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不完全な浄化の魔法


 部屋に戻った私は、ミリーに風呂場へと連れて行かれた。


 湯船にはたくさんの花が浮かべられており、いい香りが立ち込めている。「ちゃんと疲れを癒してくださいね」と、ミリーに言われ、お湯に浸かった。


「最近、フィオナ様の姿を城内で見ないと、使用人の皆が心配していたんですよ。このお花は庭師がフィオナ様にと届けてくれたものです」


「そう……心配かけてしまったわね。後でお礼を言いにいかなきゃ」


 ミリーは丁寧に私の髪を洗い、ドレスに着替えさせてくれた。準備が整ったのを見計らい、アンナが「お食事の用意ができました」と声をかけに来てくれる。


「あと……」


 アンナは、すごく珍しい物を見たかのように、落ち着かない様子で視線を廊下へとやった。


「どうしたの?」


 そう言って私が廊下に出ると、そこにルーファス様が立っていた。少し恥ずかしそうな様子で、スッと私に手を差し出す。


「エスコート……ですか?」


「それ以外に何がある」


 少しぶっきらぼうに答えたルーファス様は、耳を少し赤くして顔を逸らした。

 

(手、温かい……)

 

 私は温かい気持ちになり、その手を取る。彼の手は、凍てつくように冷たい夜を乗り越えた私の手とは違い、確かな熱を帯びていた。


 そして、二人で朝食をとった後、執務室に再度集まって全員で話し合うことになった。


「では、今回の件について、分かっていることを共有する。身分に関わらず、些細なことでも発言して構わない」


 この言葉はミリーに向けられたものだ。ミリーは城の重鎮ばかりが集まっている場に座らされ、かなり緊張している。

 私はミリーに「大丈夫」の意味を込めて微笑んだ。


「まず、先ほども見せたが、私の呪紋がフィオナの魔法で小さくなった。リオ、最後に治癒の魔法をかけた時、どれほど呪紋が広がっていたか分かるか?」


「呪紋は、右頬の下から右胸……右腕は完全に飲み込まれ、指の先まで広がっておりました」


 その言葉にアンナが口に手を当てる。


「そうだ。今は顔の呪紋は消え去り、腕も半分ほどは呪紋が消えている。フィオナ、もう一度確認するが、君は今まで魔法を使ったことがない。そうだな?」

 

「はい……洗礼式で私は神からの祝福がないと言われております」

 

「では、どのように魔法をかけたのです?」


 騎士団長が両腕を組み、難しい顔をしながら私に尋ねた。


 私はあの時のことを思い出しながら、説明する。


 ルーファス様がいよいよ危なくなったこと、せめて魔力だけでも回復させようと魔力を送ったこと、そして……


「もし……私を見守ってくれている神がいるなら、助けて欲しいと願いました」


「……それだな」


 私の話を聞いて、ルーファス様は何か確信を得たように呟いた。


「フィオナは、魔法をどのようにして使うか分かるか?」


「いえ……私は魔法の勉強をさせてもらったことはありませんので……」


「魔法を使うために必要な要素は、まずは神からの祝福。

 私は火、水、風、土、光、闇……六神から祝福を得ている。ヴィルハイムは火、水、土、光の四神から祝福を得た」


 テオは風、リオは光の祝福をもらっているそうだ。

 そしてアルローとアンナも魔法を使うことができるらしい。アルローは伯爵家の出で、アンナは子爵家の次女だったそうだ。


「そして、魔力。フィオナに魔力があることは、彼女の洗礼式で私も見た。そして知識だ」


 ルーファス様は一枚の紙をテーブルの上に置いた。その手に右手をかざす。


「天の理よ、この地に降りて。我が心、我が手、我が知識に宿り給え。風と火と水の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん」


 彼がそう呟くと、目を凝らさなくてはわからないような淡い緑の光と共に紙はふわりと持ち上がった。それはふわふわと踊るように宙を舞ったと思ったら、突然火がつき燃え始める。


 炎の周りにも淡い赤の光のようなものが見える。光と炎が大きくなったところで、なんの前触れもなく“ジュッ”という音とともに炎は消え、青い光と共に塵がはらはらとテーブルの上に落ちた。


 テーブルの上には最初に置いてあった紙を中心に、円を描いたように煤のような薄い跡が残っていた。


「風で紙を持ち上げ、火で燃やす。火に水をかけると炎は消える。そしてその後には瘴気が残る。その瘴気は、闇の魔力で消し去れる」


 ルーファス様はそのまま手をスッと横に引く。すると、煤の痕が黒い光と共に綺麗に消え去った。


「詠唱は複雑な力を使う時、成功率や威力を上げるために唱えるが、詠唱がなくても使うことはできる」


「水はどこからやってきたんですか?」


 ミリーがルーファス様に質問した。

 私も突然炎が消えたようにしか見えなかった。


「ここにある空気の中だ。空気には水が含まれている。それを知っていれば空気から水を集めることができる。理解していれば…こういうこともできる」


 ルーファス様は立ち上がり、執務室に飾られた花を一本抜き取った。美しく咲いている花は、ルーファス様の手の中でみるみるうちに枯れていく。


 これは花の中の水分を抜き取った、ということだろう。


「あと必要なのは……何か分かるか、テオ」


「神への愛です!!」


 テオの答えに、ルーファス様は顔を顰め、騎士団長は手を額に当てて首を振った。テオはその様子を見て萎れていくように小さくなる。


「祝福を与えてくれた神への信仰と……私は習ったが、私の解釈では“()()()()()()()()()()()()()()()()()()”が必要だと思っている。実際、洗礼式前に私は火の魔法が使えた。

 ドラクレシュティ家は代々火の魔法を使えるからな。必ず火の神の祝福はあると確信していた。しかし、他の魔法が使えたのは洗礼式の後だった。それは、“本当に祝福がもらえているのか”という疑念があったからだと思う」


「では、フィオナ様が呪紋を消す魔法を使っているのは……」


 静かに話を聞いていたアルローが顔を上げた。


「我らが知らない神からの祝福を、フィオナは自分は持っていると確信して祈り、魔力を流した。それが魔法として現れたのだ」


(お母様……)


 母が「あなたはきっと神様に愛されている」と繰り返した言葉は、ずっと私の心の根底にあった。

 

 継父に「神に見捨てられた者」と罵られても、クロエに「魔法が使えない」と嘲笑われても、私はその言葉だけが…心の支えだった。


 それは、呪われたこの世界で、母が私に唯一託してくれた希望だったのだ。

 

 母の苦しみを救えなかった悔しさと、ルーファス様を失いたくないという強い想いが、この力を呼び起こした。


「その力は、フィオナ様とお母様の絆なのですね」


 アンナの言葉がストンと胸の奥に落ちた。そう、母がそう信じてくれたから、私は自分の心を支えられた。

 誰かを恨みたくなるようなことも、自分を信じられなくなりそうな時も乗り越えることができた。


「ただ……フィオナの魔法は完全ではない」


 ルーファス様は真剣な表情でそう続けた。


()()()()()()()()()()()、という部分がとても曖昧なのだ。見守られていることは“知っていても”、“誰が”見守ってくれているのか分からない。だから、たまたまその力が瘴気を消し去る……いや、浄化という言葉の方が正しいな。浄化することを祈り、それに神が答えたことで力を出すことができたが、祈りの形が不完全なため、魔法は不完全にしか発動できていないと考える」


「ということは、私に祝福をくれている神様が何の神様なのか分かれば、もっと瘴気に苦しむ人を助けられるということですか?」


「そういうことになるな」


 私はルーファス様、そしてミリーを見た。私がこの力を正しく使えれば、多くの人を助けられるかもしれない。


「だから、今年の冬の王都にはフィオナを連れて行こうと思う。王族の管理する蔵書に、フィオナの力について何か書かれているかもしれない」


「「かしこまりました」」


 そして、ルーファス様は立ち上がり、私に頭を下げた。

 全員が驚き、私が慌てる中、ルーファス様はまっすぐな声で私に言う。


「フィオナ、ドラクレシュティには時間の無い蝕身病の者、瘴気によって穢れた土地が多い。不完全な魔法が身体に負担をかけることはわかっている。……しかし、どうか力を貸して欲しい」


 その声には、冷徹な悪魔公の面影はなかった。

 代わりにあったのは、これまで一人で全てを背負ってきた人が、初めて他者に助けを求める、切実で、痛みを伴う響きだった。


 私は立ち上がり、彼の前へと行って手を握った。


「当然です。だって、私はドラクレシュティ辺境伯の妻ですから」


 ルーファス様は赤い目を見開き、「ははっ」と声を出して笑った。


「そうだったな」


 ルーファス様はそう言って、私の頬をそっと撫でた。


 




ミリーのささやかな心遣い


 フィオナが入浴を軽く済ませようとするのを防止する為に、お花のお風呂を準備しました。


 フィオナは庭師のお花を無駄にはできません。


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