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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
一度目の世界ー悪魔公の過ちー

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私の結婚相手

第一部 神に見捨てられた伯爵令嬢フィオナ視点






「お前の婚姻相手が決まった。ドラクレシュティ辺境伯……悪魔公だ」


 床に膝をついた私を見下ろし、継父は口元に笑みを浮かべた。

 その言葉は、まるで私を嘲笑うために選ばれたようだ。


 待ちわびていた獲物を仕留めるように椅子から立ち上がった義妹のクロエが楽しげに声を弾ませる。


「まあ!おめでとうございますお姉様!魔法が何一つ使えないお姉様ですもの。結婚のご縁などないと思っていましたわ。しかも、そのお相手が辺境伯なんて、とてもいいお話ですこと」


 嘲るようにそう言いながらクロエはゆっくりと私に近づき、耳元で冷たい息を吹きかけた。


「人を殺すのが大好きで残虐極まりない方だとか。子供を攫って食べているなんて噂もあるのよ。お姉様にぴったりのお相手ですわね」


 言葉の刃を突き立てる彼女の甲高い笑い声が屋敷の静寂に響く。

 私の表情を愉快そうに眺めていた継父が再び口を開いた。


「ドラクレシュティ辺境伯は、なるべく早くこちらに来るよう希望された。

“神に見放された者”であるお前を嫁に望むくらいだ。まともな家から選べない余程の理由があるらしい」


 その言葉にクロエがわざとらしく身震いしながら続けた。


「辺境伯という地位にいらっしゃるのに、お相手がいないだなんて……もしかしてよほど人殺しがお好きなのかしら?考えただけでもゾッとしますわね。

……ああ、でもお姉様には平気じゃない?お姉様のお母様は人殺しと同じ位、恐ろしいご病気でしたもの。気にしないわよね」


 継父とクロエが楽しげに笑い合うのを継母は笑顔で見守っていた。

 そして、その笑い声を止めるように、パン、と手を叩

く。


「夕食の準備ができたようですわ。続きは食事の時に致しましょう。フィオナは早く下がって準備なさい」


 そうして私は部屋を追い出された。


 伯爵家の長い廊下を歩き使用人が使う裏口へと向かう。錆びた扉から外に出ると冷たい風が頬を撫でた。私は裏庭の隅にある離れへと足を急がせる。

 

 かつては納屋だったその小さな小屋は、蝕身病(しょくしんびょう)に倒れた母を屋敷から遠ざけ、隔離するために改築されたものだ。

 母は苦しみ、やがて呪紋(じゅもん)が出て、ほどなくして亡くなった。それ以来この小屋が私の部屋になっている。


 粗末な木の扉を開け、ようやくフゥと息を吐いた。


 部屋の中には使用人と同じ粗末な寝台と、小さなテーブル、椅子、そして衣装入れしかない。


 貴族の令嬢が住むにはあまりに粗末な部屋だが、継父たちがいる屋敷に比べれば、ここだけが私の安住の地だった。


「何を持っていこうかしら……いや、何を持っていけるのかしら」


 衣装入れを開けても何度も繕った古いドレスが数着あるだけだ。準備といっても持っていくものなどほとんどない。

 その中から少しでもましなものを選んでいく。


 こんな身なりで向かったら不敬に思われないか、ドラクレシュティ辺境伯が気分を害すのではないかと不安に駆られながら荷物を詰めた。


 最後に、私は唯一大切にしているリボンを手に取った。


 それは蝕身病(しょくしんびょう)に苦しみながらも、母が最後に刺繍を施してくれた唯一の思い出の品だ。

 母が残してくれたものは、髪飾りの一つさえも継母に奪われてしまったから。


「フィオナ。貴方はきっと神に愛されているわ。こんなに優しい子を神様が見捨てるなんてはずないもの。

でも……ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 母は亡くなるその日まで、何度も私に謝っていた。


 もう記憶は朧げだが、父が生きていた頃は本当に幸せだった。

 父が亡くなり、その弟である今の継父が母と再婚し家を継いだ時も悲しかったけれど、不幸ではなかった。

 

 全てが変わったのは、私が十歳になった年の洗礼式。

 

 貴族なら誰もが受けるはずの()()()()が私にはないと判明してからだ。

 

 六柱いる神々の誰からも愛されなかった私。

 

 継父は神に見放された子を産んだと母を詰り、私たちに冷たく当たるようになった。

 自身の持つ闇の魔法で伯爵領の瘴気を吸い続けた結果、“蝕身病”になった母を継父があっさりと切り捨てたのも、きっと私が『神に見捨てられた者』であることが理由なのだろう。


 継父は母が亡くなるとすぐに私をこの小屋に移し、愛人だった平民の女性とその娘のクロエを屋敷に迎え入れた。


 クロエもまた、継父と同じく魔法が使えた。

 

 ペンフォード家はきっとクロエが婿を迎えて継ぐのだ。



 私の夫となる、悪魔公と呼ばれるドラクレシュティ辺境伯はどのような方なのだろう。


 彼の姿は15歳の時に一度だけ見かけた事がある。


 真っ黒な髪が肌の白さを際立たせていた。

 赤い瞳はまるで宝石のようなのに、その顔には一切の表情がない。美しい彫刻と言ったらいいのかもしれない。


 私が社交界に参加したのは洗礼式と15歳になった全貴族に参加義務のある舞踏会だけだが、その時から彼は貴族たちの噂の中心だった。

 

 「神に見放された伯爵令嬢」と嘲笑されただけの舞踏会だったが、そんな私の耳にも入るくらい彼は有名な人だ。

 

 父と兄を亡くし、当時の私と同じ15歳という若さで辺境伯領を継ぎ、隣国であるオストビア帝国の侵略を圧倒的な魔法で防いだ英雄。


 だが残虐非道な性格で敵対した者には容赦なく、捕らえた兵士や送られた使者すらも串刺しにし見せしめにしたという。


 そして、戦場となった国境付近は、草一本も生えない瘴気に満ちた場所になっているとも聞く。

 そのような人の妻になる……なんて、不安しかなかった。


 ポタポタとリボンを握る手に涙が落ち、自分が泣いていることに気づいた。

 

 弱気になっちゃだめ。

 そう自分に言い聞かせても涙は勝手に溢れていく。


 その時、小屋の扉から静かなノックの音が響いた。




 涙を袖口で拭い急いで扉を開けると、使用人のエマが小さなバスケットを抱え、今にも泣き出しそうな顔で立っていた。


「フィオナお嬢様……わたくし……」


 彼女の言葉に、私は首を振って微笑みかけた。


「食事を持ってきてくれたのね。ありがとう。さあ、早く中へ入って?」


 エマはまるで嵐にでも遭ったように震えながら中に入ると、バスケットをテーブルに置くや否や堰を切ったように泣き始めた。


「旦那様がお話ししているのを聞きました。お嬢様が、すごく、すごく恐ろしい方のもとへお嫁に行かれると……」


 食堂で給仕をしながら、継父たちの話を聞いてきたのだろう。私はただ、泣き続けるエマの小さな手を握り続けた。


「多くの支度金が伯爵家に支払われると聞きました。これでは、お嬢様はまるで金で売られたも同然ではありませんか。旦那様は婿入りした身。フィオナ様はペンフォード伯爵家のただ一人の後継者なのに」


 嗚咽混じりのその言葉に、私は努めて平静な声で答えた。


「でも、私は魔法が使えないでしょう?神に見放された者が、伯爵家の後継者にはなれないわ。仕方のないことよ」


「それでも……!」


 私はできる限り、なんでもない顔で微笑みかけた。それでもエマの涙は止まらない。

 

 魔力はあっても貴族にのみ与えられる神の祝福を持たない私は、魔法を一切使うことができない。

 そんな私に、まともな婚姻話など来るはずがないのだ。


 それに母が亡くなった時点で、私は継父に殺されていてもおかしくはなかった。


 血のつながったクロエに伯爵家を継がせたい継父にとって、私は邪魔でしかない。


 これまで生かされていたのは、継父が服や宝石、賭け事のために使い込んだお金の穴埋めにするためなのだろうと、私ですら思っていた。


 ……そのうちどこかの貴族の愛妾として売られるだろうと。


 だから……私は大丈夫。


 悪魔公と呼ばれる辺境伯だけど、それでも「妻」として望んでくれたのだから。


 エマを慰めるうちに、不思議と本当にそう思えるようになった。先ほどまで胸を占めていた鉛のような不安が、少しだけ軽くなる。


 その時、再び小屋の扉がノックされる音が響いた。

 扉を開けると、執事を筆頭に屋敷の使用人たちが心配そうに顔を並べていた。


 ペンフォード伯爵家に昔から仕えていた彼らは、常に私の味方でいてくれた。

 

 母がこの小屋に移されてから、私の家庭教師は継父によって解雇され、貴族として学ぶ機会は全て奪われた。

 そして彼は、私に母の看病を命じたのだ。


 満足な食事さえ許されない中で私が生きてこられたのは、ひとえに彼らのおかげだった。


 食事やシーツ、そして母が必要とする物を彼らが継父の命令に背いて密かに運んでくれた。そうでなければ、母はもっと早くに亡くなっていただろう。


 自分は男爵家の出だからと、淑女に必要な礼儀作法を教え、少しでも貴族としての知識を身につけられるようにと、図書室の本を内緒で届けてくれたのも彼らだった。


「もう、みんなして心配してくれたのね。ありがとう」


「フィオナお嬢様……」


 私は彼らを安心させるため、精一杯の笑顔を向けた。


 そして、出発の日はあっという間にやってきた。


 少しでも美しく見えるようにと、エマは最後に私の髪を整え、宝物のリボンをつけてくれた。


 見送りに来てくれたのは昔からの使用人たち。


 私の大切な家族同然の人々だけ。


 彼ら一人ひとりに声をかけ、迎えに来た豪華な馬車に乗り込む。

 荷物は小さなトランク一つ。それを膝の上に大事に抱えた。


「それじゃあ、いってきます」


 森を切り開くようにして建てられた小高い丘の上にあるペンフォード家。

 

 生まれ育った伯爵家と大切な使用人たちが、みるみるうちに小さくなっていく。

 私は彼らの姿が見えなくなるまで、何度も手を振り続けた。


 

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