魔法競技会3
サミュエル王子の試合の時ほどの大歓声が、ルーファス様とグラディモア公爵に注がれた。
「見ろ!次の試合は悪魔公だ!!」
そんな声が至る所から聞こえる。
戻ってきたテオとリオを近くに置いておくように言われたので、もっと近くで見たい気持ちを抑え私は椅子に座った。
(ルーファス様のあの美しい魔法をもう一度見たいとは思っていたけれど……)
相手の命を奪ってしまうのではないかと思うほどの激しい戦いも多かった。
どうしても恐ろしさの方が勝ってしまう。
「テオ……グラディモア公爵は強いのかしら?」
「んー。そりゃ公爵家だから魔法の属性も魔力も多いよ。それにグラディモアはドラクレシュティ領、ギオロク領と同じようにオストビア帝国に隣接してるからね。軍事にも特化してるから、内陸の領主と違ってかなり訓練されてると思う」
「思う」という曖昧な言い方に少し違和感を覚えて首を傾げると、リオが補足してくれる。
「普通の領主はルーファス様みたいに前線では戦わないからね?だからドラクレシュティの騎士の俺らが見る機会なんてなかっただけ。グラディモア領とは仲も悪いから合同訓練もないし」
不安で強張る私の心を解きほぐすように、テオとリオはにっこりと笑いかけた。
その笑顔は戦場を生き抜いてきた騎士ならではの、確かな自信に満ちていた。
「全快してるルーファス様に勝てる奴なんていないから大丈夫!」
ルーファス様とグラディモア公爵は、互いに片手で剣を構える。
開始の合図と同時にグラディモア公爵は動き出した。
壮年の男性のどこにそんな瞬発力があるのかと思うような、人離れした動きで赤い光と共に炎を放つ。
ルーファス様に届いたと思ったら、炎はルーファス様の目前で消え、白い煙が一瞬のうちに舞台を包み込んだ。
「何が起こったの?!?!」
「炎を水で相殺したんだ。そのせいだよ」
グラディモア公爵は白い煙の中に剣を振り上げて駆けて行った。金属がぶつかり合う音が何度も響く。
それと同じように、何度も小さな爆発音が聞こえてきた。
赤や緑、青の光が白い煙を染め、その煙の切れ間から時折二人の姿が見えるが、動きが早すぎて何が起こっているのか分からない。
轟音と共に会場が震え上がり、その刹那、白煙を突き破るようにルーファス様の身体が、まるで弾かれたかのように観客席へと吹き飛ばされた。
「そんな……!」
誰もがルーファス様の負けを確信した時、ルーファス様は空中でくるりと向きを変え、剣を構えながら“空気”を蹴った。
まるで切り取られたように白煙が裂け、その先には勝利を確信して剣を下ろしているグラディモア公爵がいた。
「勝者!ドラクレシュティ辺境伯!」
ルーファス様の一撃でグラディモア公爵は舞台の外まで吹き飛ばされた。
ルーファス様は真っ黒に染まった舞台の上から彼を見下ろし、静かに剣を鞘に納める。
その手はそのまま空を斬るように美しく伸ばされ、舞台の上のすべての瘴気を消し去った。
そして観客席に集まった貴族たちに向け、彼は深々と頭を垂れる。
その一連の動作はまるで完璧な儀式のように、優雅で気品に満ちていた。
大歓声の中余興が終わり、ルーファス様がドラクレシュティの席へと帰ってきた。
小さな切り傷がいくつかあるが、大きな怪我はなさそうでホッと胸を撫で下ろす。
テオとリオは先程の試合の興奮がまだ続いているようで、ルーファス様が試合の話をしてくれるのをソワソワしながら待っていた。
「お疲れ様でした」
「あぁ……」
勝利したはずのルーファス様はどこか上の空で、手を開いたり閉じたりしている。
私が聞くのを躊躇っていると、視界の端でテオとリオが「聞いてください!」と目で訴えていた。
「ルーファス様…試合中何かあったんですか?」
ルーファス様は「ああ……何かされたようなんだが……」と呟くと、後ろに控えていたテオとリオを呼んだ。
「テオ、リオ。試合中何が見えていた?」
「最初の炎をルーファス様が水魔法で打ち消してから、グラディモア公爵がその水蒸気に紛れて切りかかりました」
「その後は、最初の一撃を入れられなかったグラディモア公爵が風の魔法、火の魔法を交互に使い分けながら隙を与えないように切りかかっているのを、ルーファス様が水と風の魔法で防いでいました」
「最後、風の魔法に吹き飛ばされたように見せかけたルーファス様が空中で向きを変え、風魔法でグラディモア公爵に剣を当て勝利しました」
二人にはあの白煙の中そこまで見えていたのかと感心していると、ルーファス様が確認するように問いかけた。
「最後、グラディモア公爵が風魔法の直前に使った魔法は何かわかるか」
テオが首を傾げる中、リオが真剣な顔をしながら口を開いた。
「……光の魔法を使ったように見えました」
「やはりそうだな」
「試合中にルーファス様の傷を治そうとしたってこと?!何のために?!」
光の魔法は人の傷を癒やしたり、作物の成長を促す魔法だ。戦闘には不向きで基本的に使われることはない。
「でも傷を治されたわけじゃない。だから少し気味が悪くてな」
ルーファス様はそう言って、まだ席へと帰らないグラディモア公爵のテーブルを見た。
トントンとテーブルを叩いていた指がぴたりと止まる。
「フィオナ、退席した方がいいかもしれない」
「え?!」
「グラディモア公爵の思惑が分からない。ただ何か仕掛けたのは間違いない」
「でも……まだヴィルが出てきていません。ヴィルはきっとルーファス様に見てほしいと思います」
ルーファス様が魔物によって倒れたあの日。
役に立てないことを悔やんでいた彼の気持ちも、彼を支え続けるために出ることを望んだ気持ちも私には痛いほど理解ができた。
ルーファス様は一度舞台を見て、そっと目を閉じた。
「……そうだな。ではヴィルが終わったら早急に退出しよう」
ヴィルはこの日準決勝まで勝ち上がり、ヴィルハイム・ドラクレシュティの名を会場中に知らしめた。
彼の戦い方は、兄であるルーファス様とは全く違っていた。
ルーファス様が相手の力量を瞬時に見抜き、必要最低限の力で圧倒するのに対し、ヴィルハイムは一つ一つの動きに誠実さがあった。
彼は決して無駄な魔法は使わず、相手の攻撃を慎重に見極め、自身の剣と火の魔法で正確に打ち破っていく。
その姿は、まるで兄に追いつこうとひたむきに努力を重ねてきた青年のようだった。
準決勝の舞台で彼は自分よりはるかに大きな相手を前に、一度も怯むことなく立ち向かった。
敗れはしたが、その清々しい表情からはやり遂げた者だけが持つ確かな自信が満ちている。
その様子を、ルーファス様は静かに見守っていた。
そして彼の視線が、ふと会場の観衆へと戻ると、そこにはグラディモア公爵がいた。
先ほどまでの値踏みするような笑みは消え失せ、彼の顔には隠しようもない敵意が浮かんでいた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
いよいよ物語が動き始めました。
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