隠された王女
話をしたいと言われ、緊迫した空気から一転、急遽お茶の用意がされた。
お茶の準備が整うとサミュエル王子は他の者を退室させる。
シェリルは「まだ遊んでていいのよ」とアイディーン様に言われ、おずおずと少し離れた場所に駆けていった。
私達が席に着いても、アイディーン様はまだ落ち着かない様子でソーサーの縁を見つめている。
「先程は狼狽えてしまい申し訳ありません」
彼女は視線を伏せたままそっと頭を下げた。
困惑を滲ませたまま重々しく口を開く。
「シェリルは……神の祝福がもらえなかったのです」
王族では産まれた時に、本来では洗礼式で行う儀式をするそうだ。魔法の属性や魔力が王族に足りるかを確認する為に行うそうだが、そこでシェリルは神からの祝福がなかった事がわかった。
私と同じように盃からは白く輝く光が出たそうだ。
「実はな……神々から祝福を得られていない者は年々増えているのだ。フィオナの洗礼式で、初めて伯爵家から祝福を得ていない者が出た。その後からだな……公爵家、侯爵家、あといくつかの伯爵家から個別に洗礼式前に儀式を行って欲しいと言われたのだ。シェリルの他に侯爵家の子息と、伯爵家の令嬢が祝福を得られなかったらしい。伯爵家の方は分からぬが、侯爵家は平民の使用人として育てることにしたそうだ……」
やり場のない苦しみを抑え込むようにサミュエル様は唇を少し噛み言葉を続けた。
「シェリルを富豪の平民の養女にする話も出たのだが……そのような決断を私は下す事ができなかったのだ」
そう言ってサミュエル王子は遠くで花を眺めるシェリル王女を見た。
その温かい瞳には確かに親の愛情が浮かんでいる。
シェリル王女もこちらを気にしているようで、サミュエル王子と目が合うと微笑みながら手を振った。
平民として養女に出すこともできず、かといって「神に見放された者」を王女として公表するわけにもいかず、シェリル王女はずっと王子宮の奥で隠れるように育てられていたそうだ。
「フィオナ様……わたくし、フィオナ様に謝らなくてはいけません」
アイディーン様は今にも泣き出しそうな顔で私を見た。
「わたくし、フィオナ様の洗礼式を見ておりますの。だから……舞踏会の前からフィオナ様の事は存じ上げておりました。そしてフィオナ様のデビュタントも……」
「だから……私に優しくしてくれたのですね?」
私がそう言うと、アイディーン様はその美しい瞳から涙を溢し顔を手で覆った。
彼女の小さな肩は小刻みに震えている。
「わたくし、フィオナ様と娘を重ねてみていたんです。娘が貴族として洗礼式を受ければ、フィオナ様のように様々な貴族から嘲笑される。養女に出す事が最善だとわかっていても、私も……シェリルを手放す事はできませんでした。でもあの日、ルーファス様の隣で幸せそうに微笑む貴女を見て、娘にも……シェリルにもこのような未来が訪れるかもしれない……と」
私は小さく首を振った。胸にはずっと温かい光が灯っている。
「アイディーン様……私、アイディーン様が親しく笑いかけてくださったこと、とても……とても嬉しかったのです」
神に見放された者と呼ばれ、継父からは役立たずと罵られてきた。
舞踏会でクロエが「神に見放された者」と言った時も多くの貴族が好奇や侮蔑の目で私を見た。
でもアイディーン様は違う。彼女は真っ直ぐに一人の人間として私を見てくれたのだ。
「だからこれからも仲良くしてくださいますか?」
私の言葉に彼女は涙を流しながら美しく笑った。
「もちろんですわ。ぜひわたくしと友人になってくださいませ。フィオナ様」
ずっと黙って聞いていたルーファス様は、私達の様子を眺めながら柔らかく微笑んだ。
「サミュエル、シェリル王女はそれほど心配しなくてもよいかもしれないぞ」
「どう言う事だ?」
サミュエル様は不思議そうにそう尋ねると、ルーファス様は「そうだろう?フィオナ」と私に笑みをみせた。
そうだ。シェリル王女も調和の女神ハルモニアの祝福を得ている可能性が高い。私は彼に大きく頷いた。
「今はまだ分かっていない事も多くて言えないが、いい報告ができると思う」
その時、シェリルが少し俯きながら遠慮がちにサミュエルの腕をトントンと叩いた。
「お父様……私、お父様と今日は遊べますか?」
サミュエル様はシェリル王女の小さな頭に手を置き優しく撫でながら「もちろんだ」と微笑む。するとシェリル王女はサミュエル様そっくりの笑顔になった。




