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果てしない悪意

 

 諮問会議(しもんかいぎ)が終わり、私の身柄は王宮が預かることとなった。


 ドラクレシュティ家の疑いを晴らすために……と侍女を連れていく事も禁じられ、ルーファス様と会うことすら殆どできない。

 

 私には豪華で美しい客室が与えられた。

 そして、王宮に勤める貴族が私の力の検証に当たっている。

 私はその過程で王宮騎士団の浄化や闇の魔法を使える貴族の浄化を日々行う事になった。

 

 同時に「神に見捨てられた者」が調和の女神の祝福を頂いているという私達の仮説を立証するため、王宮では王家のもつ文献や各地の文献を当たっているそうだか、一向に成果はみられない。


 もうすぐ冬が終わろうというにも関わらず、先の見えない日々に不安が募った。


「フィオナ様……大丈夫ですか?」


「大丈夫です。少しぼーっとしてしまって……」


 アイディーン様は諮問会議の数日後に目を覚ました。諮問会議の事を聞き、私の身柄が王宮で預かる事を知った彼女は、こうしてよく会いに来てくれる。

 

 アイディーン様は今回の被害者。


 疑いのかけられたドラクレシュティ辺境伯夫人と会う事に反対の声もあったが、護衛の監視の元会うことが許可された。

 

 心細い日々の中で彼女の優しさが私の心を癒してくれる。


「サミュエル様も……とても心配しておいでです。ルーファス様と一緒に、今回の事件の真相を解明しドラクレシュティの疑いを晴らすために動いておられますので、もう少し……お待ちくださいね」


 大司教という協力者を失った私達は、調和の女神の祝福についてこれ以上調べることができない。


 せめて……ドラクレシュティの疑いだけでも晴らさなくては、ルーファス様と会う事もできないままここで過ごす事になるかも知れないのだ。


「シェリル王女はどうされていますか?」


 護衛との距離を確認し、声を落としてアイディーン様に尋ねると彼女は微笑んだ。

 

「元気に過ごしております。フィオナ様から頂いた希望を消して無駄に致しません」


 アイディーン様は、シェリル王女に「調和の女神の祝福を貴方は授かっている」と日々伝えてくれているそうだ。

 

 そう、私の母のように。


 魔法を使うために必要なのは“神に見守られていると確信して祈ること”。


 “調和の神”から祝福を得ていると心から信じなければ、浄化の魔法は使うことができない。


 誰も知らない神を信じること……それは簡単なことではなかった。

 

 でも、もしシェリル王女が浄化の魔法を使う事ができれば、彼女は正式に王族としてお披露目され洗礼式を受ける事ができる。

 アイディーン様は娘と離れ離れにならないためにと必死なのだ。


 世界と隔絶されたかのような生活の中、王都の雪が少しずつ溶け始めた。


 明日は、社交シーズンの終わりを飾る王宮での夜会がある。その夜会を終えると、次の日には土地を持っている貴族達は自分の領地に帰るのだ。


 夜会は多くの貴族が出入りすることから、警備の関係上私は出る事もできない。


 寂しさに胸が締め付けられる。

 せめて一目だけでもルーファス様に会いたかった、と窓から夜会の準備に追われ荷物を搬入する使用人達を眺めた。


「フィオナ様、御面会を希望する方が」


 王宮からつけられた侍女に言われて入室の許可をだす。

 きっとアイディーン様が明日は夜会だからと私の事を心配してきてくれたのだ。


 しかし訪ねてきたのは全く想像していなかった人物。


「お姉様、会いたかったですわ」


 一瞬で私の背筋の凍らせるその声に振り向くとクロエが立っていた。


 従者を連れたクロエは「家族だけにしてくださらない?」と王宮の侍女を退室させた。


 扉が閉まると、クロエは弾むような足取りで私に近づく。


「お姉様、お久しぶりですわね。会いたかったですわ」


 声だけ聞くと、妹が久しぶりに会う姉との再会を喜ぶような弾むような声。


 しかしクロエの瞳には憎しみにも似た暗い影があった。


「どうして……」

 

「だってわたくしたち、家族ではありませんか。妹が王宮で過ごす事になった姉に会いに来るのに問題がありまして?」


 ペンフォード家での暮らしなど、王宮の人々は知る由もない。


 他から見れば、私は魔法が使えないにも関わらず悪魔公と呼ばれているとはいえ、銀山を有するドラクレシュティ辺境伯に嫁いだ令嬢。

 ペンフォード家は娘の為に良縁を結んだ優しい実家だ。


 クロエは私の前に立ち、私の顔を両手で鷲掴んだ。

 

「何故神に見捨てられた魔法も使えないお姉様が、いつのまにか国の聖女になんてなっているのですか??

 お姉様が私よりも幸せになるなんて、おかしいでしょう??愛妾として売られる女が、私よりも幸せになるなんてそんな事許せると思いまして?」


 彼女は喜劇でも語るかのような口調で私にそう投げかけた。


 私を見る彼女の目には、憎しみしか宿っていない。

 クロエの爪が頬に食い込み血が流れる感覚がした。


「お姉様が悪魔公に嫁いだ後ね?弟が産まれたんです。ペンフォード家を継ぐ、次期伯爵が。だからね、お父様は私の事も手放したの。お相手は富豪の平民でお父様より年上なんですのよ。おかしいでしょう??」


 クロエが言葉を紡ぐたびに、彼女から狂気が滲み出ている気がした。

 叫ぼうとする私の口に、クロエが連れてきた従者が後ろから布を巻く。


「お姉様がアズウェルト王国の聖女になって私よりも幸せになるなんて許せないの。だからお姉様には消えてもらおうと思って。アバルモート司教の事はご存知でしょう?」


 俯いていた従者は、顔を上げて鬘を取った。

 そこにいたのは教会の書庫にいたあの司教。


「聖女様、お迎えにあがりました。私は……私は騙されてしまったのです。彼は私を利用するだけ利用して…教会にフィオナ様を渡すつもりなど最初からありませんでした。

 気づいた時にはもう遅く、フィオナ様は王宮へと閉じ込められてしまったのです。でも、心優しいクロエ様がこうして協力してくださいました……。さあ、私と一緒に行きましょう」


 司教はギラギラとした目で私の腕と足を縛っていく。

 

「司教はお姉様を国外に連れ出してくださると言うの。教会の繁栄の為にお姉様が欲しいのですって。道具は道具らしく、沢山使ってもらえる所に行ってくださいませ。お姉様」


 クロエはそう言って冷たい息を私の耳に吹きかけた。

 

「ああ、ペンフォード家の従者に聖女を攫おうとする危険な者が紛れ込んでいたなんて……。お父様はきっと責任を取らなくてはいけないわね。まあ、わたくしはお嫁に行くので関係なくなりますけど」


 司教は「聖女様、しばしの辛抱を」と私を担いだ。

 それを確認したクロエは司教に向かって手をかざし口を開く。


「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。風の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん」



 風の魔法の力を借りて、アボルモート司教は私を抱え王宮の窓から飛び降りた。



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