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ドラクレシュティの真実


 滞在を伸ばして三日目、ルーファス様は城から呼び出しがあり、ドラクレシュティ城と戻っていった。


 私がこのまま滞在することに彼はかなり不満そうだったが、苦しむ兵士たちを残して帰ることはどうしてもできなかった。


 結果、私はドラクレシュティ領の本当の現状を知ることになる。


 ルーファス様が帰城してから、私は必死に蝕身病の兵士たちと土地の浄化に勤めた。


 瘴気で穢れた土地に作物は育たない。村から北の全てが瘴気で汚染されている今の状況を少しでも変えなくては、たとえ今の蝕身病を治しても根本的な解決はできないからだ。


 そのため、兵士たちの浄化を行った後は、村の北側に行き、作物がほとんど実っていない畑を浄化して回った。


 そうしているうちに、村人が隠れるように私の元を訪ねてくるようになったのだ。


「家族が蝕身病で動けないのです、助けてください」


彼らはそろってそう言った。その声は、周囲に聞かれてはならないと怯えるように小さく、そして最後の希望に縋るように切実だった。


 私が村人の浄化を行った後、北側の土地を浄化して回っている間に噂が広がったらしい。

 彼らは小さな家の中に匿うように、動けなくなった蝕身病の患者を寝かせていた。その中には呪紋が広がっているものも多く、屋敷の兵士と比べてもかなり重症だった。


「この北は、オストビア帝国に繋がる街道があったんだ。だからこの街道周囲が特に侵略の被害がでかかったのは確かだけど……それにしても酷いな」


 リオはそう言って北の空を覆うように広がる山脈を見上げた。


「まあ、蝕身病の患者を匿ってるなんて言えないよな。治ることが分かってなきゃ、村を追い出されるかもしれない」


 テオの言葉は最もだった。彼らは「出稼ぎに行った」「養子に出した」など様々な建前を周囲に述べながら、蝕身病の家族がいることを隠すしかなかった。


 ここにくるまで、街道沿いに作られた沢山の村や街を私は通り過ぎていった。


 一見、その街や村は平和そのもので、戦争の爪痕はほとんど見ることはなかった。

 でも確かに戦争はあったのだ。そしてその爪痕は今も、ドラクレシュティの人々をじわじわと苦しめている。


「ねぇ、テオ、リオ。私、もう少し北を見てみたいの」


「フィオナ様それは危ないって」


「魔物も出るかもしれないし」


 二人は焦燥を滲ませた顔で訴えた。

 私は緩く首を振る。


「私はちゃんと見ておかなきゃいけないと思う」


 私は、守るために魔法を使った人々の苦悩を知らない。自分にとって大切なものを守るために、多くの命が失われる苦しみも、大切な人を苦しめてしまう悲しみも。


 ならばせめて、彼の痛みを知りたい。同じ景色を見て、同じ場所に立って。じゃないと、彼の本当の苦しみなんてわからない。


 十分な教養があるわけでも、大きな後ろ盾があるわけでもない私が、彼の隣に立ち、彼と共に歩くなら、この目で見ることが、一番必要なことだと思う。


 テオはうーんと唸りながら、眉間に皺を寄せた後、ため息をついた。彼の瞳には、私の無謀さを心配する色と、強い決意を前にした諦念が浮かんでいる。


「分かった。でも少しだけだからね。ただ本当に危険だから魔法は使う。フィオナ様、背中に乗って」


 しゃがんだテオの背中に、恐る恐る身体を預けると、リオが私とテオの口に布を巻いてくれた。


「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。風の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん」


 テオは詠唱と共に風のようなスピードで駆け出した。畑を過ぎた先には森がある。その森に入ると一呼吸するごとに、目の前の景色は一瞬で移り変わっていった。


(まるで冬の景色みたい)


 テオが駆ければ駆けるほど、木の葉や、森の草が失われていく。テオの背中にしがみつく私の頬を叩く風は、冷たく、鉛のような重さを伴っていた。


 そして森が途切れたと同時にテオが止まった。


「ここまでが限界。なるべく息を深く吸い込まないように気をつけて。瘴気が舞ってるから」


 テオの背中からゆっくり降りると、降りたところに黒い粒子のようなものがチリチリと音を立てるように舞った。

 目の前には灰色の景色が一面に広がっていた。


 動物はいない、草も木も一本も生えていない、死の大地。


 私は両手を地面につけて魔力を流し浄化を試みてみる。

 しかし、私の魔力は何事もなかったかのように瘴気の灰の中に吸い込まれていった。乾いた灰色の土の冷たさが、私の無力さを突きつけるようだった。


「フィオナ様、そろそろ帰ろ。危ないよ」


「そうね……連れてきてくれてありがとう。テオ」


 テオの背中に乗った私はもう一度振り返り、灰色の景色を目に焼き付けた。




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