変化した先の絶望
「子どもらを屋内にいれたらすぐにミリーと共に部屋に戻れ」
予想した通りマロウの種を植えた今日、魔物はドラクレシュティの地にやってきた。
激しい鐘の音が、魔物の襲来を告げている。
やはり兵士の報告を聞いた瞬間、俺の右腕に刻まれた呪紋が激しく脈打った。それでも表情には出さない。
不安気に瞳を揺らすフィオナの頬をそっと撫でる。
「大丈夫だ。すぐに魔物を片付けて戻ってくる」
「気をつけてくださいね。ご無事をお祈りしています」
「テオ、リオ、行くぞ」
坂を駆け上がり、騎士に指示を出して馬に跨った。
テオとリオがその後ろをついてくる。この出来事を想定して訓練を行ってきたドラクレシュティ騎士団の動きはスムーズだった。
各地に散らばるよう展開すれば、魔物が村を襲う前に片付けていけるだろう。
「兄上、私も行きます!」
聞き慣れた声に振り返ると、ヴィルハイムが鎧を身につけて駆け寄ってきた。その手に握られた剣は、彼の緊張と覚悟を物語っている。
「ダメだ、ヴィル。お前は城に残れ」
俺はヴィルハイムの安全を確保するため、城での待機をいつも命じていた。
ヴィルハイムの魔法は冬の魔法競技会で準決勝まで勝ち進むほどのものだが、実戦経験は少ない。俺が怪我をしなければ、彼はこの戦いに参加する必要はない。
「兄上にすべてを任せるわけにはいきません!それに……もし兄上に何かあったらフィオナ様が悲しまれます」
彼は俺の制止を振り切り馬に飛び乗る。
その瞳にはかつて見たことがないほどの強い意志が宿っていた。
俺は、彼の変わりように戸惑いを隠せない。
記憶の中のヴィルハイムは、こんな無謀なことはしなかった。
彼は俺の指示に従い、城で待機していたはずだ。
「……勝手な真似はするな」
怒りを込めて言い放つが、ヴィルハイムは臆することなく俺の隣に並び剣を構えた。
「この地を守り、兄上を守ることが私の使命です」
その言葉は俺の胸に突き刺さった。
俺は記憶をなぞりつつ、彼女を救うことだけを考えて行動してきた。
しかしヴィルハイムだけは、記憶にはない選択をする。
――夢の世界が、変わり始めている。
だが彼の真剣な眼差しを見て、俺は何も言えなくなった。
「……わかった。勝手に死ぬなよ」
「はい!」
俺たちは馬を走らせ魔物の群れへと突っ込んでいった。
ヴィルハイムが魔法で魔物を足止めし、俺が剣でそれを討ち取る。完璧な連携だった。
記憶の中にはない、俺とヴィルハイムの共同戦線。
そのまま俺の部隊は前回一番被害の大きかった北西にあるミリーの家族のいる村へ向かう。
到着した時にはすでに戦闘が始まっていた。
枯れた木が生い茂る森の中、魔物になった狼は牙を剥き男爵の率いる兵士に襲いかかっている。
「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。土の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん」
土の魔法で地面を刃に変え魔物の下から突き刺した。魔物は断末魔を上げ、ぶらりと動かなくなる。
「ルーファス様…!茂みに隠れてまだ何匹かおります!」
草に隠れて飛びかかる魔物を、一体ずつ倒していく。
まだ誰も傷を負っていない。これならば……。
その時、気道を迫り上がってくる血液が口から溢れ出た。瘴気が縛り付けるように全身を駆け巡る。
まるで、これ以上動くなとでも言うように。
「ルーファス様、左側です!」
リオの声に振り返ると巨大な熊のような魔物が、俺めがけて飛びかかってきた。
その動きは過去の記憶よりも速い。俺は咄嗟に身を翻すが、遅かった。
「兄上!!!」
ヴィルハイムが俺の前に出て、魔物に向かって剣を振るう。
(ダメだ!間合いが短すぎる!!)
ヴィルハイムの剣は届いた。
しかし振り下ろされた魔物の鋭い爪がヴィルハイムの首から胸を切り裂く。
「やめろぉ!!!!」
テオが魔物の背後に飛び乗り首に向かって剣で突くが、魔物の厚い皮がそれを許さなかった。
この距離で魔物を退けるような魔法を使えば、負傷しているヴィルハイムも巻き込んでしまう。
土の魔法を使うにも詠唱が間に合わない。
手をかざし魔物の目玉に火の魔法をぶつけた。
それでも魔物は倒れず、ヴィルハイムを離さないとでも言うように、反対側の爪をヴィルハイムの腕に突き立て、大きく口を開ける。
その口めがけて、ヴィルハイムは剣で突いた。
脳天を貫かれた魔物の叫びはぴたりと止み、ヴィルハイムの上にのし掛かって絶命する。
「ヴィルハイム!!!」
口から溢れた血を拭い取り、ヴィルハイムに駆け寄り魔物をどかした。
ヴィルハイムには腕、そして耳から頬の下を通り首、胸に大きく裂かれた傷があった。そこは瘴気による黒い粒子が血と一緒に噴き出すように湧き出ている。
「クソッ!!」
まだ魔物はいる。テオとリオを男爵と共に行動させ、光の魔法でヴィルハイムの傷を癒した。
出血も傷も塞がったが、彼の傷跡にはそのまま呪紋が残った。
ヴィルハイムは額に汗を浮かべ浅く呼吸しながらニヤリと笑う。
「下手を打ちましたが、ドラクレシュティ辺境伯を守ったので上々じゃないですか?兄上」
「バカな事を……!」
「これで、どちらも残りの命が短くなりましたね。流石に兄上に子が産まれてもその子が大きくなるまで中継ぎはできなさそうだな……」
息も絶え絶えに軽口を叩くヴィルハイムを睨みつけるが、ヴィルハイムは満足そうな笑みを浮かべている。
魔物による呪紋は進行も早い。
どれだけの時間が、ヴィルハイムに残されているかもわからない。
彼女を守ろうとした事で生まれた犠牲に目の前が暗くなる。
「ほら兄上。星が綺麗ですよ。星なんて見上げたの何年ぶりですかね。」
記憶と同じように、夜空には満天の星が輝いていた。




