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残虐非道と呼ばれた悪魔公は、ただ一人を幸せにしたい〜『神に見放された伯爵令嬢』を幸せにするための回帰譚〜  作者: 白波さめち
一度目の世界ー悪魔公の過ちー

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銀山の街とお守り


 ルーファス様を想うたびに勝手に高鳴る胸の熱。


 それを紛らわせるように景色を眺めていると、「そうだ!」と、ミリーが手を叩いて声を上げた。


 「街へ散策に出かけませんか?」


 ミリーの声に現実へと引き戻された私は「散策?」と聞き返す。すると彼女は「そうです!」と瞳を輝かせた。


「街の食事処で食べるために、シンプルなドレスを持ってきています。お屋敷にいても退屈でしょうから、気分転換に街の散策に行きませんか?」

 

「テオとリオにも聞いてみなくちゃ。二人を呼んでくれる?」


 部屋の扉の前で護衛していた二人を中に入れ、ミリーの先ほどの提案を話すと二人は瞳を輝かせた。


「行きたい!フィオナ様!」

 

「大丈夫、俺らがちゃんと護衛するから!」

 

「じゃあ……少しだけ行きましょうか」


 ミリーにドレスを着替えさせてもらい、私達は屋敷の裏口から外に出た。

 

 丘を下り街の入り口に立つと、そこは城下町とは全く異なる景色が広がっていた。


 建物はこの土地で採れる鉱石と、丈夫な木材を使って建てられている。壁は灰色がかった石でできており、窓枠や扉には重厚な銀の装飾が施されていた。

 通りには、鍛冶屋が金属を叩く音が軽快に響き渡り、火花が夜空の星のように散っている。

 

 道行く人々の表情は明るく、活気に満ちていた。軒を連ねる食事処や屋台からは、熱気が立ち上り、食欲をそそる香りが漂ってくる。


「すごい……!」


 街の中は珍しいものに溢れていて、私はあたりを見回した。馬車の中からでは感じられなかった街の熱気が肌に直接ぶつかってくる。


「フィオナ様、せめて前は見て歩いてよ」


 リオにそう注意されてしまうくらい、私は街の空気を楽しんだ。


「ねぇ!フィオナ様!あれ食べようよ!あれ!」


 私と同じくらい楽しんでいる様子のテオが、沢山ある屋台の一つを指差した。そちらを四人分購入する。


 「熱いから気をつけてな」と渡されたのは熱々の肉が挟まったパン。その香ばしい匂いに心躍らせながら一口食べた。口の中に広がる肉汁の旨みに、思わず笑顔がこぼれる。


「美味しいっ!」

 

「フィオナ様、なかなかいける口だねぇ」

 

「城のご飯も美味いけど、たまーにこういうのが食べたくなるんだよな」


 色々な店に寄りながらしばらく歩くと、小さな装飾品店を見つけた。

 

 覗いてみると、店いっぱいに並べられた繊細な銀細工が淡い光を放っている。

 鉱夫たちが身につける銀のお守りや、様々な動物をかたどった小さな飾りが売られていた。


 ルーファス様へのお土産に何か買っていきたい。


 そう思って店内に入る。

 銀で作られた沢山のお守りが並ぶ中、彼の赤い瞳に似た石が嵌め込まれた鳥のお守りを私は選んだ。


 強く美しく象られたその鳥が、領地を守るルーファス様の姿と重なったのだ。



 日が落ちる前に、ルーファス様は帰ってきた。

 

 銀山周囲の森で採れた食材をふんだんに使った夕食を食べる。もちろん話題の中心は、今日の街の散策だ。

 

 街の様子や屋台で食べた変わった料理の話……話したいことが沢山あった。


「そうか。楽しく過ごせたようで何よりだ。しかし、テオ、リオ。そなたらには少し動き足りなかったんじゃないか?私がいるので護衛業務は中断し、少し屋敷の周りを走ってきてもいいぞ?」


 ルーファス様はそう言ってテオとリオに笑顔を向けると、二人は姿勢を正しつつ震え出した。


「いえ、我々にはフィオナ様を守る任務がありますので」

 

「屋敷内といえど気を抜く事はできませんので」


 大丈夫ですと断る二人に、給仕をしていたミリーまでもがぷるぷると視界の端で震えていた。


 部屋に戻り入浴を済ませて寝台に入る。

 ミリーが下がった後の静かな部屋で、私は今日のことを思い出していた。


(すごく楽しかった……)


 伯爵家で過ごしていた時、こんな未来が待っているなんて想像もできなかった。


 ふと窓を見ると、カーテンの隙間から光が漏れているのに気づいた。

 寝台から降り、カーテンを少し開けると、その光はバルコニーの下から溢れているようだ。

 

 私は寝台横に置いてあったお守りをそっと持って、バルコニーに出た。夏の夜の優しい風が髪を揺らす。

 

 バルコニーの手すりに近づいてみると、光の正体がわかった。銀山の街が、無数の灯りに包まれていたのだ。

 その光は背後の銀山を淡く浮かび上がらせている。


「すごく綺麗。まるで星空が落ちてきたみたい」


 思わず、私は手に持っていたお守りを夜空にかざしてみた。

 赤い瞳の美しい鳥が街の灯りでキラキラと輝きながら飛んでいるようで、思わず笑みが溢れる。

 

 そっと、その輝く銀色の鳥にルーファス様が幸せになるよう祈りを込めた。


「眠れないのか?」


 突然の声に驚いて横を見ると、隣のバルコニーにルーファス様がいた。


 彼も街を眺めていたようだ。

 夜に溶け込むような黒髪が街の淡い光で優しく浮かび上がる中、その赤い瞳だけが宝石のように輝いている。


(みられていたのかしら……)


 騒がしく鼓動する心臓をなんとか落ち着かせ、平静を装った。


「街の光が見えたので……」

 

「あれは街に怪しい者が紛れ込まないよう、夜でも灯りを焚いているんだ」


 ふと沈黙が落ちる。

 お守りを……渡すなら今かもしれない。


「ルーファス様……あの……」

 

「なんだ?」

 

「実は……お渡ししたい物があるのです」


 私がそう言うと、ルーファス様はバルコニーによじ登り、ひょいとこちらに渡った。


 突然距離が近くなって心臓がさらにうるさくなる。


「で、何をくれるんだ?」


 私は躊躇いながら、彼にお守りを渡した。

 受け取った彼はそれを掲げながら優しく微笑む。


「これは、マイアストラのお守りだな」


 聞いたことのない名前に「マイアストラ……?」と聞き返すと、ルーファス様は静かに頷いた。


「ドラクレシュティ領に伝わる伝説の鳥だ。きらびやかな羽根を持ち、その歌声で人々を幸せにすると言われている」


「そんなお話があるのですね」


 彼は襟元から首に下げていた銀の鎖を取り出した。

 銀の鎖の先には、繊細な銀細工の装飾が施された丸いロケットペンダントがついている。


「これは家の爵位を継いだものが持つドラクレシュティ辺境伯の証だ。これにはドラクレシュティ家の紋章が刻まれている。見てみろ」


「同じ鳥……ですか?」


「ああ、ドラクレシュティ家の紋章はマイアストラが描かれているんだ」


 彼はそう言って紋章入りのロケットペンダントの蓋を開け、その中に先程渡したお守りをそっと入れた。


「そんな大切なものに……!」

 

「これはお守りだろう?なら肌身離さず持っているのが正しいのだからここに入れるのが最適だ。このロケットは常に身につけているからな」

 

 そう言って彼はロケットペンダントの蓋を閉じてを襟の中へと仕舞った。


「それよりも……ほら少し耳を澄ませてみろ。もしかするとマイアストラの歌声が聞こえるかもしれないぞ」



 ルーファス様は私の両耳にそっと手を当てた。

 すると、夜の風と木々のざわめく音の中に、微かに歌声のようなものが聞こえてくる。


「ルーファス様、今、歌が!」

 

「聞こえたか。なら、フィオナはドラクレシュティ辺境伯の私が責任を持って幸せにしなくてはならないな。じゃないと伝説が嘘になってしまう」


 その言葉の意味がうまく飲み込めないでいると、ルーファス様は手を下ろしながら目を細めて笑った。


「冗談だ。銀山とそれに連なる山々の間を風が吹き抜けると、歌のように聞こえるんだ。それが伝説の元になっているのではないか、と言われている。でも……」


 そう言って彼は私の背中に左手を回しぐいと引き寄せた。下ろされたはずの右手が熱を持って私の頬を包み込む。


「最後の言葉は冗談じゃない」


 彼はそっと私に口付けをした。

 一瞬で頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。


「さあ、身体が冷えるかもしれないから中に入れ」


 彼は私の手を引いて、部屋の中へと連れていった。


「おやすみ、フィオナ」


 優しく温かい言葉を残し、彼はまた窓の外へと消えていった。


ミリーは震えた。


ルーファス様が……!

嫉妬してる……!城のみんなー!な気持ちです。


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