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魔物の強襲


「できたー!!」

「フィオナ様、いつお花が咲くの?」


 孤児院の子どもたちは、今植えたばかりの種を不思議そうに覗き込んでいた。


 孤児院の隣に作られたマロウの畑。


 小さな子どもたちは石を運び、大きな子どもたちは自分と同じ背丈もある道具をふるって、一生懸命土を耕した。

 その話を聞きつけた、救護院に家族を預けている使用人や騎士、兵士たちも、空き時間を見つけては手伝いに来てくれるようになった。

 

 おかげでどんどん人が増え、あっという間に大きな畑が完成したのだ。


 今日はそこに種を植えた。あとは毎日水をあげて世話をすれば、秋の半ばには畑いっぱいにマロウが花を咲かせるはずだ。


「ちょっと光の魔法かけてみる?そしたら芽くらいは出てくるかもよ?」


「バカ!ここでしばらく育てるんだから、瘴気が出るようなことすんなよ!」


 子どもたちに混じってじゃれ合っているのは、ドラクレシュティ騎士団の騎士だ。

 二人ともこの国では珍しい双子で、薄い黄緑の髪と青い目をしていて、全くそっくりな見た目をしている。


 彼らは救護院に家族がいるわけでも、この孤児院出身でもないらしいが、「フィオナ様が面白いことをやってるって聞いて!」と手伝いを申し出てくれた、少し変わった青年たちだ。


 お城で魔法を使える憧れの騎士が、子どもたちを押しのける勢いで楽しそうに畑を耕すものだから、子どもたちはすっかり彼らに懐いてしまった。

 じゃれ合う二人を見て、みんながくすくすと笑っている。


 その時、さっきまでじゃれ合っていたテオとリオが、何かを察知した猫のようにピクリと反応して礼の姿勢をとった。 

 

 その方角に目を向けると、ルーファス様が坂を降りてくるのが見えた。


「どんな調子だ?」


「あのね、さっき種を植えたの!」

「秋になったら花が咲くんだって!」


 現れたルーファス様に、子どもたちは一斉に駆け寄って口々に話し始めた。それを見たテオとリオは、子どもたちの襟を子猫を捕まえるようにぐいと引っ張る。


「こら待て、お前ら。ほら、ルーファス様はフィオナ様に用があんの!話の邪魔になるから、あっちに行くぞ」


「騎士団のエリート、テオとリオ様から直々に剣の稽古をつけてもらえるのは早い者勝ちだぞー?お前らいいのかー?」


 その一言で、子どもたちは一目散に孤児院へと駆けていった。取り残されたミリーは「あっ!私、救護院の方に今日のマロウ茶を届けて参りますね……!」と小走りで子どもたちの後を追う。



 マロウ畑の前には、私とルーファス様二人だけが残された。


「あ……あの。先ほど子どもたちも言っていたのですが、今日畑に種を植えました。秋には収穫できると思います」


「そうか……こちらも、なるべく早くドラクレシュティの各地でマロウを育てられるよう働きかけている。

 あと、王都にも情報を提供し、向こうの薬師がマロウの研究を開始する運びとなった」


「そうなんですね!ありがとうございます。これで少しでも蝕身病に苦しむ人たちが楽になれればいいのですけど」


 そう言って、私はマロウの種を植えたばかりの土を見つめた。すると、そこに彼の手がかざされた。


「光の魔法でもかけてみるか?私なら瘴気は闇の魔法で消し去れるし、一瞬でここを花畑に変えられる」


「ダメです!」


 私は咄嗟に彼の手を掴んだ。


 フッと彼から笑いが漏れる音が聞こえて、横を見ると、彼が目を細めて押し殺すように笑っている。


「と……当面のマロウはありますし、魔法を使わなくてもちゃんと秋には育ちます。だから……」


「わかってる。冗談だ」


 そう言った彼と目が合った。そこには、今まで見たことがないような、からかう楽しげな瞳があった。


 私は思わず恥ずかしくなって、彼の手を離した。


「からかったんですか?」


「だから謝っただろう」


 彼はまだ楽しそうに笑っていた。

 私は少し口を尖らせて、楽しそうに笑う彼の顔から目を逸らし、再び地面を見た。


「ありがとう、フィオナ」


 聞こえるか聞こえないか、そんな小さな声が私の耳に届いた。

 ただ、その一言には彼のたくさんの想いが詰まっているような気がした。

 

 心が温かい何かで満たされていく。

 

 これまで誰からも感謝されたことのない人生だった。冷たい言葉を吐き続けた継父も、継母も、クロエも、私をただ邪魔な存在としか見ていなかった。だから、彼のたった一言が、私の心に深く染み渡ったのだ。


 私は思わず嬉しくなって、同じように小さく「はい」と答える。


「マロウの茶だけじゃない。救護院に通う使用人たちにも色々とアドバイスをしていると聞いた。なぜ、こんなにも君は蝕身病に詳しい?」


「それは……」


 私はそっと髪のリボンに手を添えた。お母様と過ごした、あの小さな小屋での日々を思い出す。あの苦しかった日々は、何もない私の背中を押し、ここで役立つ力をくれた。


「母が蝕身病だったのです。長い間苦しみ、呪紋が広がり、やがて亡くなりました」


「そうか……」


 私の頭に、ぽんぽんと、あの日々を労うように彼の温かい左手が降ってきた。


 その時、大きく激しい鐘の音が辺りに響き渡った。


 私の頭に手を置いていたルーファス様の手が離れ、彼は厳しい顔で立ち上がる。

 テオとリオが走ってこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。そして、兵士の一人が全速力で孤児院への坂道を下ってきた。


「魔物が!国境沿いのあちこちから出ています!」


「情報を集めろ!テオ、リオ!すぐ出陣する!騎士団に伝えろ!」


「「はっ!」」


 ルーファス様はすぐさま命令を出し、振り返って私を見た。


「フィオナは、子どもらを屋内にいれたらすぐにミリーと共に部屋に戻れ。ヴィルハイムの指示を聞き、連絡があるまで部屋を出るな」


 そう言って彼は戦場へと駆けていった。


 彼の背中を見送ると、私の心臓は激しく高鳴った。


(どうか……無事でいて)


 彼の痛みや苦しみを、私はまだ知らない。


 けれど、彼の背中は私がこれまで見てきたどの人物よりも、頼もしく、そして切なく見えた。


 

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