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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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オーニソガラムの髪飾り side:フィオナ


「何度見ても凄い髪飾りですね……」


 ミリーは私の髪に銀細工の髪飾りを差し込みながらうっとりと目を細めた。


 ルーファス様に髪飾りを頂いた事がいまだに信じられない。


 アンナは髪飾りが贈られるのを知っていたようで「ルーファス様が一日でも早く完成させてくれと職人を急かしていたのですよ」と教えてくれる。


「こんな素敵な贈り物をしていただいてもいいのかしら……」


 私がポツリと漏らした言葉に、ミリーは「当然ですよ!ルーファス様の奥様なのですから!」と胸を張る。


 悪魔公と呼ばれているルーファス様は何故そう呼ばれているのか分からないほど、とても優しい人だった。


 彼の作った孤児院や救護院はまさにそれを証明していた。

 領主の仕事が忙しくあまりお会いすることはないけれど、朝食やお茶の時間が一緒になった時は、いつも微笑みながらドラクレシュティの生活に不満はないかと尋ねてくれるのだ。


 私が上手く言葉にできない時でも、私の事は全て分かっているとでも言うように私の想いを受け止めてくれる。


 あの私を見つめる宝石のような赤い瞳には、何を写しているのだろう。


 あの微笑みの奥に何を思っているのだろう。


 自然と、彼の事をもっと知りたいと思った。

 そして優しい彼に相応しい自分でありたくて、勉強に熱が入る。


 今はまだ分からないことも多いけれど、魔法が使えない私でも多くの事を学べば彼の手助けになれるかもしれないからだ。


「ヴィルハイム様、お時間よろしいでしょうか?」


 授業がない日の午後、書斎にいるヴィルハイム様に声をかけた。

 銀山について、産出量や利益、事故の報告書などの書類はあるのだが、鉱夫たちがどのように銀を採掘しているのかわからなかったからだ。


 事故の報告書の多さから危険な仕事であることは分かる。

 そしてこの銀山が、ドラクレシュティ領を支えているということも。

 だから、もっとドラクレシュティを支える彼らの仕事について知りたいと思った。


「フィオナ様。何か困ったことでも?」


「いえ、先生に教えていただいたのですが、ドラクレシュティ領は特産物で銀山が有名だと伺いました。どのようなお仕事がされているのか、少し興味がありまして……。もしよろしければ、お教えいただけませんか?」


 ヴィルハイム様は一瞬驚いた顔をして、フッと微笑んだ。


「ええ、もちろん。こちらへどうぞ」


 私を執務机に招き、ドラクレシュティ領の地図を広げた。


「銀山は、こちらにあります。鉱夫たちが昼夜を問わず働いてくれています。採掘された銀は、この川沿いを通り、王都や他領に送られます。最近は、オストビアとの戦で採掘量が減っていましたが、今は徐々に回復しています」


 鉱山で働く事の危険性についていくつか質問を挟むと、ヴィルハイム様はそれについても丁寧に教えてくれた。


「ありがとうございますヴィルハイム様。おかげでとても勉強になりました。では、私はこれで失礼します」


「……お待ちください。よければ少しお話をしませんか」


 ヴィルハイム様はそう言って私を引き留めた。

 その橙色の瞳は先ほどとは違ってとても真剣で胸がドキリとする。


 私が了承すると、ヴィルハイム様は従者にお茶の用意を頼みアルローを残して他の者を退室させた。


「フィオナ様は……ルーファス様……兄上とどこかでお会いした事があるのですか?」


 質問の意図が分からなくて「いいえ」と首を振るとヴィルハイム様は眉間に皺を寄せた。


「一度……デビュタントの日にお姿をお見かけした事はございます。しかしお話しした事はございません」


 そう言うと、ヴィルハイム様は腕を組み「じゃあどうして……」と呟いた。私の視線に気づいたヴィルハイム様は「すいません」と困ったように笑う。


「兄上が……とても変わったんです」


「変わった……?」


 ヴィルハイム様は昔を思い出すように視線を少し下げて、ぽつりぽつりと話し始めた。


「兄上は……愛情というものを知らずに育ちました。私は幼かったのでよく覚えてはおりませんが、兄上は洗礼式前に魔法を使ったのです。それを見た母が……。

母は……『お前は兄を追い落とすつもりなのか』と怒鳴りました。次男に爵位を取られるということは、貴族として全てを奪われることになります。役立たずの烙印を押されるのですから当然でしょう。

母は……最初はロスウェル兄上の身を案じただけだったのでしょう。当時から兄上は異質さを感じるほど優秀でしたから……。母上の態度が一変したのは……兄上の洗礼式です」


 ヴィルハイム様はそう言って、少し冷めたお茶を飲み干した。


「ロスウェル兄上は5柱の神から祝福を得ました。対して兄上は全ての神々から祝福を。周囲からもルーファス様に爵位を譲ってもいいのではないかという声が上がり始めました。

 だから……母上は兄上に、ロスウェル兄上より秀でる事を禁止し兄上に冷たく当たるように……。母はロスウェル兄上だけを溺愛するようになり、ドラクレシュティ家から兄上を追い出す為に必死に兄上の婿入り先を探すようになったのです。

 だからこそ……兄上は15歳で初めて出場した魔法競技会で母の言いつけを破り優勝したのだと思います。少しでもドラクレシュティに有益な婚姻を結び、母に認められたいと思ったのでしょう」


 ヴィルハイム様は膝の上で手を握り締めた。

 まるで見ていることしかできなかった事を後悔しているように。


「ただ、その後……父上とロスウェル兄上が事故で亡くなり……母上は完全に壊れました。兄上がロスウェル兄上の貰い受ける辺境伯の地位を奪う為に二人を殺したのだと信じて疑いませんでした。

『幸せを壊す化け物』だと、兄上に向かってずっと叫んでいたのを覚えています」


 ルーファス様のお母様は、亡くなるまでルーファス様に「ロスウェルを返せ!!」そう叫び続けていたらしい。


 あの肖像画の少年にとってそれは、どれほどの悲しみだったのだろう。


 優秀であればあるほど、大好きな人に嫌われていく……そんな悲しことがあるだろうか。


「だから、兄上にとっての家族は私や乳母だったアンナ、屋敷の使用人達だったんです。でもそれも、オストビアの戦争で変わってしまいました。兄上は、全てを守ろうとして大切な者を沢山失ったのです。そこから……彼は心を殺しました。人への興味をなくし、まるで自分が国と領地に捧げる道具のように……」


 あの……ルーファス様が……?


「あのような兄上は……見た事がありません。って……どうして泣きそうな顔をしているのですか」


 気づくと私は唇をぎゅっと噛みしめ、震える指先でスカートの裾を握りしめていた。

 彼がどれほどの孤独と悲しみを抱えて生きてきたか、私は全く知らなかった。


 沢山の幸せを彼に与えてもらったのに。


 ヴィルハイム様は困った顔をしながら、私にハンカチを差し出した。私は受け取って、こぼれそうになった涙をそっと拭う。


「フィオナ様に髪飾りを贈る時に、その花……オーニソガラムを調べていたのです。その花を敢えて調べていたので、フィオナ様との思い出の花だと思ったのです」


 思い出の花……。その言葉に、ふとある光景が浮かんだ。


「このペンフォード家の恥晒しが!!!」


 洗礼式の日、舞台からおりると継父は私に向かって叫んだ。母は必死に継父を止めながら私に外に行くよう言ったのだ。


 祝福を貰えなかった事実、そして継父の豹変した態度、母の青ざめた顔……これからどうしていいのか、どうすればいいのか分からず、私は庭園で誰にも見つからないよう隠れて泣いていた。


 その時、男の子から声をかけられた。

 「どうしたんだ」と聞かれて、私は何も答えられなかった。


 今日は貴族として認められる喜びの日になるはずだったのに、神々から「貴族に相応しくない」と言われたばかりだったのだ。なんて返すべきか分からなかった。


 話しかけないでほしい。放っておいてほしい。


 その意味を込めて背を向けると、彼は一度離れて戻ってきた。


 涙で彼の顔はほとんど見えなかったけれど、私に白い花を差し出し「洗礼式おめでとう」と言ってくれたのだ。


 この日、おめでとうと言ってくれたのは彼だけだった。


 その花は、持ち帰った途端継父に取り上げられ、踏み潰されてしまったけれど間違いない。


 この髪飾りの花は、あの時の花だ。


「もしかして……ですが、会った事がありました」


 私は洗礼式の話をヴィルハイム様に話すと彼は少し首を傾げる。


「それだけ……ですか?」


「……はい」


 「んー」と唸りながらヴィルハイム様は頭を掻く。

 しかし考えても仕方ないと思ったのか、頭を少し振って私に向き直った。


「本当は……フィオナ様を受け入れること、私は最初反対をしていたのです」


 その言葉に胸がずきりと痛んだ。

 でも当然だ。誰よりも私が、何故私がドラクレシュティ辺境伯の妻にと望まれたのか分からない。


 悪魔公と呼ばれていたとしても、多くの女性がその妻の座を望むはずだからだ。


「でも、今はフィオナ様が兄上に嫁いでくれて、心から嬉しいと思っています。兄上の妻が貴女で良かった……と。兄上のあんな顔……初めて見ました。

私は兄上に幸せになってほしい。たくさんの苦しみを一人で背負い続けていた兄上に、幸せになってほしいのです。ですから、兄上の事どうか……よろしくお願いします」


 そう言ってヴィルハイム様は立ち上がり頭を下げた。

 それは兄を想う優しい弟の姿だった。


「私……頑張ります。ルーファス様の隣に立って支え合えるような……そんな存在になれるように。だから、これからもどうぞよろしくお願いします。ヴィルハイム様」


「ヴィルでいいですよ。だって、私の義姉なのですから」


 ヴィルハイムはそう言ってルーファス様とよく似た笑顔で照れくさそうに笑った。





やり直し前になかった洗礼式のフィオナとルーファスの思い出がここで初めて繋がりました。


次はルーファス視点に戻ります。

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