フィオナの強さと恐れる心 side:ルーファス
ガタガタと揺れる馬車の中で、フィオナの銀青色の髪が雪の光を反射して淡くきらめいた。
彼女の青い瞳は馬車の小さな窓から、先程までいた王子宮を見つめている。
彼女の瞼がゆっくりと閉じ、そして開く。
それは、彼女が祈りを捧げる時にするいつもの仕草だった。
その静かな瞬間に、フィオナはきっと誰かの幸せを願っている。
きっと今祈ったのは、隠れるように過ごしているシェリル王女の幸せだろう。またはサミュエルとアイディーン、そしてシェリル王女の家族としての幸せを祈っているのかもしれない。
「どうした?」
彼女の瞳をこちらに向けたくて、そう声をかけた。
フィオナは私に視線を向けて慈愛に満ちた優しい笑顔になる。
「サミュエル様たちが幸せになれますようにって考えていました」
「大丈夫さ。大司教が情報を集めてくれているし、春になればドラクレシュティに帰る。そこでフィオナの浄化の魔法を試してみれば答えは出る」
「そうですね」
彼女はそう言って嬉しそうに笑った。
私の中では、もうかなりの高い確率でシェリルにも調和の女神の祝福があると踏んでいる。
カリタスの手記にあった狂ったような文やアイレスの考察部分にそれを示すだろう記載があった。
しかし、現段階でフィオナの力について話す事はできない。
サミュエルは友人ではあるが、その前に“王族”という彼の立場がある。
フィオナの力を話すことで私の力が及ばない所へと事態が転がることが恐ろしかった。
彼女は強くなった。
いや恐らく、元から強かったのだろう。
あの洗礼式の日を思い出す。
白い光が溢れる盃の前で、銀青色の少女は呆然と立ちすくんでいた。
どよめく会場がさらに彼女の心を追い詰めているのが15歳の自分でもすぐにわかった。
「神に見放された者だ」と誰かが口々に呟くのを、私はただ“ああ、可哀想だな”と眺めていた。
すると、彼女は貴族達の侮蔑に満ちた視線の中で、くるりと振り返り微笑みながら美しくカーテンシーをした。
たった10歳の少女が、あの侮蔑に満ちた場所で最後まで貴族らしく洗礼式をやり遂げようとするその姿が、強く、そしてとても美しいと思った。
彼女が舞台を降り、両親のもとに帰ると男がすごい剣幕で彼女に何か言っているのが見えた。彼女は広間の外へと駆け出し、思わず後を追った。
彼女を探すと王宮の広い庭園の隅で小さくうずくまりながら泣いていた。
「どうしたんだ?」
分かっていて……そう声をかけた。
彼女は答えず、ただ泣き顔を誰にも見せられないとでも言うように顔を背けた。
私はそんな彼女に「先程の君は、美しかった」と言えばよかったのに、それ以上何も言葉をかけることができなかった。
代わりに、庭園に咲いていた一本の名の知らぬ白い花を折り彼女へと差し出した。
「洗礼式……おめでとう」
同情した訳じゃない。
ただ、最後まで洗礼式をやり遂げた彼女の心が綺麗だと思ったのだ。
彼女は震える手でそれを受け取ると、碧玉の泉に似た美しい青の瞳に涙を浮かべながら「ありがとう」と花が咲いたように笑った。
そして去年の冬の終わり。
右腕の呪紋は広がり続け、もう長くないことを悟った。
すでに貴族の間では私が蝕身病であるという噂が流れ始め、ドラクレシュティがこれまで築き上げてきたものを奪おうと、死肉に群がる鳥のように貴族達が群がり始めていた。
爵位を受け継ぐヴィルハイムの地盤が整うまで、余計な邪魔者を相手取る余裕はない。
そのため……悪魔公の健在を貴族達に示す必要があった。
誰でもいい訳じゃない。
権力のない貴族で、なおかつ実家とも縁が薄い金で買えるような令嬢から相手を選ぶ必要があった。
そして条件に合う者を揃えた資料の中に、あの青い瞳の少女の名前を見つけた。
(あの時の少女はどうしているだろう)
ふと頭にそう浮かんだが、どうしているかなんて明確だった。
神に見放された者がどのように扱われるかなど火を見るより明らかで、ここに名前があることがそれを証明している。
ここに名前がある令嬢は、庶子だったり、魔法属性が家の家格に足りない令嬢ばかり。
愛妾を娶りたい貴族向けの“商品”だった。
どうせ形ばかりの婚姻だ。
誰でもいいなら、最後にあの美しい少女がどうなっているか確かめたいと思った。
そんな想いで、私はフィオナ・ペンフォードと婚姻を結んだ。
きっと彼女の美しさは、過酷な人生によって損なわれているだろうと思っていた。
それは数々の命を奪って出来上がった愚かで醜い自分と重ねていたからかもしれない。
しかし彼女の心はあの時のままに、この地へやってきた。
彼女はただ真っ直ぐに自分がやるべきと思ったことを遂行していく。
過酷な運命の中生きたはずなのに、使用人にさえ心を配る。
瘴気に蝕まれた身体を引きずりながら、いつしか城の中で彼女の姿を探すようになっていた。
情を抱かないよう心を配っていたはずなのに、いつしか側にいたいと願うようになっていた。
彼女が浄化の力を使うずっと前から、私は彼女の事を愛していた。
彼女から貰ったマイアストラのお守りを、辺境伯の証が刻まれた銀のロケットの中に仕舞い込んだのは、彼女を離したくないという自分の醜い欲望の表れだった。
馬車が屋敷に到着し、私は先に降りて彼女に手を差し出すと、彼女はその手をそっと取る。
「おかえりなさいませルーファス様、フィオナ様。お食事の準備がじき整いますがお部屋で休まれますか?」
「いや、それならば少し屋敷を歩く。テオとリオも下がっていい」
アルローの言葉にそう答え、護衛騎士を置いて彼女の手を引き南の部屋に向かった。
部屋に帰してしまうと、次にフィオナと会えるのは夕食の時になる。少しでも一緒にいたかった。
南側の部屋は、陽当たりはいいが今はほとんど使われていない小さな応接室だ。久しぶりに入ったが丁寧に清掃されている。
私は窓から差し込む明るい日差しを指し示す。
「ここに温室を作ろうと思うがどう思う?」
そう尋ねると、彼女は少し目を開いて「え?」と首を傾げた。
意味を理解したのかフィオナは驚いたように部屋を見渡し「でも……」と答える。私は彼女の瞳を見たくて覗き込むように顔を近づけた。
「毎年冬の間はこちらの屋敷で過ごすのなら、少しでも居心地が良い方がいいだろう?」
“毎年”と言う言葉に自分の願いを込める。
毎年ここにフィオナと来たいと思うのは、祈りのような気持ちを込めた自分の望みだ。
「いいのでしょうか」
戸惑うようにそう答える彼女に「もちろんだ」と答えた。
すると彼女は「ありがとうございます」と花がほころぶようにふわりと微笑んだ。
その笑顔を一瞬たりとも見逃したくなくて、私は彼女の華奢な顔にそっと両手を添えた。
もっと彼女の笑顔が見たい
彼女を失う事が恐ろしい
いつかこの幸せが砂のように指の間から零れ落ちてしまう気がした。その幸せを捕まえるように両腕で彼女を抱きしめたくなる。
でも触れる事すらも恐れ多い気がして、衝動を押し殺し、ただ静かに微笑みを返した。




