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諮問会議


「王子妃アイディーンのお茶会で起きた襲撃事件の諮問会議(しもんかいぎ)をはじめる」


 王宮の玉座の間、舞台の上で国王が重々しく宣言し、会議は始まった。


 集められた部屋には国王、サミュエル王子、国の重鎮である高位貴族、そしてお茶会の参加者たちの家の者が一同に集められていた。


 国王の前に並べられた長テーブルの一角に、ルーファス様と私は並んで座っている。集められた貴族達の視線は、警戒、困惑、そしてかすかな畏怖を含んで、私とルーファス様に向けられていた。


 王宮の騎士団長が、今回の事件のあらましを全貴族に向かって説明した。


「今回の実行犯である黒いローブの集団の正体はわかりませんでした。実行犯が叫んだ内容から、教会関係者である可能性はありますが、確定できる証拠はありません。ただ大司教の行方が現在不明ということです」


 騎士団長のその声にざわめきが会場に広がった。国王は「教会か……」と額に手を当て、眉間に皺を寄せた。


 教会は独立した組織のため、確定的な証拠がない限り介入は難しいそうだ。

 だがあれほど真摯に協力の手を差し伸べてくれた大司教様が、この事件の犯人だとはどうしても思えなかった。


 テーブルの下で強く握る私の手に、ルーファス様の手が重なる。彼に視線を向けると、気持ちはわかるが発言はするなというように首を振った。


「では今回の襲撃で瘴気が異常なまでに溢れた理由について分かっているか」


 国王のその質問に、ルーファス様が手を挙げ発言を求めた。


「今回の異常なまでの瘴気の原因は、光の魔法によるものだと考えております」


「光の魔法だと?!」


「光の魔法は治癒や植物の育成に使われますが、今回の犯人たちは光の魔法で土地、そして体内にある()()()()()した可能性があります」


「すべての魔法が使われていた」とリオも言っていた。その時は引っ掛かりを覚えただけだったが、あれほどの戦闘だ。

 

 戦いの最中、治癒のために光の魔法を何度も使うなんて難しい。リオが見た光の魔法は黒いローブの者たちの放ったものだったのだ。


 ざわめく会場に、ルーファス様は言葉を続けた。

 彼の赤い目は、まるで敵は分かっているとでものようにグラディモア公爵を睨んでいる。


「光の魔法で体内の瘴気を増やせば、あの一度の戦闘で騎士や令嬢たちに呪紋が浮かび上がったのも納得ができます」


「なんということだ」と国王は一層表情を険しくした。


 瘴気を意図的に増やす。


 これは光の魔法を使える者なら誰でも使える可能性がある上、人の身体に使われたら取り除くことができないし、土地に使われてもそれを取り除くためには大きな代償が必要だ。


 私以外は。


「陛下、この度の事件で私の妻アイディーンを含め、多くの者の身体には呪紋が浮かび上がり、一刻の猶予もない状況に陥りました。しかしドラクレシュティ辺境伯夫人フィオナがあの場の瘴気を消し去り、全員を救っております」


 サミュエル王子が立ち上がり発言する。

 会場内の全ての貴族の視線が、一斉に私に集まった。


「陛下、私の妻フィオナは瘴気を消し去る魔法を使うことができます」


 ルーファス様の発言に「どういう事だ」「あの魔法か!!」と貴族たちが口々に声を上げた。


 ルーファス様は、ドラクレシュティに嫁いできた私が領地で保護していた蝕身病患者の施設を慰問した際、“偶然”その力を発動させ発覚した、と説明した。


「フィオナの浄化の力はその時はまだ十分な力を発揮できず、魔法としてもかなり未熟な状態でした。領地をあげて彼女の力は何なのか調べている段階でしたため、報告が遅れましたことをお詫び申し上げます」


「報告を聞いた時は信じ難いと思ったのだが……本当に瘴気を消し去れるのか?代償は?」


「闇の魔法は土地の瘴気を取り除き自身の身体に移すもの。しかしフィオナの魔法はそれとは違います。その力はまさに浄化と呼べるもの。我らの使う魔法とは根本から違うものであると考えます」


 ルーファス様の言葉に、国王は「まさに聖女とあの場にいた者が言っていた言葉も頷けるな」と考えをまとめるように視線を落とした。


「しかし怪しいですな」


 沈黙を破るように立ち上がったグラディモア公爵は、薄笑いを浮かべながら、まるで罠にかかったネズミを見るような目でルーファス様を見た。


「王子妃様のお茶会で光の魔法と瘴気を利用した大事件が起こり、犯人は不明。全員の命が危ぶまれる中、ドラクレシュティ辺境伯夫人が偶然居合わせ、偶然最近使えるようになった誰も知らない浄化の魔法を使い、多くの命を救ったと……?些か物事がうまく行き過ぎているとは思いませんか?」


「何が言いたい。グラディモア公爵」


「ドラクレシュティ家の自作自演の可能性もあるのではないか、と思いまして」


「そのようなことはありません!!」


 私は思わず叫んだ。

 それをグラディモア公爵は鼻で笑い一蹴する。


「まあ、疑われれば誰もがそう申すでしょうな。しかしまだ続きがあります。ドラクレシュティ辺境伯と王宮騎士団が事件後の調査を行なっていると聞きまして、私も独自に調査を行いました所、今回消えた大司教にドラクレシュティ辺境伯が先日会いに行っていた事が分かりました。しかもごく個人的な要件として辺境伯自ら教会の方へ出向いたと」


「大司教にはフィオナの浄化の力について何か情報はないか尋ねに行っただけだ。神々について私が最近調べていたことは、サミュエル第一王子も知っている」


「ドラクレシュティ辺境伯から相談を受けた事は間違いない」


 淡々とルーファス様は事実を述べ、サミュエル王子もそれに賛同するように立ち上がった。


 しかし、グラディモア公爵の追求は止まらない。まるで狩りを楽しむようにギラギラとした目をルーファス様に向けたまま言葉を続けた。


「でも怪しい事には違いがないでしょう?王宮騎士団の調査に協力したことを見せかければ、自身に繋がりそうな証拠を隠蔽することだって可能です」


 それを聞いたサミュエル王子は拳をテーブルに叩きつけた。叩きつけた拳は怒りで震えている。


「ドラクレシュティ辺境伯と私は昔から親交がある。彼の能力を見込んで私が王宮騎士団と調査する許可を出したのだ」


「そうですか、ではこのようにも考えられますな。ドラクレシュティ辺境伯が自領の持つ聖女の力をより効果的に示す為に王子が協力した……と」


「何を……!ふざけるのも大概にせよ!!」


 サミュエル王子の怒号に、グラディモア公爵は全く臆する事なく話を続ける。


「ふざけてなどおりません。王位継承に最も近いサミュエル王子ですが、アイディーン王子妃に子ができないのは周知の事実。子を成せないアイディーン王子妃はオスタシェコフ公爵家の出身ゆえ、離縁することもできない。ならば事故死に見せかけて…そう考えれば、王子妃が狙われたことも納得できましょう」


 隠し、悩みながらも、彼らがシェリル王女を心から愛していることを私は知っている。

 彼女の幸せを願っていたあの二人の真摯な想いを、無情にも侮辱されたような気がした。


「……違います」


 私の否定の声は、娘を侮辱されたことに怒るオスタシェコフ公爵の声にかき消された。


「不敬だぞグラディモア公爵」


 国王も語気を強くするが、グラディモア公爵は「あくまで可能性の話です」と両手をあげて他意はないとでもいうようにアピールした。


 その表情には、勝利を確信したかのような薄い笑みが浮かんでいる。


「しかし聖女の力をドラクレシュティが独占するというのはいかがなものでしょうな?彼女の力はこの国にとって希望ともいえるもの。それをドラクレシュティの匙加減ひとつで聖女の力を使うというのは、王の権威が揺らぐと考えます」


 その言葉に反応したのはルーファス様を悪魔公と呼ぶ貴族たち。


 「聖女の力を独占などさせてはいけない」と声をあげ始め、その言葉は傍観していた他の貴族たちを飲み込んでいった。まるで、グラディモア公爵の掌の上でみんなが踊らされているようだった。


 「あまりドラクレシュティにとっていい状況ではない」といったヴィルハイムの言葉がようやくわかった。


 調和の女神による浄化の力は、王国の権力構造すら脅かす可能性があるからだ。

 このままではドラクレシュティは国中から反感を買うだろう。


(それでも、ルーファス様は私を守るつもりなんだ)


 貴族達の口々の罵声に一瞥もくれず、揺るがない決意を秘めたルーファス様の横顔で私はそれを確信した。


 (そんなことさせない)

 

「そのような意図、ドラクレシュティにはありません」


 私は立ち上がり国王を真っ直ぐに見た。

 国王は私に続きを促す。


「私のこの力は、私だけの物ではありません。その可能性を私は知っております」


「他の者も浄化の魔法を使えると?あくまで可能性の話でしょう?そのように時間を稼ぐつもりかもしれません」


 グラディモア公爵の反論に私は首を振った。


 私は席を立ち上がり、ルーファス様が私を止めようとする手を振り切り国王の前へと進んだ。


「フィオナ・ドラクレシュティはドラクレシュティ領の利などなくとも、アズウェルト王国のために協力を惜しみません」


 言葉と共に、私は国王にカーテンシーを捧げた。

 ルーファス様を守るためにはこれしかない。


 視界の端で、ルーファス様が立ち上がり驚きに目を見開いて私を見つめている。


「フィオナ・ドラクレシュティ。グラディモア公爵のいうドラクレシュティの疑いに関しても、この場ですぐに決断を出せる話ではない。ただそなたの力はこの国の希望だ。そなたのいう可能性の話もまだ確かでない以上、そなたの身柄は国として守らなければならぬ。そのためそなたはしばらく王宮に滞在してもらいたい。」


「仰せのままに。国王陛下」


 そうして諮問会議は幕を閉じた。


 まだざわめく会場の中でルーファス様はそっと私に近づき、私の腕を掴んだ。


「何故いつも自分を犠牲にする」


 耳元にルーファス様の絞り出すような苦しげな声が届く。


 彼の指先は、まるで私が消えてしまうのではないかと恐れるように、強く掴んでいた。

 できるだけ安心してもらえるよう、不安な気持ちを全て閉じ込めて彼に笑顔を向けた。


「ドラクレシュティ領は必ず守って見せます」


 彼をただ守りたい。

 その想いは私の心の奥底に隠して。

 




フィオナの身柄が王宮に預けられることになりました。

多くの犠牲を払ってでもルーファスはフィオナを守るつもりでしたが、フィオナだってルーファスを守りたい。



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