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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
二度目の世界ー悪魔公の贖罪ー

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変化していく夢の世界


「蝕身病の苦しみは、マロウで軽減させることができます」


 アンナはそう言ってマロウで作られたお茶を私に差し出した。


 そのお茶をアンナから受け取り飲み干すと、しばらくして思うように動かせない身体の感覚が少し改善した。

 これで、もう少し動くことができるだろう。


「確かに効果があるな」

 

「フィオナ様は救護院のためのマロウを孤児院で育てるとおっしゃっていました。すぐにこちらも各地で栽培を開始しましょう。王都への報告もお願いしたく存じます」


「ああ、報告しておく」


 フィオナがこの地で穏やかに過ごすには、ヴィルハイムの治世を揺るがす不安材料を徹底的に潰しておく必要があった。


 この情報はドラクレシュティの地位を最低限守るための基盤を整えてくれるだろう。サミュエルにグラディモア公爵への警戒と共に少し口添えを頼み、あとはヴィルハイムの地盤をしっかりと整えてやればいい。


 冬の魔法競技会でヴィルハイムは準決勝まで勝ち進む。

 あの功績とマロウのお茶の情報、サミュエルの後援、それだけあればヴィルハイムも良縁に恵まれるはずだ。

 

「……フィオナ様に兄上の呪紋についてお話しいたしましょう」


「なに……?」


 ヴィルハイムは真剣な表情を俺に向けた。


「フィオナ様は、蝕身病の母をずっとペンフォード家で看病していたそうです。だから蝕身病に対しての畏れを抱いておりません。彼女は孤児院の子供達にも好かれ、救護院に家族を預けている者達の相談にものっているそうです。フィオナ様でしたら、兄上が呪紋を患っていたとしても、受け入れてくれると……私はそう思います」


「それは却下する」


「兄上!!!!兄上はフィオナ様が呪紋を見て他の令嬢のように嫌悪するとお思いですか?」


「……そうは思わない」


 むしろ彼女は間違いなく受け入れる。

 だから問題なのだ。


 フィオナに右腕の呪紋のことを話すつもりはない。

 彼女はまた、俺の為に神に祈ってしまう可能性があるからだ。


 孤児院を手伝うことは許可したが、救護院に入ることをまた禁止したのも、彼女が“誤って”救護院の者達に浄化の魔法を発動させないようにする為だった。


 そうすれば夢が続いてしまう。

 彼女がまた死んでいく姿なんて二度と見たくない。

 

 ヴィルハイムは記憶よりもフィオナに好意的に接しているように見えた。だからかもしれない。

 ヴィルハイムはこの夢の世界で徐々に記憶にない行動を取るようになっている。


「兄上とフィオナ様は夫婦です。兄上が彼女に呪紋について話し、彼女がそれを受け入れれば、夜同じ部屋で過ごすことだって可能です!」


「それは子供を作れとでも言いたいのか?」


 引き下がらないヴィルハイムに苛立ちを覚えながら睨みつけると、ヴィルハイムは真っ直ぐ俺の目を見返した。

 

「何度でも言います。ドラクレシュティ辺境伯は兄上です。例え兄上がこのまま瘴気に飲み込まれたとしても、残された時間を彼女と夫婦らしい生活を送る事は可能です。それに、もし子ができれば私は喜んで兄上の子が独り立ちするまでの中継ぎの辺境伯になりましょう」


「そのような事は望んでいない。ヴィル、お前に望む事は一つだけだ。爵位を継いだあともフィオナが不自由なく過ごせるようにだけ心を配ってくれたら、それだけでいい」


 ヴィルハイムは俺の言葉を聞いて挑発的な笑みを浮かべる。


「そうですか。では、こうしましょう。兄上に爵位を譲られたら、私はそのままフィオナ様を娶りましょう。亡き兄の妻を弟が娶ることはよくあることですから」


「ふざけるな!!!」


 確かに珍しいことではない。

 フィオナの実家であるペンフォードがまさにその例だ。

 互いの家の利益で婚姻を結ぶ以上、片方が死別したからといってその利益をなかったことにはできない。


 その為、無くした配偶者の“代わり”を家が用意できれば、その婚姻関係は相手を入れ替えることで継続させることがよくある。


「ペンフォード家とドラクレシュティ辺境伯になるお前が婚姻関係を続けることに利はない!!だからその婚姻は許可しない!!」


 違う。そうじゃない。“俺”が嫌なだけだ。

 それをこの賢い弟は理解していて煽っているのだ。

 

「では、私の提案を飲んでいただけるのですか?」


「……それはできない」


 眉間に皺を寄せるヴィルハイムの考えが理解できない。何故、そこまでヴィルハイムはフィオナに呪紋を打ち明けることに固執するのか。


 アンナが仲裁し、ヴィルハイムは引き下がった。

 しかし、ヴィルハイムに納得の色は見えない。


 フィオナと子供達が畑にマロウの種を植える日、おそらく魔物の襲撃が起こる。


 その時、俺がまた負傷してしまえばヴィルハイムは俺の命令に背き、フィオナを部屋に通すだろう。


 それだけは阻止しなくてはいけないと、右腕に浮かび上がる呪紋を強く握った。

 



 そして時間は無情にも時を刻んでいく。


 マロウのお茶で少し活動できるようになったので、できる限りの準備を行った。魔物の襲撃に備えて騎士団の配置を見直し、武器の補充と魔物の襲撃を想定した騎士団の訓練を念入りに行う。

 

 そして、その傍らフィオナの様子を見に孤児院へと通った。

 彼女は授業がない日は孤児院で子供達とマロウの畑の準備をしたり、子供達に文字を教えたり、本を読んでやったりして過ごしている。


 今日は子供達にあの異国の本を読んでやっていた。

 木漏れ日の中で、フィオナが読み聞かせる物語に子供達は耳を傾ける。


 時折挟まれる子供達の質問に、フィオナは笑顔で答えたり、たまに一緒になって悩んだりしている姿が懐かしく、微笑ましい。


「ルーファス様も聞きに来たの?」


「……目に焼き付けに来たんだ」


「??一緒に聞く?」


 子供はそういって俺の手を引いた。フィオナは俺が来たことに気づいて、本を読む手を止める。


「ルーファス様」


「いい、続けてくれ」


 子供達が口々に続きを早く読んでくれとせがみ、フィオナは再び本を開く。


「ルーファス様、コブのある馬って見たことある?」


「まだないな」


「フィオナ様もないんだって。見たいって言ってた。ルーファス様なら連れてこられる?」


「……それは難しいかもしれない」


 俺に時間はそれほど残されていない。

 だから、その願いを叶えてやる事はできないのだ。

 子供は「ルーファス様でも無理なんだ。フィオナ様と見たかったな」と唇を尖らせた。


「フィオナは好きか?」

「もちろん大好き!ルーファス様は?」


 そう聞かれて、一瞬戸惑った。

 口にするのは初めてだ。


「ああ、好きだ」


 狂おしいほどに、彼女のことを愛している。


 だからこそ、この夢の世界で彼女の穏やかな幸せが続いてくれればそれでいい。


 物語が終わると子供達は方々に散っていった。

 

「お待たせして申し訳ありません」


「いや、渡したい物があって来ただけだ」

 

 フィオナは本を大切に抱えてこちらへと来る。このままミリーと図書室に本を返しに行くのだろう。

 彼女の両手が塞がっていることを少し残念に思っていると、ミリーがフィオナから本を預かり「こちらは私が返しておきますフィオナ様」と坂道を小走りで駆けて行く。


「フィオナ、これを」


 彼女に木箱を差し出すと、彼女はそれを両手で受け取った。


「……開けてもよろしいですか?」


 頷くと、彼女はそっと木箱を開ける。


「綺麗な髪飾り……ドラクレシュティの銀細工ですか?」

 

「ああ」

 

「これは……ルーファス様の瞳の色ですね」


 彼女はそっと髪飾り添えられてあるレッドベリルに触れて微笑んだ。


「君の瞳の色も入っている」


 そう言ってパライバトルマリンを指し示すと彼女は顔を赤くする。

 髪飾りに互いの瞳の色を入れるなど嫌がられるかとも思ったがそうではないようで胸を撫で下ろした。


「この花は?見たことがある気がします。なんという花ですか?」


「これは、オーニソガラムという花だそうだ」

 

 オーニソガラムはあの洗礼式でフィオナに贈った花だった。彼女の記憶の片隅にあの思い出を見つけたような気がして心が温かくなる。


「君の髪につけてもいいだろうか」


「はい……」


 彼女から髪飾りを受け取って、そっと髪に差し込んだ。


「とてもよく似合っている」


 そう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「数日後にはマロウの畑に種を蒔くつもりなんです。花が咲くのを楽しみにしていてくださいね」


「……ああ」


 フィオナにエスコートの手を差し出すと、彼女はその手を温かい手で握りしめた。



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