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魔物の強襲 sidb:ルーファス


 激しい鐘の音が、魔物の襲来を告げている。


 兵士の報告を聞いた瞬間、私の右腕に刻まれた呪紋が、針で刺されるように激しく脈打った。


 全身を焼き尽くすような痛みが走る。

 それでも、表情には出さなかった。


 私が動揺すれば、フィオナや子どもたちが不安に思う。そして、何よりも領主である私が怯えれば、民は絶望する。


(私は……悪魔公だ)


 冷徹な仮面を被り、すぐにでも戦場に向かわなければならない。

 だが、その前に、フィオナの顔を、もう一度だけ見ておきたかった。


「子どもらを屋内にいれたらすぐにミリーと共に部屋に戻れ」


 そう命じ、彼女に背を向けた。

 その背中には、私がこれまでひとりで抱え込んできた、領民を守るための決意がのしかかっている。だが、その重荷は、もう以前と同じではない。



 彼女がくれたマロウという希望は、救護院の患者だけでなく、私自身の心にも光をもたらしてくれた。


「私なら瘴気は闇の魔法で消し去れるし、一瞬でここを花畑に変えられる」


 そう言ったのは、純粋な好奇心からだった。彼女が大切に育てる花を、私の魔法で一瞬にして咲かせられたなら……。


 驚く彼女の顔が見てみたくなった。


 それは、彼女の無垢な善意と、私の持つ闇が交わる瞬間。

 そして、その瞬間に、彼女が私の手を掴んだ。その温かさは、ずっと冷え切っていた心を溶かすようだった。


 私は、もう一度強く大地を蹴り、戦場へと向かう。


「無事に帰らなくては」


 初めて、そんな願いが心に浮かんだ。それは、自分自身のためではない。

 背後で私を見送っている、青い瞳の少女のためだった。





 しかし、希望はいつも簡単に踏み潰される。


 オストピア帝国の国境は大きな山脈に沿っている。前の戦いでその地は今も瘴気がたちのぼる焦土と化していた。

 

 以前は商人が使っていた細道さえも、軍はおろか人が通ることすらできないよう徹底的に消し去り、そこに住む動物も魔物にならぬよう根絶やしにしたつもりだった。


 そのはずなのに……国境の山から魔物が群れをなしてドラクレシュティに向かってきているのだ。


(魔物を作り、意図的にこちらへ放ったな)


 それも一箇所ではない。オストピア帝国は多くの地から一斉に放つことで、こちらの兵を分散させようとしていた。


 一刻も早く討伐し、次に向かわねば魔物の群れが国境近くの村に襲いかかることになる。


 私は馬から降り、風の魔法の力を借りて先陣を切った。

飛び出した私を、いくつもの血走った目が捉え、襲い掛かろうと踏み込んできた。


「天の理よ、この地に降りて。

我が心、我が手、我が知識に宿り給え。

風と火の神の御心に従い、奇跡をこの身に成さん」

 

 私は詠唱し、地面を蹴った。

 弾けた空気が身体を宙へと運ぶ。魔物が大きく口を開けたその中に目掛けて、圧縮された火を放った。勢いよく突っ込んできた魔物は、頭から爆発したように弾け飛ぶ。


 仕留め損なった魔物が向きを変えて再度向かってきたのを、後から追ってきたテオが槍で突き刺した。


「このまま銀山に向かう!麓の村を守りきれ!」


 何時間も国境沿いを駆け回った私の身体は鉛のように重くなり、右腕は焼けるように痛んだ。


(でも、もう少しだ)


 その瞬間、視界が二重になった。

 地面が波打ち、足の力が抜ける。


「ルーファス様!!!!!!!!!!」


 テオが風の魔法で駆けてくるよりも早く、魔物が右腕に喰いついた。魔物の唾液が焼けるように皮膚を焼き、刺さる牙から鉄砲水のように瘴気が押し寄せてくるのを感じた。


 私は左手でナイフを抜き、魔物の心臓目掛けて振り上げると、魔物は断末魔を上げて絶命する。


 テオが襲いかかったもう一匹を素早い動きで仕留めているのが、視界の端に見えた。


「ルーファス様!すぐ治癒を!」


 リオが駆け寄り、私の腕を持ち上げシャツを裂いた。

どくどくと流れる血を止めようとしたリオは目を見開いた。


 そこにはすでに醜く浮かび上がる呪紋が広がっていたのだ。


 血を止め、傷を治癒する光の魔法の代償は、治癒した分だけの瘴気を身体にも与えてしまうことだ。


 血を失って死ぬか。

 瘴気で死ぬか。


 どちらにしても助かることはない。

 真っ青な顔で動きを止めたリオに最後の命令を下す。


「……治癒してくれ」


 フィオナにもう一度会うことは、もう望まない。

 でもせめて、彼女のいる城で死にたかった。


(もしかすると、最後に声くらいは聞けるかもしれない)



 久しぶりに見上げた夜空には、満天の星が輝いていた。


 

 昔は星を見ることはあっても、こんなに輝いて見えることはなかったと思う。


 私は、目を閉じ、その光を瞼の裏に焼き付けた。





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