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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
一度目の世界ー悪魔公の過ちー

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サミュエル王子の招待


「ルーファス!フィオナ!よく来たな!」


 冬が深まる中、サミュエル王子から昼食会に招待された私とルーファス様は王子宮へと訪れた。


「フィオナも誘えば来ると思ったら大正解だった」


 王子宮の入口で待ち構えるように立っていたサミュエル王子は、嫌そうに顔をしかめるルーファス様へ満面の笑みを向ける。


「フィオナ、サミュエル王子から昼食会の招待が来たがどうしたい?断ることもできるぞ」


 事の始まりはルーファス様の所に届いたサミュエル王子からの招待状だった。

 なんとサミュエル様は毎年ルーファス様に招待状を送っているそうだ。

 そしてルーファス様は毎年断っていたらしい。

 

 アイディーン様のお茶会にルーファス様は参加しない。

 実のところ一人で王子宮のお茶会に行くことを心細く思っていたので、その前にアイディーン様とお話しできる機会が得られるのはとても嬉しかった。


 行きたいと言った時のルーファス様の嫌そうな表情を思い出して、思わず笑みが溢れる。


 サミュエル王子に対してルーファス様は辛辣な態度をとっているが決して嫌いではないと思う。

 こんなにも彼が気を許した態度をとるのは、サミュエル王子に対してだけだからだ。


「フィオナ様、お待ちしておりましたわ」

 

「ご招待ありがとうございますアイディーン様」


 出迎えてくれたアイディーン様の笑顔に胸を撫で下ろした。王宮の舞踏会でクロエが私を「神に見放された者」だと言っていたのを当然アイディーン様も聞いている。

 事実を知ったことで、私に対する態度が変わってしまうのではないかと恐れていた。


 華やかな王子宮の昼食会場は、煌びやかなシャンデリアの光に満ちていた。窓の外には冬の枯れ木に厚い雪が積もっているが、室内は温かく食欲をそそる香りで満たされている。


 前菜からデザートに至るまで全てが美味しかった。最後のデザートを堪能し、食後の紅茶を飲みながら先日の魔法競技会の話で談笑していた時、サミュエル王子が楽しそうに切り出した。


「フィオナ知っているか?ルーファスは小さい頃、本当に臆病だったんだぞ」


 ルーファス様は眉間にしわを寄せ、音を立てずに紅茶のカップをソーサーに戻した。


「おい、サミュエル」


「本当のことだろう?洗礼式の前に火の魔法を当然のように出すくらい優秀だったのに、ずっとアンナの影に隠れているような子供だったのだ。悪魔公が聞いて呆れるだろう?」


 ルーファス様が恥ずかしそうに顔を伏せると、サミュエル王子はさらに話を続けた。


「そんなルーファスを揶揄うのが楽しくてな。シーツを被って物陰から脅かしてやったのだ。そうするとルーファスが驚いて火の魔法を放ってきてな……危うく燃やされかけた」


「今なら確実に燃やしてやれるぞ」


 ルーファス様が脅すようにそう言うと「怖い怖い」とサミュエル様はおどけてみせた。

 

 アンナも昔のルーファス様の話を聞かせてくれたことがあるが、いつも完璧で誰にも弱みを見せない彼が、幼い頃は人見知りで怖がりな子供だったなんて想像もできない。


「でも今のルーファス様はとても立派な紳士に見えますわ。サミュエル様も少し見習うべきではないかしら?」


 アイディーン様の一言にサミュエル様は痛恨の一撃を喰らったとでも言うように「ぐぬぬ」と唸った。


「そうだルーファス!そなたのせいで先日の舞踏会からアイディーンにこう言われて大変なのだぞ!」


「何の話だ?」


 全く身に覚えがないと片眉を上げながら尋ねるルーファス様に、サミュエル王子は腕を組み不満そうに唇を尖らせた。その様子はまるで子供のように見える。


「何の話だ?じゃない。パライバトルマリンだけじゃ飽き足らず、フィオナのピンチを騎士のように救い令嬢達の前で跪いてダンスに誘ったそうじゃないか。まるで恋物語のようで羨ましいとアイディーンが何度も言うのだ!そなたのせいだ!」


 アイディーン様は情景を思い出すように瞼を閉じ「本当にロマンチックで胸がときめきましたわ」と頬を赤らめた。


「あの……パライバトルマリンって?」


 私の問いに、ルーファス様は涼しい顔でお茶を飲んでいる。サミュエル王子はまさかと言うように目を丸くした。


「パライバトルマリンを知らずに身につけていたのか?!」

 

「へ?!」


「フィオナ様が身につけていらした装飾品の宝石ですわ。パライバトルマリンは最近発見された異国の宝石ですの。ほとんど出回ることのない希少な宝石で、特に首飾りの…あのような大きさのパライバトルマリンはわたくしも見たことがありません」


 今度は私の目が丸くなる番だった。

 緻密で美しい銀細工からして高価な物だとは思っていたけれど、それほどとは思っていなかった。


「王族の権力をもってしても手に入れられない宝石を、どのようにして手に入れたのだ?本当にフィオナを溺愛しているな」


 溺愛……?!


 思いがけない言葉に私は俯いた。

 胸の奥がくすぐったく熱くなる。

 そんな風に見られていることが嬉しくもあり、少し恥ずかしくもあった。


「フィオナの瞳に一番似合うと思ったから取り寄せただけだ。大したことはしていない」


 さらりと答えるルーファス様の声に、私の顔はますます熱くなる。


「そうだ、借りていた物を持ってきているのだが……」


 話を変えてくれようとしたのか、ふと思い出したかのようにルーファス様が突然そう言うと、サミュエル様が「もうよいのか?」と驚いた顔をする。


 おそらくサミュエル王子から借りたという神に関する本のことだろう。


「ではそうだな……アイディーン、少しフィオナを温室にでも案内してやってくれるか?」


「わかりました。行きましょうフィオナ様。王子宮の温室は異国の花もあるのですよ」


 アイディーン様が案内してくれた温室は、まるで庭園をまるごと閉じ込めたような広くて美しい場所だった。


 春の景色のように色とりどりの花が咲き誇っているが、見たことのない花も多い。アイディーン様は花が好きなのだろう、異国の花を丁寧に説明してくれる。


 温室の奥へと続く小道を進むと熱気を帯びた空気が揺らめく中、大きな葉を持つ植物の陰に小さな人影が見えた。


 私がそちらに目を向けると、かくれんぼでもしているかのように小さな少女がちらりと顔を覗かせている。


「アイディーン様……あの子は?」


 私の視線の先を見たアイディーン様は、ここにいるはずもない者を見たとでも言うように大きく目を見開いた。


 その顔から血の気が引いていくのが見て取れる。


「……シェリル?!」


 シェリルと呼ばれた少女はビクッと肩を震わせると、おずおずと植物の影から出てきた。


 ルビーのような赤色の髪に、美しいエメラルドのような瞳。面差しがサミュエル様によく似ている。

 彼女の乳母と思われる女性がその後ろから出てきて、シェリルを庇うように前に出た。


「アイディーン様、申し訳ございません。温室に来られると思わなかったものですから……」


 今にも泣き出しそうな顔のシェリルを前に、アイディーン様は息をのんで立ち尽くしている。


 私は彼女たちの間に張りつめた空気を察し、困惑しながらもシェリルに微笑みかけてみた。


 だが私の笑顔を見た彼女は、さらに怯えたように身をこわばらせ、乳母の背中に隠れてしまった。

 

「アイディーン様、お嬢様ですか?」

 

「え……?」


 私がアイディーン様に尋ねると、彼女は狼狽えるように震える声で答えた。


 どうにも様子がおかしくて、彼女にそっと触れると彼女までもがびくりと怯えたように肩をすくめる。


「……アイディーン様?」


「どうした?」


 ルーファス様が駆け寄って私に声をかけた。私はわからないと首を緩く振る。

 するとルーファス様の後ろからやってきたサミュエル様が、青ざめた顔で「シェリル……」と呟く声が聞こえた。


「お父様、お母様。ごめんなさい……私……」


 シェリルはついにぽろぽろと涙を溢し始めると、アイディーンは我に返ったようにシェリルに駆け寄り抱きしめた。


「いえ……いいのよ。ごめんなさい。驚かせたわね。

 フィオナ様、ルーファス様……娘のシェリルです。」

 


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