」


 そう言うと彼女は頬を赤らめて「はい」と小さな声で返事をした。

 

 


 夜、従者が下がった後バルコニーに出た。

 夏の夜の優しい風が心地よい。

 麓の街の灯りは記憶の中のフィオナを思い起こさせた。

 今、俺の手には二つのお守りがある。


 記憶の中のフィオナから贈られたマイアストラのお守り。

 そして、先程フィオナから贈られたオーニソガラムのお守りだ。

 

 その事実は、彼女は記憶の中にいるフィオナではないことを明確に表していた。


 フィオナはフィオナであることは間違いない。


 しかし些細な小さな変化が積み重なった結果、彼女は記憶中のフィオナではなくなった。


「フィオナ……君は、もう俺の記憶の中の君ではないんだな」


 ぽつりと呟いた言葉が、夜の闇に吸い込まれていく。


 俺は、ずっと「記憶の中のフィオナ」を追い求めていた。彼女を失ったという後悔と罪悪感から、このやり直しの世界でも彼女を記憶のままに閉じ込めようとしていたのかもしれない。


 隣のバルコニーから扉が開く音が聞こえた。


 フィオナが部屋からそっと顔を出し、バルコニーから漏れる光の正体を突き止めようとゆっくりと外に出てくる。


 眼下に広がった街の灯りを見た彼女は、キラキラと瞳を輝かせた。


 その瞳は、碧玉の泉の水面が陽の光を受けて輝く様子によく似ていた。


 彼女は手に持ったオーニソガラムのお守りを街の光にかざして、その銀の輝きを嬉しそうに眺め、お守りを抱きしめるように胸の前で握りしめた。


 フィオナは、フィオナとしてこの世界で生きている。

 このささやかな違いこそが未来を変える希望なのだ。


 俺は手のひらに乗せた二つのお守りを強く握りしめた。


 マイアストラのお守りが、記憶の中の俺の罪と、君を失った悲しみを思い出させる。

 そしてオーニソガラムのお守りが、今、目の前にいる君との新しい未来を約束する。


「眠れないのか?」


 フィオナを驚かせないよう、そっと声をかけた。

 

 もう、二度と君を一人にはしない。

 俺はこの新しい世界で、君の隣を歩む。

 

 


長くかかったルーファスの決意でした。


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