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蝕身病の村


 私がルーファス様の元へと戻ると、ルーファス様の隣で驚きに固まっている男爵がいた。


「辺境伯、これは……奥様が先程使われた魔法は何の魔法ですか?」


「彼女が使ったのは、瘴気を浄化する魔法だ」


「まさか……そんなことが……」


 男爵の「信じられない」という呟きに、ルーファス様が「私も未だに夢ではないかと思う時がある」と答えた。


 すると男爵は跪き、私の手を取った。


「先日の魔物の襲来……辺境伯が騎士団を派遣してくださったおかげで被害はかなり抑えられましたが、それでも多くの兵士がやられ、瘴気に苦しんでおります。彼らは国境に近いこの村を守るため必死に働いてくれました。彼らの瘴気も浄化していただけないでしょうか」


「もちろんです。案内してください」


「まさか……!フィオナ様に来ていただくなど!」


「その者達は、苦しんでいるのでしょう?なら私が出向きます。案内してください」


 私達は、男爵の先導で隔離されるように建てられた屋敷の奥にある荒屋に案内された。


 そこには数人の兵士が並べられた粗末な寝台に寝かされ、苦しそうにうめいていた。皆所々に呪紋が浮かび上がっている。


「……っ!」


「酷い待遇だとお思いでしょう。魔物によって傷を負ってしまったのです。しかし、蝕身病で倒れた者を家に帰しても養うことができる家は多くありません。もし蝕身病がうつれば、たちまちその家は成り立たなくなるでしょう。ましてや呪紋が浮かんでいるともなると……。同じ理由から、屋敷で預かることもできず、せめて食事だけでも……と一箇所に集め食事の世話をしているのです」


 酷いと思えるようなこの待遇も、瘴気の影響が濃い国境沿いに住んでいる村からすると破格の待遇であることは分かっている。


 ルーファス様が作った救護院が特別なだけだ。


 身分が下がるほど蝕身病は身近な存在であることから、平民は貴族の何倍も蝕身病に対する嫌悪感が強い。

 

 貧しい村では、蝕身病になった者を家族ごと追い出すような場所もあると言う。


 私は地面に手をついた。淡い光が部屋中を包み込む。


 しかし、彼らを全て治せるほどの魔力は私に残っていなかった。

 全身から力が抜け、息が上がり、めまいがする。

 視界が歪み始めた時、ルーファス様が私の肩を抱いた。


「フィオナ、もういい!」


 その途端、淡い光が消える。

 私は急いで顔を上げて部屋を見渡した。

 症状の軽い兵士は少し回復したようだが、重症の兵士はまだ起き上がる事すらできない。呪紋も彼らの身体に残ったままだ。


「もう一度……」


「もう魔力が残っていないだろう。せめて明日にしろ。明日やっても治りきれない者は城で面倒を見る」


「そうです、もう十分です!」


 ルーファス様と男爵にそう言われた私は、ゆるく首を振った。救護院の空きは十分にあるとは言えないし、弱っている兵士を長時間移動させるなんて難しいだろう。


「ではせめて、あと少し私だけでも滞在させてください」


「……わかった。だから今日はもうやめてくれ」


 ルーファス様が折れたことで私はようやく地面から手を離した。一気に押し寄せる疲労感に、立つことすらおぼつかない私は、ルーファス様に支えられ部屋を後にした。


 魔力切れを起こした私はそのまま体調を崩してしまった。


 魔法が使えるようになってから何度も経験しているので明日には回復することが分かっているが、村を守るために戦った彼らを治しきることができなかった上、歓迎しようと準備をしてくれた男爵の歓待も無駄にしてしまったと、惨めな気持ちで一杯になる。


(私にもう少し……力があれば)


 自己嫌悪で一杯になっていると、ふいに扉がノックされた。


「フィオナ様、ルーファス様が来てますけど、入ってもらってもいい?」


「え?!……ええ!」


 テオの声に、私は急いで身体を起こし髪を軽く手櫛で整える。

 入浴を済ませたのだろう、軽い装いになったルーファスがワゴンを引いた従者を連れて入ってきた。


 彼は私の寝台の側の椅子に腰掛け、赤い瞳で私の顔をじっと見ながら口を開いた。


「体調はどうだ?夕食も殆ど手をつけられなかったと聞いた」


「あ……あの時はまだ気分が悪くて……でももう大丈夫です。だいぶ回復いたしました」


「そうか……なら少し用意させたのでもう少し食べておけ」


 ルーファス様が従者に合図をすると、彼はワゴンからパン粥と果物を出し、寝台で食べられるよう台に載せて出してくれる。


 私は、ルーファス様に見守られながら少しずつそれを口にした。口の中に優しい味が広がる。


 これより北は、瘴気の影響で植物があまり育たないと聞いた。きっと村人にとって貴重な食糧のはずだ。それを私達のために、と届けてくれたのに好意を無駄にしてしまった気がした。


「ルーファス様、私のことを見守る神について……王都に行けば分かるでしょうか」


「……まだわからない。しかし、可能性はあると思う。王宮には、王族しか閲覧できないような貴重な書物もあるからな」


「私……ちゃんとこの力を使えるようになりたいと思います。ルーファス様の隣にちゃんと立てるように……」


 まるで何かを考えているように険しい表情をした彼は、少しの沈黙の後「わかった」と一言つぶやいた。


 彼は何も言わなかったが、その声は少し張り詰めているような気がした。






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