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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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やり直し


「ということは、私に祝福をくれている神様が何の神様なのか分かれば、もっと瘴気に苦しむ人を助けられるということですか?」


「そういうことになるな」


 フィオナの力について、以前と同じように全員の前で話した。


 ーーヴィルハイムと話し合った結果、私達はフィオナに調和の女神の祝福についてまだ伏せておくことにした。

 

 大切なのは“神に見守られていると確信して祈ること”なのだ。


 フィオナにその力が調和の女神によるものだと確信させるには、俺の“記憶”を話すか、あの大司教が持つカリタスの手記が必要だった。

 

 記憶について彼女に話す事はできない。

 

 彼女はあの灰色の大地で俺を()()()()()()()()()()()()()から()()()()()()()()()とそう言っていた。


 だから俺は、彼女の力が”人を不幸にする力”ではないという事をこの世界で証明しなくてはいけない。


「今年の冬の王都にはフィオナを連れて行こうと思う。王都にある蔵書にフィオナの力について何か書かれているかもしれない」

 

「「かしこまりました」」


「そこで、フィオナを守る護衛騎士をテオとリオに頼みたい」


 テオとリオを見ると、彼らは驚いて目を丸くしていた。騎士団長は「こいつらを?!」と驚愕の声を上げる。


「フィオナは今後、孤児院や救護院に顔を出す。彼女の護衛騎士はそこに臆さず嫌悪せず行ける人間でないと務まらないからな。頼めるか?テオ、リオ」


「ははっ!ルーファス様分かってますね!」


「それは俺らじゃないと務まらないもんな」


 彼らは“また”彼女の護衛を喜んで引き受けた。

 俺は二人を真っ直ぐに見つめ「頼んだぞ」と声をかける。

 彼らは真っ直ぐに俺の目を見返し、恭順の姿勢を取った。


「フィオナ、あと君に……話しておきたい事がある。今夜君の部屋で話しても構わないだろうか?」


 俺の言葉にフィオナは困惑した表情でゆっくりと顔を上げた。その青い瞳に浮かんだのは、戸惑いだろうか。

 

「……はい、ルーファス様。わたくしは……構いません」

 

 絞り出すようなか細い声に、俺は胸が締め付けられるのを感じた。


(また、不安にさせてしまった)


 彼女のその反応は俺が過去に犯した過ちと重なって見えた。

 

 今も俺は、自分の抱える秘密が彼女を傷つけるのではないかと、無意識に怯えていた。


 そして、その日の夜。


 アルローと共に、フィオナの部屋を訪れた。

 アルローは部屋の前で一礼し下がっていく。

 この部屋には、今フィオナしかいない。


 心臓が張り裂けるような思いを抱えながら、彼女の部屋の扉をノックした。

 フィオナからの返事があり、ゆっくりとその扉を開く。


 彼女は白いネグリジェを着て、緊張した面持ちで部屋の長椅子に座っていた。


「突然すまない。体調はどうだ?」


「大丈夫です。お話の後、しっかり休みましたから」


 彼女の緊張に揺れる青い瞳に覚悟を決めた。


 長椅子の前に立ち、俺はボタンに手をかけた。

 硬く強張った指先がなかなかボタンを外せない。

 ただの布切れに過ぎないシャツが、まるで俺の罪を覆う枷のように思えた。


 ゆっくりとボタンを外していき、シャツを肩から滑り落とす。

 現れたのは、右腕から肩にかけて醜く広がる黒い呪紋。


「隠していて……すまない」


 絞り出すような声でそう告げると、フィオナはその呪紋を見て息を呑んだ。


 彼女の顔から血の気が引き、青い瞳が大きく見開かれる。だが、彼女は怯えたように後ずさることはしなかった。


 彼女の視線は、呪紋から一瞬も逸らされず、まるでその一つ一つを確かめるように見つめている。


 それは恐怖でも嫌悪でもなく、まるで何かを理解しようとしているかのような、痛ましいほどに真剣な眼差しだった。


「触れてもいいですか?」


 フィオナの声は震えていながらも、その瞳には強い意志が宿っていた。

 俺は驚きと混乱のまま、「ああ……」と頷くのが精一杯だった。


 彼女は長椅子から立ち上がり、躊躇なくその小さな手を俺の右腕にそっと触れた。

 その瞬間、俺の全身を温かく柔らかい光が包み込んだ。

 

 彼女が触れた右腕は白く淡い光に包まれ、呪紋がその光に追われるように少しずつ小さくなっていく。

 それは瘴気の呪いが生み出す冷たい痛みを根こそぎ溶かしていくようだった。


「……今、全て浄化するのは無理だ。フィオナ」


「でも……」


 右腕に触れる彼女の手を左手で掴みそっと離した。


 その途端、白く淡い光は砂のように空気の中へと消えていく。その光の消滅と共に、俺の右腕には鈍く重い痛みが戻ってきた。

 

「それに、治して欲しくて来たわけじゃない。君に謝罪しにきたんだ」


「謝罪……ですか?」


 フィオナは俺の真意を探るように、青い瞳を俺に向けた。


「呪紋があることを隠していたことだ」


「……っ!」


 彼女は一瞬口を開こうとして、言葉を飲み込み唇を噛み締めた。

 

「君を……妻にと望んだことは嘘じゃない。でも私が死ぬその時まで隠しておくつもりだった」


 “ただのフィオナ”として生きて欲しかった。

 

 ヴィルハイムに彼女の穏やかな幸せを託して。

 

 君のことを傷つけ、不幸にし、死なせてしまった醜い俺は、それでも君から離れることはできなかった。


 自分が死ぬその時までそばに居られればいいと思っていた。


 フィオナは何度も自分の言葉を飲み込んだ。

 そこには、何故?というたくさんの疑問があるのだろう。


「それを打ち明けてくださったということは、これから先は一緒に生きてくださると……いうことですか?」


 それは沢山の言葉を飲み込んで彼女が選んだ優しい言葉。

 

 俺の心臓は彼女の言葉で大きく脈打った。


 そうだ。俺はもう死ぬつもりはない。

 この世界で、この手で、彼女を守りたい。

 俺は彼女がただひたすらに幸せになってほしい。

 

「……そうだ」


 そう、はっきりと答えた。

 その途端彼女の瞳に安堵の光が灯った。

 その光は、俺の胸にじんわりと広がり、温かさとなっていく。

 

 安堵し泣き出しそうな表情で俺を見つめる彼女を、このまま抱きしめてしまいたい。

 触れて、温もりを確かめ、永遠にこの腕の中に閉じ込めてしまいたい。


 そう思った瞬間、心臓の奥底から抗いがたい欲望がせり上がってくる。

 俺の中の醜い欲望が、さながら悪魔のように囁く。


 今ならフィオナは全て受け入れてくれるのではないか?


 寝台に押し倒し、纏う白い布を剥ぎ取り、その清らかな身体に、自分だけのものだという醜い証を刻みつけたい。


 白い肌、細い首筋、震える唇、その全てを手に入れ、彼女を永遠に手放さない。

 

 過去の自分と決別したはずなのに、それでも彼女を「自分のもの」にしたいという醜い欲求は、まだ俺の中に蠢いていた。

 伸ばしかけた右手をおろし大きく息を吐く。


 俺はその衝動を押し殺し、一歩だけ彼女に近づいた。

 彼女の柔らかい髪に触れ額にそっと口付けを落とす。


「今夜は、これでおやすみ」


 そう告げ、彼女の返事を待たずに俺は足早に部屋を後にした。

 きっと彼女は困惑しているだろう。

 だが今夜は、これが俺にできる精一杯の君への贖罪だった。

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