後悔と指針
扉を出ると少し離れたところでリオが護衛していた。
出てきた俺の姿をみて何か言いたげな彼の視線を通り過ぎ、ヴィルハイムの部屋へと向かう。
彼の部屋の扉を開けると、ヴィルハイムは自室の机に書類を広げそれを読み込んでいるところだった。
入ってきた俺を見て彼もまた呆れたような顔をした。
「……朝までフィオナ様の部屋から出てこないと思っていました」
「そんな事……できるわけないだろう」
ヴィルハイムに無断で彼の部屋の長椅子にどさりと腰を下ろして天井を仰いだ。
まだあの醜い欲望が喉の奥で嫌悪感とともにせり上がってくる。
あの瞬間、俺は彼女の全てを手に入れてしまいたいと心から願った。その欲望のままに彼女の純粋さを、この手で穢してしまいたかったのだ。
「兄上……」
ヴィルハイムの声がひどく遠く聞こえる。
彼は俺の顔色を伺い、何か言いたげな視線を向けてくるが、俺はそれに答えることができなかった。
「私は……最低の男だ」
掠れた声で呟く。
ヴィルハイムは全て見ていたかのようにフゥと息を吐き、戸棚から酒とグラスを取り出した。
「飲みますか?」
「……まだ私もお前も呪紋を抱えているだろう」
「私は少し楽になりましたよ。フィオナ様が夕食前にも少し浄化をしにきてくれたので、動ける程度にはなりました。まあでもそうですね……マロウのお茶にしますか」
ヴィルハイムはそう言って、氷につけられたガラス瓶を取り出した。
いつでも飲めるように、と冷やして置いているのだろう。冷やされたマロウのお茶は注がれたグラスの中で美しい青色をしていた。
「いつかご自身を赦してあげられる日が来ることを願っています」
そう言ってヴィルハイムはグラスを俺に差し出した。
「近日中にフィオナ様にドラクレシュティを案内するのでしょう?」
「ああ……そのつもりではあるのだが……」
北西にあるミリーの家族の住むあの村に彼女を連れていくべきか悩んでいた。
きっと彼女はまたあの村にしばらく滞在し、村に蔓延る蝕身病を浄化して回ることになるだろう。
そして己の限界を超えて魔力を使い続けた挙句、危険な状態に陥る。
それがわかっていて送り出すことにことに酷く躊躇いがあった。
「北西の村の兵士は被害者が少ないですから、それほど危ない状況にはならないと思います。早急に蝕身病のための施設を作る手筈をこちらでも整えますし、リオにも厳命しましょう」
「分かってはいるんだ」
「でも」という言葉の続きを飲み込んだ。
ヴィルハイムはそれを見透かすように、マロウのお茶を一気に飲み干し空のグラスをテーブルに置いた。
「綺麗な物だけを見る事を、フィオナ様は望んでいたのですか?」
ヴィルハイムの言葉が、固く閉ざしていた俺の心の扉をゆっくりと開いていく。
そうだ……彼女は美しいものだけを望んでいるのではない。
ドラクレシュティの真の姿を見る事を望んでいた。
彼女はドラクレシュティ辺境伯夫人として領民の幸せを。苦しんでいる人々を救いたいと、心から願っている。
自分の身に危険が及ぶことさえ厭わず、その手でできる限りのことをやりたいと望んでいた。
「……フィオナはそんな事は望んでいなかった。私がただ……また、彼女を失ってしまうことを恐れているんだ」
マロウのお茶を飲み干し、俺は静かにグラスをテーブルに置いた。そしてゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう、ヴィルハイム」
過去の悲劇がまた繰り返されるのではないかという恐怖。
それが俺の心を雁字搦めにしていた。
しかしフィオナの望みは違う。
ならば俺がすべきことは、彼女を遠ざけることではない。
俺はそっと決意を固めた。




