与えられた部屋
「う……ここは?」
目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。
そうだ、私はルーファス様への挨拶を終えた後……気を失ったのだ。
私の声が聞こえたのだろうか。見慣れない二人の侍女が、慌てて駆け寄ってきた。
「フィオナ様、お目覚めになられましたか?お加減はいかがでしょう?」
明るい橙色の髪に、くっきりと澄んだ蜂蜜色の瞳。
活発そうな女性は、私と同じくらいか少し年上だろうか。彼女は私を安心させようと、にこやかに微笑みかけている。
すると白髪混じりの茶色の髪をきっちりとまとめている少し年嵩の女性が、落ち着きなさい、とでも言うように彼女の腕にそっと触れ、柔らかな笑みを私に向けた。
「お部屋にご案内する前に倒れてしまわれたのです。よほどお疲れだったのでしょう」
その言葉で、私は自分のしでかしてしまったことをようやく理解した。
ルーファス様に初めてお会いしてすぐに倒れ込むなど何という失態だろう。
「あ、あの……ごめんなさい」
慌てて起き上がろうと身体を起こすと、年嵩の女性が私の背にそっと手を当てた。
「まだ辛ければ、お休みになられていても大丈夫ですよ」と、優しく起き上がるのを手伝ってくれる。
ふと、自分の服が長旅で汚れた地味なドレスから、柔らかな白いネグリジェに変わっていることに気づいた。
恥ずかしさで顔が熱くなる。私は思わず視線を落とした。
「ごめんなさい……もう大丈夫です」
「ご無理はなさらないでくださいね」
そう言って年嵩の女性は改まったように姿勢を正し、胸に手を当てて私に礼をした。
「わたくしはアンナ、こちらの彼女はミリーと申します。ドラクレシュティ辺境伯ルーファス様より命じられ、奥様であるフィオナ様の侍女を務めさせていただきます」
「精一杯お仕えさせていただきます!フィオナ様!」
突然のことに私は思わず目を丸くした。
侍女など母が亡くなった時に取り上げられてしまったから、まさか自分に専属の侍女がつくとは思いもしなかった。
私が寝かされていたのは、使用人が使うような質素な寝台ではない。豪華な天蓋付きの寝台だ。
部屋を見渡すと、美しい絨毯が敷き詰められ、温かみのある木製の家具には、見たこともないほど豪華で繊細な銀細工が施されている。
伯爵家の当主の部屋でさえ、これほど美しくはないだろう。
年嵩の侍女……アンナは私の視線に気づいたのだろう。「こちらがこれからお過ごしいただく、奥様のお部屋になりますよ」と教えてくれた。
部屋にはもう一つ扉があり、中を覗くと奥行きのある美しい衣装部屋があった。
そこには私が持参した数着の粗末なドレスが、まるで申し訳なさそうにかけられている。
ペンフォード家は土地を持っているとはいえ、領地のほとんどは農民で伯爵家の中ではお金も権力もない家だ。
しかも「神に見放された者」である私が、この城で女主人として生活していくなど、あまりに分不相応に思えた。
アンナはそっと私の手を取り、優しく微笑む。
「夕食の準備ができております。お召し上がりになれそうでしたら、お部屋にお食事をお持ちいたしますが、いかがなさいますか?」
「部屋で……?」
それは良くないのではないだろうか。
嫁いできたばかりで、しかも初対面の後に気を失ってしまったというのに、食事を部屋で摂るなど許されることだろうか。
私が返答に困っていると、アンナは私を安心させるように言葉を続けた。
「倒れてしまわれるほど緊張していらっしゃったんですもの、お部屋で召し上がっても差し支えありませんよ。それに……」
アンナはほんの少し言葉を躊躇う。そんなそぶりを見せた後、私を気遣うような目を向けて続けた。
「旦那様は本日お忙しいとのことで、夕食も、その後の初夜のお時間も取れないそうですから……」
「えっ?あっ……初夜?!」
そうだ。本当ならば今日は初夜だった。
悪魔公と呼ばれるルーファス様のことを案じるばかりで、すっかり……忘れていた。
「君に何かを求めるつもりはないので、好きに過ごせ」
最初にこう言われたのだ。きっとアンナの言う「時間がとれない」は私を気遣った上での精一杯の優しさなのだろう。
私は気まずさから少し目線を下げ、小声で「では、お部屋でいただきます」とアンナに答えた。
アンナは気づいている!
奥様……初夜をお忘れでしたね……?




