決意と道連れの罪悪感
「ルーファス様、大丈夫ですか?」
「ああ、すまない……。少し色々と思い出していただけだ」
この感覚をなんと説明すればいいだろうか。
気づくとあの時刺された場所に手が伸び、フィオナの最後の言葉を思い出している。
すべての感覚がとても鈍く感じるせいもあるかもしれない。
夢の世界だから仕方がないかもしれないが、こうも現実味から乖離していると、フィオナに……縋り付いてしまいたくなる。
愛していたんだ。
幸せにしてやれなくてすまなかった。
ただそう言って、夢の世界で彼女に都合のいい赦しを得てしまいたい感覚に襲われるのだ。
でも……いくら夢の世界だとはいえ、そんな都合のいい赦しを彼女に求める自分なんて許したくない。
夢の世界でもいい。
彼女に幸せを与えられる人間でありたい。
私が死ねばきっとこの夢は終わるだろうという奇妙な確信があった。
だから……私はこの世界でフィオナに調和の女神の力を出させることなく死にたいと思う。
私の死後も彼女が穏やかな幸せを得られる環境を残して。
それが私からフィオナに向けた贖罪だった。
「フィオナ様が教師を呼びたいと申されております。イサドラ女伯に依頼してもよろしいですか?」
「ああ。彼女に急ぎ手紙を書いてくれ」
彼女は記憶の中の通りアルローに教師を呼んでもらうよう依頼した。
俺がいなくなった後のフィオナの居場所をと意気込んだが、そういえば心配など必要はなかった。
彼女は彼女のままで、十分ドラクレシュティの人々に愛される素質を持っているのだから。
ただそれを確固たるものにする“きっかけ”は間違いなく必要だった。
そう、彼女が教えてくれる「マロウのお茶が蝕身病に効果がある」という情報だ。
彼女がその情報を教えてくれるまで、この苦しみに耐えることなど造作もなかった。
俺はただ、彼女の言葉を待てばいい。
血を吐き、思うように動かない身体が彼女との時間を削っていることはもどかしく感じたが、アルローやアンナが報告する、日々の彼女の努力は俺の胸を温めた。そして体調の良い時は一緒に食事を摂る。彼女の所作はみるみる美しくなっていくのが見てとれた。
そしてある日の朝食後「あの……一つ伺いたいことがあるのですが」と切り出した。
「なんだ?」
お茶を飲む手を止め、彼女の不安げな顔を見る。
「侍女のミリーなのですが……彼女は何か……特別な事情を抱えているのでしょうか」
彼女はミリーが「結婚できない事情」があると漏らしていたことを不安に瞳を揺らしながら俺に説明した。
「君は……それを知ってどうするつもりだ」
「……もし、私に出来ることがあるなら力になりたくて」
記憶通りの彼女に思わず笑みが溢れそうになる。
「見る方が早いと思う。案内しよう」
「え?」
今日は体調もよく身体も動く。俺は席を立ち、フィオナにエスコートの手を差し出した。
彼女は驚きに目を見開きながらも、その手をそっと受け取った。
その話を聞きつけたヴィルハイムをいなして、アンナやアルローを城に残し、転ばないように彼女の手を引きながら長い坂道を下った。
子供達に孤児院を案内させシーナを紹介した後、俺は記憶の通り救護院の扉を抜けてミリーの姿を探す。
ミリーは記憶の通り父の病室にいた。
苦しむ彼の汗を拭き、少しでも食べられるようパン粥を口に運んでいる。
そう、確信めいたあの記憶の内容から行動を変えるということは、ミリーの父親は助からないことを示していた。
ミリーをフィオナは大切にしていた。そして、ミリーもフィオナに献身的に仕えていた。そんなミリーの父親を自分の道連れにすることに夢の世界とはいえ罪悪感が沸く。
「ミリー」
「……!ルーファス様!!!」
彼女は俺の存在に気づき、器を置いて立ち上がる。
「フィオナをここに連れて来た」
「え?」
「今、シーナからこの場所について説明を受けている。彼女のところへ行ってやれ」
ミリーは目を見開き、急いで病室から飛び出した。
俺はミリーの残していった器を持ち、パン粥を掬い、痩せこけたミリーの父親の口に運ぶ。
「……ルーファス様?ああ、このようなことまで……申し訳ありません。でも……私はもう十分です」
彼はそう言って微笑んだ。
「すまない」
道連れにすることを許してほしくて、思わずそう口に出た。
しかし彼は「何を……」と困ったように笑った。
「このような場所で、最後を過ごさせていただけるだけ……私は感謝しております」
「……そうか」
それでもこの希望もない陰鬱な空気の中、見殺しにしてしまうことを、ただ許してほしいと願った。




