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友人の変化 side:サミュエル


 私はサミュエル・ウィリアム・アズウェルト。

 この国の第一王子だ。


 私は今、王都から何日もかけて幼き頃からのただ一人の友人を訪ねにきたのだが、その友人からものすごい形相で睨まれているところだ。


 ドラクレシュティ城の応接間で私と向かい合い、睨みつけているこの男こそ私の再従兄弟でありただ一人の友人、ルーファス・ドラクレシュティ。


「突然訪ねてくるなんて、アズウェルト王国の第一王子はとても良い教育を受けたようだな。さすが王族だ」

 

「だって事前に手紙を送ったらルーファスは会ってくれないだろう?冬の社交界でもあれほど避けるんだ。君と話すために最善の方法を取っているだけさ」


 彼は私の笑顔にますますとても嫌そうな顔を向ける。


 すぐに分かった。彼に何か大きな変化があったことを。


 彼の境遇が一変したのは先代ドラクレシュティ辺境伯と兄のロスヴェルが亡くなってからだ。

 その後すぐオストビア帝国からの侵略戦争が始まり、彼はどんどん変わっていった。


 笑うことも怒ることもなくなり、冷徹な人形のようになった彼は、ただひたすらにオストビア帝国の侵略を終わらせる策を淡々と進めていく。

 

 冷酷な判断も残虐な行いも一切迷いなく決断し、自分の安全など全く考慮せず駒のように己を使う。

 そしていつも最前線でそれを行う様は、敵の戦意をことごとく打ち砕いていった。


 だから、友人を失わずに戦争が終わったことを私は心から喜んだ。

 戦争が終わったことでルーファスが昔の彼に戻ると、浅はかにも信じていたのだ。


 しかし、戦争が終わっても彼は変わらなかった。


 戦争の英雄を「悪魔公」と貶める愚かな貴族にも一切の抵抗を見せず、なんの感情も持たない人形のようなまま時間だけがただ過ぎていく。

 

 私との親交も避け、領地に引きこもり、悪魔公としてただアズウェルト王国の北の大地の国境線を守り続けるその様は人としてではなく国と領地の道具として生きることを決めたように見えて、痛々しくさえ思った。


 そんな彼が、いきなり手紙を寄越してきたのだ。


 マロウの花が蝕身病の侵攻を軽減させ苦痛を和らげるという情報に加え、王族のみ閲覧の許される書庫に神に関する記述のものがあれば閲覧させて欲しい。と……


 彼に何か変化が起こった。私の直感がそう告げた。


 いてもたってもいられなくなった私は、ドラクレシュティ領が受けた魔物の襲撃の調査に向かうという名目のもと、この地に駆けつけたのである。


 そして私の直感は正しかったと確信した。


 私をこれ以上なく不機嫌そうに睨みつける彼に、とても安堵したのだ。


「で?なんの用事だ」


「先日の魔物の襲撃の件ということになっている」


「魔物の襲撃はオストビア帝国からのものだと報告書に記載したと思うが?」


「被害状況が書かれてなかった」


「大きな被害はなかったからだ。で?本当の要件は?」



 淡々と答えるルーファスの様子を見ると、青白い顔で作り物のようだった彼の顔色も良くなっているように思う。

 

 これもマロウの花のおかげだろうか?


 彼が蝕身病であることはなんとなくとも察していた。だから余計にこの国の第一王子である私のことを避けていたのもそれが理由の一つなのだろう。


 あの前線で戦っていたのなら、患うのも無理はない話だ。しかしそれだけではない。


「噂の“神に見放された伯爵令嬢”をぜひ一目見ようかと思ってな」


 ルーファスの眉間に皺が寄り、さらに眼光が険しくなる。


 当たりのようだ。


「今城にはいない」


「どこにいて、いつ戻るんだ?」


「北西にある村にしばらく滞在する予定だ」


「ちょ…っと……それは……さすがに扱いが酷すぎるのではないか?」


 ドラクレシュティの北西は、瘴気濃い土地だ。山の麓は人が通ることすら難しい。

 いくら神に見放された者だとしても、そんな北西の村に奥方を追いやるなど余程の事だ。


(奥方が彼の変化の原因かと思ったが、そうではないのか?)


私はこれ見よがしにため息をついた。


「はぁ……友人の私に一言の相談もなく婚姻したと思ったら、神に見放された者とあの有名な伯爵令嬢だったのだぞ?しかも愛妾ならともかく、妻として迎え入れるなんてドラクレシュティに深刻な事態があったのではないかと心配して当然ではないか」


 私は一枚の紙を取り出した。

 ルーファス・ドラクレシュティとフィオナ・ペンフォードの婚姻書類だ。


「ルーファス、マロウの花の効能を見つけたとなれば、今あるドラクレシュティの評価をある程度覆すことができるだろう。私だってもちろん手を貸す。ならば、もう少しまともな婚姻相手を探すことだってできると思う」


 そして私は婚姻書類の一部にスッと指を置き、笑みを作った。


「幸い、この書類には記載が必要になっているはずのペンフォード家のフィオナの魔法属性が空欄になっている。まあ、魔法が使えないのだから記載できないのであろうが、不備であることは間違いない。ペンフォード家がドラクレシュティ家を騙した……ということにして、この婚姻を破棄させることも可能だぞ?どうだ?」


「ふざ……けるな……!」


 するとルーファスは拳で婚姻書類ごとテーブルを叩いた。まさかそんな反応をすると思わなくて、私は目を丸くする。


「……サミュエル様。今のは兄上に消し炭にされても仕方がない発言でしたよ?」


 振り向くと、ヴィルハイムが盛大なため息をついていた。

 どういうことなのか全く理解できない。


 妻を瘴気の多い北西の村に押し込めておいて、なぜ婚姻の破棄を提案した私が怒られているのか。


「ええい!もう公務は終わりだ!ヴィルハイムも座れ!」


 ヴィルハイムは仕方なさそうにルーファスの隣の席に座った。これで、この場は気安い友人との席となる。

 残った側近も退室させ、私はアズウェルト王国の王子から、ただのサミュエルとなった。


「で?どういうことなんだ?ヴィルハイム」


「まずサミュエル様のフィオナ様への認識は間違っています。兄上にとってフィオナ様はとても大切な存在なんですよ。もちろん、ドラクレシュティにとっても……ですがね」


「ほう?ルーファスにとって?」


 悪魔公と呼ばれるようになってからの彼は、老獪な貴族たちとの商談も、悪辣な手腕と強気な姿勢で有利に持ち込んでいく為政者だった。


 だからこそ余計に悪評を広められたのだが、今のルーファスはどうだろう。


 私をやり込めるどころか、ルーファスは眉間に皺を寄せて黙ったまま、私を睨むように見つめている。

 幼き頃、乳母の後ろから出てこなかったルーファスを私が揶揄った時も、彼は同じ顔をしていた。


「フィオナ様との距離のつめ方が分からないと悩みながら甲斐甲斐しく昼食を誘いに行ったり、パライバトルマリンを取り寄せ最高級の銀細工で作らせた髪飾りを贈ったり、果てはフィオナ様と打ち解けている護衛騎士や使用人にまで悋気を起こす程度には、大切に思っておられます」


「ヴィル!」


 ルーファスの怒りがヴィルハイムに移ったが、ヴィルハイムは素知らぬ顔をしているどころか少し楽しそうな顔をしている。

 

「ご機嫌ですねサミュエル様。……私も久しぶりに兄上のあんな顔を見られて、胸が軽くなりました」

 

 そんな二人のやりとりも懐かしく、私は声を上げて笑った。


「それほどいい女性なのかフィオナは!」


「それはもう。ドラクレシュティ辺境伯の奥様ですから」


 ヴィルハイムの言葉は強がりでもなんでもない。心からの敬意と敬愛が感じられた。


「でも……自分の妻だろう?いくらでも距離は詰められるではないか。夜の寝室で愛を囁けばいい」


 夫婦の寝室のあり方は領地によってそれぞれだ。


 夫婦の寝室をお互いの居室の真ん中に作るような貴族もいるし、夫が妻の部屋に通う場合もある。

 私は夫婦の居室の間に寝室を作った。

 

 するとヴィルハイムが吹き出し、声を押し殺すように笑った。

 ルーファスの眼差しはどんどん厳しくなる。


(消し炭にされるのはそなたではないか?)


 そう心配してしまうほど、ルーファスの眼差しは鋭かった。そしてルーファスは諦めたようにため息をつく。


「初日から私は対応を間違えたのだ……。嫌われているわけではないと思うが、フィオナは私にだけ壁があるような気がする。今更どう詰めればいいかなんて分からないし、彼女に対してだけは、これまでの自分のやり方が通用しない。彼女を傷つけることは、したくないと思っているんだ」


 言葉尻の歯切れの悪さから、ルーファスは既に何か失敗をやらかした後のようだった。


「フィオナに会うのがますます楽しみになってきたな。冬の社交界にはもちろん連れてくるのだろう?」


「そのつもりだ。彼女をあの場に連れて行きたくなどないが、彼女の立場を強固にするためには連れていかねばならぬだろう」


「なら、そんな大切な奥方を北西の村に押し込めておくのはよいのか?」


 私の質問に、ルーファスは険しい顔で思案して口を開いた。


「今は分からないことが多過ぎて、理由は言えない。彼女を危険に晒す可能性もあるからな」


「神に見放された伯爵令嬢」を大切にするドラクレシュティ領。


 ルーファスが愛する女性を北西の村に滞在させる理由。


 理解できないことだらけだが、今の私はとても機嫌が良かった。


「まあ今はよかろう。なら、私はルーファスの情けない話を聞かせてもらった礼にいくつかの本をそなたらに閲覧する許可をだそう」


「まさか……!」


「こちらに持ってきている。数百年も王家の地下書庫に封印されていた、古の神に関する記述だ。王族の血を引く者しか触れることを許されない、この国で最も貴重な本だ。無理を言って持ち出したのだから、必ず返せよ?」


 本当は、直前までルーファスにこの本を渡すかどうか、私は決めかねていた。ルーファスがあの冷徹な人形のままであったなら、渡すことはしなかった。

 私はただ一人の友人である彼を、他国を退ける道具にしたくなかったからだ。彼の身を案じる気持ちに勝って、彼の心を守りたい気持ちから、あの時は渡すことができなかった。

 

 この本にはそれだけ重大な秘密が隠されている。

 

 だが今の彼になら……渡す事が彼の身と心を守る後押しになると信じられた。

 

 ルーファスはこの日初めていいことがあった、とでも言うように「無理を言ってすまなかったな。サミュエル」と笑った。



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