運命を変えるための協力者
「ルーファス様……!フィオナ様は?!」
「眠っている。じき目覚めるだろう。何か食べる物を用意しておいてくれ」
ヴィルハイムを限界まで浄化し魔力が尽きたフィオナは眠ってしまった。
フィオナの軽い身体を抱いて運ぶ。
その細い腕が痛々しく感じられ、俺は胸を締め付けられた。
慌てて駆け寄るミリーを制止し、彼女の部屋の寝台の上にその軽い身体をそっと下ろす。疲労で深く呼吸を繰り返す彼女の姿に、俺の胸は安堵と新たな決意で満たされていく。
自身を限界まで酷使し、他者を救うフィオナの髪をそっと撫でた。
今後、彼女は沢山の人間から狙われる。
地位のために、名声のために、領地のために、国のために。
彼女を守る方法を頭の中で描き続けるが、どれほど計算してもやはり上手くいかない。
協力者が必要だった。
彼女を救うための協力者が。
「兄上……これは…どういうことですか」
目覚めたヴィルハイムは驚きに目を見張っていた。
それもそうだろう。先程まで瘴気に蝕まれ死にかけていたのだから当然の反応だ。
「呪紋が……小さくなってる……」
「……フィオナの力だ」
「……フィオナ様の……力?」
ヴィルハイムは表情を険しくし、聞き直した。
「これは、調和の女神の祝福による魔法だ。6柱の神々が与えるどの魔法とも違う。彼女の魔法は瘴気を浄化できる」
「ちょ……ちょっと待ってください。理解ができません」
ヴィルハイムは「浄化」「調和の女神」とぶつぶつ呟きながら、身体から消えた呪紋を眺めている。
頭を整理しているようだった。
ヴィルハイムは一度、何かを諦めるように深く息を吐き出すと、その橙色の瞳を迷いなく俺に向けた。
「質問をさせてください。彼女の力を兄上は知っていたのですか?」
「……ああ」
「それは、“いつ”から知っていたのですか?」
「……それは、難しいな」
俺はロケットを取り出し、中にある赤い石が埋め込まれたマイアストラのお守りをヴィルハイムに見せた。
「これは、フィオナがくれたお守りだ。銀山にある麓の街に行った時に装飾店で買ったらしい」
「フィオナ様はこちらに来られてから、まだ一度も城を出たことはありませんが?」
「ああ。そうだ。フィオナは“まだ行っていない”。これは死んだ彼女から貰った物だからな」
ヴィルハイムは怪訝な顔をした。
普通ならば、頭がおかしくなったとしか考えられない発言をしている自覚はある。
だが、このお守りが存在している限り、俺にとっては揺るぎない真実だった。
「俺にもう一つ記憶があるとしたら、ヴィルはどう思う」
「……兄上の急激な変化に納得がいきます」
「変化……?」
今度はこちらが怪訝な顔をする番だった。
俺の顔を見て、ヴィルハイムはぷっと笑いを吹き出した。
「だって、フィオナ様が来てからの兄上は、人が変わったと言ってもおかしくないほどでしたから。私は、フィオナ様と兄上が以前どこかで恋仲だったのではないかと疑っていましたからね。でもそうじゃない。兄上の変化の理由が分からなかったのです」
ヴィルハイムはそう言って、再び真剣な顔つきに戻った。
「ですが、フィオナ様を“知っていた”ならば、兄上の急な変化も説明がつきます。そして、フィオナ様が“瘴気を浄化”できることを知っていたにもかかわらず、兄上は頑なに彼女から呪紋を隠していた」
そして一瞬の沈黙。
ヴィルハイムは全てを見抜いているような目を俺に向ける。
「兄上は死ぬつもりだったのですね」
「そう……だ」
拳を握った。
フィオナを「ただのフィオナ」のままにするには、それしか残されていなかった。
「私が魔物にやられたのは、予定外だったのですか?」
「ああ。ヴィルは……魔物の襲撃の時は城を任せていた。魔物から傷を負うのは……私だった」
「そうですか……」とヴィルハイムは一度下を向き、決意を込めた目で俺に向き直った。
「では、その『記憶』を聞かせてください。兄上にもう死ぬ気がないのでしたら、私も兄上の計画に協力します」
ヴィルハイムの言葉に、俺は胸が熱くなるのを感じた。
「フィオナが……死んだんだ」
ヴィルハイムは俺の記憶の話に口を挟まなかった。
ただ、深く、そして悲しそうに俺の顔を見ていた。
その視線が俺の心を突き刺す。
「……その記憶は正しいのですか?」
「今のところはな。ただ、ヴィルが記憶と違う行動を取って私の代わりに魔物から傷を受けた。何が変化のきっかけになるか分からない」
「では兄上は、これからどうしたいのですか?」
ヴィルハイムのまっすぐな瞳が、俺の心の奥底を覗き込んだ。
一度はすべてを諦めた俺に、この問いに答える資格があるのだろうか。
しかし……それでも俺は彼女を諦めることはできない。
「俺は、フィオナと共に生きたい。このドラクレシュティで」
俺がそう絞り出すように答えると、ヴィルハイムは静かに頷いた。
「だから……助けてくれ。ヴィルハイム」
ヴィルハイムの目が、驚きに見開かれる。
「初めて助けてくれなんて言いましたね」と笑いながらヴィルハイムは静かに立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
彼の掌からは、迷いなき確固とした決意が伝わってきた。
「もちろんです。兄上」
そしてヴィルハイムは、まるで幼い頃に戻ったかのように屈託のない笑みを浮かべた。
「俺達でこの世界を、やり直しましょう」




