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歪んだ二つの想い


 叫ぶ声は布に吸い込まれ、ただ空しく消えていく。

 縛られた腕と足で必死にもがくが、彼は絶対に逃がさないとばかりに腕に力を込めた。


 夜会のための準備で城の裏口には多くの荷台が泊まっていた。

 それに紛れるようにして停めてあった簡素な馬車の荷台に私は乱暴に乗せられる。


「おとなしくしておいてくださいね、聖女様」


 彼はそう言って私を隠すように木箱を積み直し、荷台の幕を下ろした。


 ガタン、ゴトン。


 馬車が動き出す。

 王都を出るには門を潜らなくてはならない。

 その時に検問があるはずだと揺れる馬車の中で私はその時を待ったが、今は冬の終わり。

 

 貴族たちの荷物を一足先に領地へ引き上げようと、大量の馬車が城門を出入りしていた。


「次、どこへ運ぶ?」

「ロイッシュ伯爵領に」

「気をつけて」

 

 城門の兵士は荷台の布の隙間から一瞬馬車を覗いて許可を出す。地面が石畳ではなくなったからだろう。馬車の揺れが酷くなった。


 何度も頭を打ちつけ、身体は左右に投げ出される。

 馬車は一刻も早く王都から離れようとするように、止まることなく進み続けた。


「聖女様、お水をお持ちしました」


 司教はそう言って、私に水を飲ませるために荷台の扉を開けた。彼は数時間おきに水を飲ませ、私の世話を焼く。


 荷台の隙間から覗く景色で、おおよその時間を把握していたが誘拐されてから、すでに二日が経過していた。


 ほとんど止まることなく進み続ける馬車に、私の気持ちは焦る。


 きっと捜索隊が組まれているはずだが、馬車が国境を超えてしまえばアズウェルト王国は手出しできなくなる。


「あと……どれくらいで国境に着くの?」


「そうですね、このまま進めばあと1日ほどでしょうか」



 もがき続けて少しずつ緩んできたロープがバレないように身体で隠しながら水をもらう。


 あと1日……それを超えたら……。


 ロープがようやく解けたのは、それからさらに何時間も経った頃だった。


 踵が高い靴では走れない。ドレスを破いて足にぐるぐると巻きつけた。


 ゴトゴトと揺れ続ける馬車から外を確認すると、月が高いところにある。

 今夜は幸いにも満月。森に入っても足元が見えるかもしれない。


 荷台の布を捲り、飛び降りた。


 どさりと、硬い地面に叩きつけられ、その音に馬車が止まった。

 私は全速力で草をかき分け、森の中に逃げ込んだ。


「待て!!!!!」


 馬車から飛び降りた司教が後ろを追いかけてくる。


 どこに逃げていいかなどわからない。

 ただ捕まるわけにはいかなかった。


 夜の冷たい風が頬を裂くように当たる。

 足や手が切れるのも構わず、少しでも草がない場所をひた走ると、急に地面がなくなり私は急斜面を転がり落ちた。


「聖女様、どうして逃げるのです」


 追いかけてきた司教が慎重に斜面を下り、崖の下で倒れ込む私に追いついた。

 彼は私の腕を掴んで身体を引き上げようとする。


「さあ、聖女様。馬車へ戻りましょう。大丈夫です。教会は穢れた悪魔公の側より、あのような薄汚れた貴族共のいる王宮より素晴らしい場所です。私は貴女の側で……」


「嫌です。私は貴女の聖女じゃない!離して……!!!!」


 その時、先程抜けた森の中から声が聞こえた。


「ここです!!助けて!!!」


「黙れ!!!!!!」


 司教は引いていた手を反対側へ思い切り押し込んだ。起き上がるまいと身体を引いていた私は、簡単に仰向けに倒れてしまう。


 そして司教は私の上に跨り、首に手をかけた。


「もう少しだったのに!!!お前が!!!

 逃げ出すせいで!!!!!!私はもうおしまいだ!!!

 嗚呼、すいません聖女様……。

 私は聖女様になんと言う事を……。

 聖女様、ただ貴女を貴族共にお渡しするわけにはいきません。貴女の聖なる力を貴族共に渡すくらいなら、私と共に逝きましょう。」


 爪を立てて抵抗するが、彼の手はびくともしない。


 呼吸をしても空気が入ってこない。

 次第に指の力が入らなくなった。

 全身の血が頭に集まるような圧迫感。

 心臓が命の危機を知らせるかのようにドクドクと脈打った。


 視界の端が暗く、狭くなっていく。


 意識が途切れる目前、突如として私の首を絞める手が離れた。


 その直後、背後からバキッと木が折れる鈍い音と、司教が何かに激突する激しい音が響いた。


「フィオナ!」


 目に映るのは、ぼんやりとした光の粒だけ。

 視界が定まらない中で私を呼ぶ声が聞こえた。


 温もりが私の背中と腕の下に滑り込んで、優しく抱き起こされた。その温かい手が私の頬に触れた瞬間、感触だけで、それが誰なのか分かった。


「ルーファス様……」


 掠れた声で呼ぶと、彼の胸から安堵の息が漏れるのが聞こえた。


 「すまない」と何度も謝る声が聞こえる。


 謝らないでほしい。

 助けに来てくれてありがとうと伝えたいのにうまく声がでなくて、私は震える彼の体をゆっくりと抱きしめた。


「二度と……離さない」


 彼の温もりが冷えた身体を温めていく。

 小さく呟くような声は闇に堕とされたような冷たい決意を孕んでいた。






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