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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
一度目の世界ー悪魔公の過ちー

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ルーファスの希望とフィオナの絶望


 目が覚めると、私は自分の寝台にいた。


 彼を抱きしめた時の、震える身体の重みがまだ残っているような感じがする。


 あれは幻じゃなかった。

 

 朝食を部屋で食べ支度を整えると、ルーファス様がいつも通り迎えに来た。


 しかし、彼の顔からは何の感情も読み取れない。


 昨夜の彼は嘘だったかのように冷たい無表情が貼り付いている。


 重たい気持ちを抱えたまま、彼のエスコートで馬車に乗り込むと、ルーファス様も向かいに座った。


 ドラクレシュティへと走り出す馬車の中は、冷たい沈黙が流れる。

 ルーファス様の視線は、まるで心を閉ざしているかのように下を向いたままだった。


「ルーファス様……昨夜のことを話していただけませんか?」


 私の言葉に彼は一瞬だけ表情を強張らせ、またすぐに無表情に戻る。


「話すことはない。私が未熟だっただけだ。忘れてくれ」


 彼の声は冷たく、昨夜の絶望的な叫び声とはまるで別人のようだった。


 あの縋るような彼の声を忘れられるわけなんてない。


 私は首を振り、感情の読めない彼の赤い瞳を真っ直ぐに見つめた。


「ルーファス様が苦しんでるなら……私は……!」


 言葉を続けようとすると、彼は無言で私の手を掴んだ。その手は、昨夜の氷のような冷たさとは違う、熱を帯びた、確かな温かさがある。


「フィオナ。君はただ私のそばにいるだけでいい」


 彼は逃がさないとでもいうように、そのまま私の手を強く握りしめた。



 久しぶりに見るドラクレシュティ城には、まだうっすらと雪が積もっている。

 少し先に到着したアルローが城門まで出迎えに出てきてくれた。


「おかえりなさいませ」


「アルロー。部屋はできているか」


「……はい」


 ルーファス様は私の手を掴んだまま私室へと向かう。


 以前入った時に掛かっていたタペストリーは剥がされ、そこには見たこともない重厚な扉があった。


 彼はその扉を開け、私を連れて中へと入っていく。


 螺旋状の階段を上がり、もう一枚の扉を開けると部屋があった。


 石造りの壁には、長細い小さな窓が部屋をぐるりと囲んでいる。

 外からの光は通すが、人が通るにはあまりにも細い。


 この窓は、この部屋の存在自体を外界に知らせないためのものなのだろう。


 部屋には、見慣れた私の部屋の家具が置かれていた。


「フィオナの部屋だ。元々有事の際に使う部屋だから窓は小さいが我慢してくれ」


 ……どういうこと?


 ルーファス様はそんな私の様子を気にする風でもなく、部屋の奥へと私を連れて進んでいく。


「情勢が落ち着くまでは、しばらくここで生活しろ」

 

 言葉の表面は穏やかだが、その瞳は強い意志を宿している。


「ルーファス様……どういうことですか?私を、ここに閉じ込めるおつもりですか?」


 私の震える声に彼は「そうじゃない」と首を振った。


「私がいる時は迎えにいくから食事は食堂で食べられる。ミリーとアンナはそのままつけるし、テオとリオも君の護衛騎士のままだ」


「私に……何もするなと言うんですか?」

 

 私の問いかけに、彼は優しい声で言い放った。

 

「君は、いるだけで私の助けになってくれる。君の居場所はここだ」


 すべてを取り上げようとしている事に気づいて私は慌てて首を振った。


「それは違います!!ドラクレシュティにはまだ沢山瘴気に侵された土地があるのでしょう?!苦しんでいる蝕身病の人々の浄化は?!調和の女神の祝福についても調べないと……!」


 私の叫びに、彼はまるで聞き分けのない子供を見るように冷たい笑みを浮かべた。


「私の助けになりたいのだな?なら、蝕身病の治療施設ができたら、そこへ定期的に連れて行こう。土地の瘴気は君の代わりに私が引き受ける。

 君はここで、私の身体の瘴気を癒せばいい。調和の女神については私たちが調べられる範囲はもうない。情報は渡した。あとは王家の仕事だ」


 彼はそう言いながら私の頬を優しく両手で覆った。


 その時の彼の赤い瞳の奥に譲れない決意と、深い闇が渦巻いている。


「私の目の届かない場所には、二度と行かせない。ここにいれば、君は安全だ。君を脅かすものは何もない」


 そう言い残し、彼は重厚な扉の向こうへと消えていった。


 カチャリ、と鍵がかけられる音が、私の心臓を深く切り裂く。


 私は一人、閉じ込められた部屋で、自分の無力さに打ちひしがれていた。


****


「フィオナ様、ルーファス様からのお花こちらに飾りますね」


 ミリーはそう言って新しい花瓶と花をドレッサーに飾った。


 毎日のようにルーファス様は贈り物を持って私の部屋を訪れた。

 私の部屋は花に溢れ、クローゼットにはドレス、小さな宝石箱には溢れるように装飾品が入っている。

 

 朝食と夕食は食堂で食べられるが、それはあくまで彼が私を迎えに来てくれた時だけ。


 ルーファス様は相変わらず無表情で、今何が起こっているか、王都で何があったかについては一切口を開かなかった。


 ただ部屋で私の手を握り、静かにそばにいるだけ。

 

 そして数日おきに身体に浮かんだ呪紋を私に浄化させる。


 きっと、ドラクレシュティの土地の瘴気を闇の魔法で大量に消しているのだろう。

 

 浄化しても、浄化しても、数日後には呪紋が彼の身体に浮かび上がっていた。


 そしてある日を境に彼の訪問は少しずつ減っていった。


 朝迎えに来てくれるはずの彼の代わりに、テオとリオが来てアンナが朝食を部屋に運んでくる。


「ルーファス様は?」


「会議だそうです」

 

 アンナは困ったようにそう答えた。


 ミリーやアンナはとても優しく私の世話をしてくれる。

 テオやリオも私を笑わせようと冗談を言ったり、孤児院の子供達の文字の練習帳や絵を持ってきてくれる。


 しかしルーファス様から何も伝えないように言われているのだろう。

 アンナ達を困らせたいわけじゃない。


 私は「そう……」と朝食を口に運んだ。

 

 その日から私は食堂に行くこともほとんどなくなった。


 ミリーとアンナが食事を運んでくれるが、二人もどこか上の空だ。


 窓の外から聞こえてくる音も変わった。

 騎士たちの訓練の声は、次第に激しい号令や金属がぶつかり合う甲高い音に変わっていく。


 小さな窓から外を眺めると、城下町の外にいくつもテントが立っているのが見えた。城を訪れる馬車も多い。

 

 間違いなく何かが起きている。


 ルーファス様は……次はいつくるのだろう。


 次第に、私は彼が二度と部屋を訪れなくなるのではという不安と戦う事になった。


****


「フィオナすまない。浄化してくれ」


「ルーファス様?!?!」


 久しぶりに部屋を訪れたルーファス様は至る所に赤黒い呪紋が浮かび上がっていた。


 髪は乱れ、呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。


 歩くのも辛そうな彼に手を貸して、長椅子に座らせた。

 彼の呪紋に手を当て祈りながら魔力を流す。

 呪紋が小さくなるにつれ、彼の呼吸も落ち着いてきた。

 

「何が……起こっているんですか」


「君には関係ない」


「関係……あるでしょう?」


 呪紋を浄化する私の手の甲に、ぽたりぽたりと涙の雫が落ちる。


 どう考えても大変なことが起こっていることは間違いない。


 部屋の窓から、何度も騎士団が出入りしているのを見ているのだ。それもドラクレシュティのものだけじゃない。


「お願いだから……教えて……」


 全ての呪紋が消え、瘴気を浄化し切った私は魔力を流すのを止めた。

 白く淡い光が消え、私は両手で涙を隠すように覆う。


「オストビア帝国が再度侵略してきた。グラディモア領を通ってな」

 

「グラディモア領を?」


 グラディモア公爵領とオストビア帝国の国境の山脈は、ドラクレシュティよりもはるかに険しくオストビア軍が大量の軍を送ることは不可能だったはずだ。

 

「グラディモア公爵はアズウェルト王国を裏切ったらしい。兵を少しずつ領地に送り込ませていた。沼地を魔法で消しこちらへ侵攻してきたんだ。」

 

「沼地を……消した?」

 

 オストビア帝国が他国に侵略を繰り返す理由は、瘴気で汚染されていない土地を手に入れるためだ。


 それなのに、沼地を消し去るほどの魔法を使ってしまえば、瘴気でその土地は使えなくなる。


 だからこそオストビア帝国の侵略では土地を穢しすぎないよう、大量の兵で敵を圧倒してきたと習った。


「私が……いるから?」


 私の問いにルーファス様は答えなかった。

 それが答えだった。

 

 浄化の魔法を使える私を手に入れれば、どれだけ魔法を使って土地を穢しても後で浄化できる。

 

 オストビア帝国は魔法の代償など気にせずこちらを破壊し尽くせるのだ。


「私のせいで沢山の……被害が……」


「フィオナのせいじゃない!!!!」


 ルーファス様は私の肩に手を置き叫んだ。

 そして私を強く抱きしめる。


「フィオナのせいじゃない。それに安心していい。もう殆ど片付いた。だから伝えたんだ。全て片付いたら、部屋を戻そう。庭園を散歩してもいいし、孤児院にも行っていい。もう、大丈夫だ」


 彼の言葉はただの音の羅列となって、私の意識の外を通り過ぎていった。


 私の存在が、オストビア帝国の無意味な破壊と瘴気の拡大をさせた。


 私さえいなければグラディモア公爵領の人々が苦しむことも、オストビア軍が命を削ることもなかったかもしれない。


 そして……私のせいで、ドラクレシュティの騎士団とアズウェルト王国を守る騎士たちは無遠慮な魔法の攻撃を受けたはずだ。


 どれほどの被害があったのだろう。

 すべてが、私の存在のせいで起こったのだ。

 

 ぽたり、と彼の肩に涙が落ちた。





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