お茶会の強襲
今日はアイディーン様から招待されたお茶会の日。
参加人数が多いため、王子宮ではなく王宮本邸にある温室へと案内された。
異国の花も多くプライベートな空間のように整えられた王子宮の温室とは対照的に、王宮の温室はお茶会のために作られたような空間だった。
雪が降り積もる外の景色とは対照的に、ガラス張りの温室は色とりどりの花々が咲き誇り、甘い香りが満ちている。
温室の中央には長いテーブルが置かれ、焼きたてのお菓子が並んでる中、私はアイディーン様の隣へと案内される。
周囲には、先日舞踏会で紹介された令嬢たちが座っていた。
そして少し離れた席に目を向けると、私を品定めするように視線を向ける令嬢たちがいる。
それらの令嬢たちと席を離してくれたのは、私が過ごしやすいようにというアイディーン様の心配りなのだろう。
「フィオナ様、ドラクレシュティ辺境伯は普段からあのような感じなのですか?」
和やかにお茶会が進む中、向かいに座る侯爵令嬢が興味津々という様子で尋ねてきた。「あのような……?」と首を傾げると、向かいに座る令嬢たちはまるで恋物語を思い出すかのように頬を赤らめる。
「先日の舞踏会での辺境伯は、まるで恋物語から出てきた騎士のようでしたわ。元々とても美しい殿方でしたけど…あのように笑みを浮かべていらっしゃる姿なんて拝見したことはございませんし、噂とは全然違うものですから驚きましたの」
「本当に!悪魔公なんていう恐ろしいあだ名で呼ばれていると伺っておりましたが、想像と違いすぎて……」
悪意のない、純粋な興味からくる質問だった。
彼女たちの好奇心に満ちた視線が私に集中する。
「はい……とてもよくしてくださっています」
少し頬が赤くなっていたかもしれない。
私がそう答えると、彼女たちは胸の高鳴りを抑えるように胸に手を当ててはしゃいだ。
「あら?ご存知ないのですか?神から愛されぬ者は、悪魔に愛されると昔から言いますもの。ですから、そういうご縁があったからではないですか?」
少し遠くの席で私のことを見定めるように見ていた令嬢がそう言ってくすくすと笑った。
先ほどまで楽しそうに華やいでいた令嬢たちは水を打ったように静まり返り、遠くの席の令嬢たちがひそひそと笑い声を漏らすのが聞こえる。
その時、主催者であるアイディーンがはっきりと口を開いた。
「ルーファス様は私の夫サミュエル王子と共にこの国の未来を担う、傑出した辺境伯ですわ。彼の優秀さや領地や国を守ってきた功績は、決して他者からの評価や根も葉もない噂話によって決まるものではありません」
そして彼女は先程の令嬢ににこやかに笑みを浮かべた。
「それにルーファス様はフィオナ様の属性の数を愛していらっしゃるのではございませんわ。フィオナ様の内面の美しさを愛していらっしゃるのよ。貴女もフィオナ様を見習うべきなのではなくて?」
その言葉に、彼女はカッと頬を赤く染めた。
向かいの令嬢たちがそれに続くように「本当ですね」「羨ましいですわ」と声をあげる。
「アイディーン様……ありがとうございます」
「思っていることを言ったまでですよ」
私が小声で彼女に感謝を述べると、彼女は当然ですというように涼しい顔でそう答えた。
その時だった。
「ドンッ」という鈍い音が温室内に響いた。
誰もが何事かと顔を見合わせ、話し声が途絶える。
音は一度だけでなく、二度、三度と連続して響いた。
「何の音でしょう?」
誰かの不安げなつぶやきを掻き消すように、けたたましい轟音が鳴り響く。
爆発と共に温室のガラスが粉々に砕け散った。
ガラスを踏み鳴らす音と共に黒いローブに身を包んだ集団が温室へと雪崩れ込んでくる。
「大地を穢す悪魔共に鉄槌を!」
その声と共に至る所から爆発する音が聞こえた。
私は反射的にアイディーン様の手を握り、テーブルの下へと蹲った。
誰かが魔法で爆発の火を消そうとしたのか、青色の光と共に辺りは一瞬で白い煙に包み込まれ、何も見えなくなる。
ただ誰かの悲鳴と、肉を切るような物音だけが響いていた。
「いたぞ!!」
「――フィオナ様!!!!」
誰かが不意に私の手を掴んだ。
強く引っ張られた私はアイディーン様の手を離してしまう。
二人組のローブの男に素早い動きで口と手首に布とロープを巻かれると、私の体は宙に浮いた。
風の魔法だろうか、私を肩に担いだ男たちは人の物とは思えない速度で温室の割れたガラスから外に出た。
「んーっ!!」
声をあげて暴れるが、ローブの男はびくともしない。彼らは一目散に壊された城壁に向かって走っていく。
温室にいる騎士が気づいていないかと目を向けると、鉛色の空に巨大な赤い鳥が見えた。
いや、鳥じゃない。あれは炎だ。
炎がまるで羽のように見えている。
(……ルーファス様?)
鉛色の空にいるルーファス様の赤い瞳と目が合った。
彼は私を見つけた瞬間、安堵に満ちていた瞳が、一瞬で燃え盛る怒りの炎を宿す。
その表情は、まるで獲物を狩る獣のように私を捕らえようとした男たちに向けられた。
彼は空中で炎を消し、剣を構え虚空を蹴り、私を追い越していく。
次の瞬間、私の頬に温かい血が飛び散った。
私を抱えていた男は崩れるように倒れる。
もう一人の男は急いで剣に手を伸ばすが、剣を抜き切る前に男の首が空へと舞った。
まるで時間が突然ゆっくりになったように、頭がなくなった男の首からは鮮やかな血が吹き出し、頭は弧を描いてゆっくりと地面に落ちていく。
その残酷な光景に、私は息をのんだ。
恐怖で心臓が凍りつき、視界が真っ白になる。
しかし、頭が地面に落ち切る前に、私の視界は彼の胸に包まれた。
「フィオナ!!!!無事か!!!」
ルーファス様は私を起こし、手首に巻かれたロープを切り、口の布を解いた。
ガラスの破片で切ったのか、頬や腕がずきりと痛んだ。でも、大きな怪我はしていない。
「……ルーファス様」
私の声を聞いたルーファス様は一瞬で泣きそうな顔になり、強く私を抱きしめた。
これほどまでに狼狽したルーファス様は初めてだった。
彼は私の無事を確かめるように何度も名前を呼び、やがてその震える手で私の顎を掴み、顔を上げた。
彼の瞳は、先ほどまで燃え盛っていた血のような赤色から、ゆっくりと安堵の色を浮かべていた。
ドンという音に顔を上げると、温室のガラスがまた一枚割れるのが見えた。咄嗟に浮かんだのは、シェリル王女を抱きしめるアイディーン様の顔。
「ルーファス様!アイディーン様がまだ中に!」
「……っ!フィオナをここに置いていけるか!」
彼の声は苦痛に満ちたように震え、私に縋るような視線を向けた。
「でも……!お願いします!アイディーン様を助けて!」
彼の服を掴み叫ぶが、ルーファス様は苦しむように眉間に皺を寄せる。
「フィオナ様!!!!」
温室の中から目にも止まらない速さでテオがこちらへと駆けてきた。
テオの顔色は悪く、身体には至る所から血が流れている。護衛騎士は温室近くの待機室に集められていた。きっと爆発と白煙の中ずっと私を中で探してくれていたのだ。
テオは私の手を掴み安心したように膝を折った。少し遅れてリオも合流する。
「テオ、リオ。絶対フィオナから離れるな」
ルーファス様は腕の中の私をリオに預け、温室へと向かった。
ここから少し苦しい展開が続きます。
必ずハッピーエンドになりますので、暫しお付き合いください。
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