変化した日常
あれから数日、ようやく落ち着いた日常が戻ってきた。ただ、その日常にはたくさんの変化があった。
イサドラ先生の授業はお茶の作法や食事の作法に合格したことで、授業数を減らすことになった。
今は国の歴史と領地経営の基本を学びながら、週に二日、冬の社交シーズンに向けてのダンスの練習を行なっている。
そして、今まで授業に充てていた時間は、魔法の練習を行うために救護院と孤児院に通うことになった。
浄化の魔法はルーファス様以外の人物に対しても使うことができた。さらに、土地に溜まった瘴気も消すことができるとわかったのだ。
一日しっかり休めば、魔力が回復し、ある程度の瘴気を浄化することができるが、最近は毎日救護院の人々を浄化しながら練習しているため、すぐに魔力が切れてしまう。
「もう少し魔力があればいいのに……」
「フィオナ様は魔力がないわけじゃないと思うよ?」
マロウ畑の雑草を抜いていたリオが、不思議そうに首を傾げながら、手をパンパンと叩き土地を落としながら言う。
すると、私の横にいるテオがうんうんと同意するように首を振った。
「だよな、だって子爵家出身で双子の俺たちより、伯爵家のフィオナ様が魔力が少ないなんて、普通じゃ考えられないもんな。毎日救護院で浄化してるからじゃない?この間魔物で負傷した兵士や騎士も浄化したんでしょ?」
テオとリオの二人はあれから私の護衛騎士に任命されたのだ。
騎士団長は、「こいつらを?!」と嫌そうな顔をしていたけれど、私の浄化の力を知った上で救護院にまでついていける騎士は彼らだけだった。テオとリオはこれでも正真正銘の貴族の子息だ。
子爵家の嫡男として生まれたが、彼らは貴族にとって嫌忌される双子だった。
双子はなんでも分け合って生まれる。魔力も、属性も。子爵家に足る魔法が使えないと、テオとリオは廃嫡となり、ドラクレシュティの騎士になったそうだ。
護衛なんていらないと思っていたけれど、二人の明るさにはいつも救われる。
彼らはいつも飄々としていて、常に前向きだ。そんな彼らがそばにいるようになってから、落ち込むことが少なくなった気がする。
ルーファス様をはじめ、全員がつけるべきと言い張り、テオとリオが護衛してくれることになったことを今では感謝している。
「じゃあやっぱり、魔法自体が不完全なのね…」
「でも、十分すごいよ?ルーファス様の呪紋もかなり小さくなったし、ここのみんなもかなり改善してるんでしょ?」
そう、毎日救護院に通ったおかげで、ミリーのお父様の呪紋は消え、動けるようになったのだ。
瘴気をもう少し浄化できれば、ミリーのお父様は家族の待つ村へ帰れるようになると思う。
それでも、全員をすぐに浄化することはできないから、まだ少し時間がかかるだろう。
ミリーは、お父様が回復したことで、肩の荷が降りたようだった。
今は心から楽しそうに仕えてくれているのだとわかる。
「お父さんが家に帰っても、私はこのままフィオナ様の侍女でいたい」そう言ってくれて、とても嬉しかった。
「あ、ルーファス様だ!」
子どもたちが駆けていく先に目をやると、ルーファス様が坂を降りてきたところだった。
「今日は庭園に昼食を準備させたので迎えに来た」
そう言って私にエスコートの手を差し出す。
もう一つの大きな変化はルーファス様だ。
蝕身病で体が楽になったからか、以前より一緒に食事を摂ることが増えた。
いや、それだけじゃない。こうして迎えに来てくれることも多くなった。
彼のエスコートの手を取り、子どもたちに「また明日来るわね」と声をかけ城へと帰る。
ルーファス様に触れていると、恥ずかしいような気持ちになって落ち着かなくなるので、最近はいつも平静を装うことに必死になってしまう。
庭園に着いた私たちは、東屋の中に準備された椅子に腰掛けた。
ドラクレシュティの夏は思ったよりも暑くない。東屋の中は風が吹き抜けて心地よいくらいだ。
美しい夏の花が東屋を囲むように咲き乱れていて、まるで花束の中に飛び込んだみたいだった。
「夏はこんなに綺麗な花が咲くのですね」
「庭師が、君が前にここで昼食を摂ったと聞いて、美しく整えたそうだ。今が一番の見頃らしい」
「なら後でお礼を言いに行かなくてはいけませんね」
そういうと、ルーファス様は少しむっとした顔になってから、からかうような目つきで口角を上げた。
「一番の見頃に昼食をここに準備させた私には、お礼はないのか?」
そう言われて顔に熱が集まる。
「……ありがとうございます」
彼の顔をまっすぐ見られず、少し目線を逸らしながら答えると、彼は満足そうに食事を口に運んだ。
食事が終わり、お茶を飲んでいると、ルーファス様が思い出したように口を開いた。
「秋の感謝祭までに、ドラクレシュティの土地を君に見せようと思う」
「え?執務は大丈夫なんですか?」
「君のおかげで、寝台で寝転んでいる時間も短くなったからな。それに、ヴィルハイムもいる。少し出ても問題はない。君は領地のことを学んでいるのだろう?図書室の資料だけじゃなく、実際に見た方が色々と学べるはずだ」
その提案に胸が高鳴った。
どこかへ出掛けるなんて、何年ぶりのことだろう。
ドラクレシュティ領の資料にあった、広大な山脈、蓮の森も見ることができるだろうか。
「い……行きたいです!」
「では、近々出るとしよう。用意しておけ」
フィオナの後ろでアンナとミリーは(フィオナ様のおでかけだ!)と拳を握って喜んでいます。
お出かけ準備に腕が鳴ります。