壊れた心 side:テオ
ルーファス様に呼ばれ執務室へ出向くと、彼は「ドラクレシュティの疑いを晴らすぞ」と俺たちに言った。
どんな泥臭い仕事でも構わない。
フィオナ様を彼の隣に戻せるなら、なんだってやる。
俺とリオは恭順の姿勢をとった。
そして夜会前日。
グラディモア公爵が魔法競技会でルーファス様に光の魔法を使っていたのを目撃した他領の騎士団長からの証言と、グラディモア公爵の屋敷に見たことのない貴族らしき男達が出入りしているという情報を持って王宮に来た。
お茶会で襲撃を行った黒いローブの集団しか知らないはずの光の魔法による瘴気増幅。
それを魔法競技会でルーファス様に使おうとしたのではないかという疑いから、屋敷の調査を行ってもらうよう進言する予定だった。
それなのに、王宮の入り口には出迎えもなく、王宮騎士団が慌ただしく馬車を走らせている。
「何があった」
使用人を捕まえて聞いたが、箝口令がひかれているのか誰も話さない。
するとサミュエル王子が血相を変えて王宮の入り口まで出てきた。
「ルーファス!!フィオナが誘拐された!!!」
その瞬間、ルーファス様の空気が一気に冷え込んだ。それはまるで大切な者を失った復讐者のようだった。
「情報をよこせ!」
サミュエル王子の執務室に来た俺たちは、王宮の地図と王都の街道の地図、そしてアズウェルト王国の地図を広げた。
今は王宮騎士団が城門を封鎖しに行っている。
「ペンフォード家から妹が面会に来たらしい。フィオナの実家の者だからと通されたんだ。クロエの叫び声に部屋の前を守っていた騎士が入ると、彼女はすでに消えていた。最近雇った従者を連れていたそうで、そいつがフィオナを攫って逃げたらしい」
「嘘だ。ペンフォード家とフィオナは確執がある。夜会前日に会いに来るような関係じゃない。クロエはまだ城か?連れてこい!」
ルーファス様の命令ですぐさまクロエが連れてこられた。
彼女は今にも“私は被害者”とでも言いそうな顔で入室してくる。
「あの男は誰だ?」
「わかりませんわ。お父様が最近雇った者ですもの。わたくしは、お姉様に会いにいく付き添いを頼んだだけですので」
ルーファス様の質問に、クロエは素知らぬ顔で答える。するとルーファス様は息を呑むような空気を纏いながら彼女に詰め寄った。
「クロエ・ペンフォード。私は今、お前の茶番に付き合う時間はないんだ。今すぐお前に吐かせるために、この場でお前の顔に一生消えない火傷を負わせることも厭わない。ああ、火傷……とは言ったが、光の魔法で治癒できる程度のものではないぞ?熱を限界まで凝縮し、それを皮膚に当てるとどうなると思う?皮膚が溶けるんだ。溶けた皮膚に光の魔法を当てると、お前の醜い顔でもさらに醜くすることができる。……3秒やろう、3、2……」
(ああ、この雰囲気は知っている。オストビア帝国を追い払った時の、何もかもを焼き尽くすようなあの時のルーファス様だ)
ルーファス様は数を数えながら指先に炎を集めた。
炎は複雑に風と合わさり一つの玉になる。
ここからでも熱気を感じてしまうほどの温度がルーファス様の指先に集められる。
「……1」
「アバルモート司教ですわ!」
「教会か。こいつはもう用済みだ。連れて行け」
ルーファス様はそう言いながら炎を消した。
クロエが連れていかれる姿に一瞥もせず、アズウェルト王国の地図を手に取る。
「城門はすでに超えているものとして対応する。捜索するのは王都から西側だ」
「何故西なんだ?」
「教会の者ならば、国境を超えてしまうのが一番安全だからだ。他国の教会という一番安全な逃亡先があるならそれを選択する。国内で潜伏するより成功率が上がるからな。そして最速で国境を目指すなら海路は通らない。貿易船は荷物を改められるし、短期間で密輸船の用意はできないからな。北はまだ雪が残ってるから道が悪い。なら、真っ直ぐ西に向かい陸路で繋がっている国境を超えるはずだ」
ルーファス様は四つの街道を指差した。
どれも西の隣国へと繋がる街道だ。
「この四つの街道を最速で国境まで走らせろ。
相手はおそらく馬車だ。荷台を引いているなら速度は遅い。国境に着いたら引き返し、王都に向かって走れ。戻る時は分かれ道の度に数人ずつ兵を分け、扇状に展開!全ての道を捜索せよ!!」
ルーファス様は的確に指示を出し、すぐ馬に乗った。
俺たちも彼の後に続き西へと向かう。
そして、捜索が始まってから二日目の夜。
明日には国境に着いてしまう場所まで俺たちは来ていた。
国境から引き返し、全ての道を捜索すると言うが本当に見つかるのかと不安が募った。
しかし、街道の分かれ道に差し掛かった時、奇妙な違和感に気づく。
「止まってください!」
「なんだ!」
馬を降り、違和感の正体を探す。
地面を見ると比較的新しい轍がいくつか残っている。
そのうちの一つが主要な街道から逸れるように伸びた脇道へと入っていた。
この先に大きな村はない。
それなのに、脇道にはいくつか木の枝が折れている。
それは、そこそこ大きな馬車がここを無理やり通ったということだ。
それは確証などない小さな違和感。
国境から引き返す時はここの道も通るが、居ても立っても居られなかった。
「すいません!本隊はそのまま進んでください!俺とリオはこっちの道から行きます!後で合流します!リオ!行くぞ!」
「私も行く。本隊はそのまま国境に向かえ!後で合流する!」
命令を出した張本人であるルーファス様までもが脇道へときた。
「直感ですよ」
「テオの直感は信用している」
嬉しい気持ちを押し込めてそのまま道を進むと、道路を塞ぐかのように荷馬車が道の真ん中で止まっていた。
御者はいない。
荷を調べると、木箱の奥に不自然に置かれたロープが落ちていた。
(この馬車だ)
確信にも似た思いで馬車の周囲を捜索すると、
リオが少し離れた場所から「ここから誰か森に入ってる!」と叫んだ。
「先に向かいます!」
枝が不自然に折れていた場所から森の中へ入る。
人の通った痕跡を追いかけて奥へと進むと、誰かの叫び声が聞こえた。
その声を聞いたルーファス様が俺を追い抜いていく。
そして、ルーファス様は間一髪でフィオナ様を助け出し、俺はルーファス様に飛ばされ木にぶつかった司教を確保した。
フィオナ様に駆け寄ると、ドレスは破れ、足や腕、顔にまで切り傷がある。
首には赤く絞められた痕があった。
痛ましいその姿に、感じたことのない怒りが心の底から湧き上がる。
司教を今すぐこの場で殺してやりたい。
でも、こいつにはドラクレシュティの無実を証明させなくてはいけない。
逸る感情を抑えるために、息を小さく吐き続けた。
「二度と……離さない」
ルーファス様の小さな呟きが耳に届く。
その言葉は、深い闇を孕んでいるように聞こえた。
ルーファス様はオストビア帝国の侵略から領地と国を守るために感情を殺した。
でも、今の声は感情を殺した声じゃない。
まるで自身の望みを叶えるために血を捧げた悪魔のような声だった。




