表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残虐非道な悪魔公と神に見放された伯爵令嬢のやり直し婚  作者: 白波さめち
プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/77

プロローグ side:ルーファス


「ルーファス様。私達は人間じゃない。全て貴方の駒だと思え」


 肺から漏れる空気の狭間で、絞り出されたエルマーの声。


「悪魔にならなきゃ誰も救えない。貴方の優しさで全員が死ぬぞ」


 死の際で、彼は俺の襟を掴み血を吐きながらそう言った。


 領地で働く貴族達。

 魔法を使える者達は全員戦場に送った。


 そうしなければ北西の街道を抜けて突然現れた大量のオストビア帝国の軍勢に、ドラクレシュティの領地は一瞬で飲み込まれてしまう事は、火を見るより明らかだったから。


 ただそれだけでは甘かった。

 甘かったのだ。


 隣国と繋がる街道沿いには沢山の村や街がある。

 どこも人が、民が暮らしている。


 全てを守ろうとして薄く広げた陣形は一瞬で崩された。

 村や街は蹂躙され、貴族も兵も多くが死んだ。


『ルーファス様は自分を誇ってください。沢山の神から祝福を頂いた事は決して悪い事ではございません』


 母から疎まれた俺の頭を優しく撫でてくれた、ペンだこのあるエルマーの大きな手。

 

 それが今――俺の胸倉を掴んでいる。

 涙を流し、血を吐きながら、必死の形相で俺を見据えている。


 彼の瞳の中に、大切な者を失う事を恐れる――怯えた俺の姿が映った。


 エルマーの隣で戦っていた彼の息子は既に死んだ。

 即死だったと聞いた。

 二人とも、突然領地を継ぐことになった私を近くで支えてくれた忠臣。

 

 全部――俺のせいだ。


 黒い闇が私の心を飲み込んでいく。


 エルマーは苦しさも痛みも叫ぶ事なく、そのまま俺の腕の中で息を引き取った。


 この罪をどう償えばいいだろう。

 どうやって残された者を守ればいいだろう。


 『悪魔にならなきゃ誰も救えない』


 そう叫んだエルマーの言葉が脳裏に響く。


 『貴方の優しさで全員が死ぬぞ』


 その声と共に、失った人々の顔が脳裏に浮かぶ。

 それと同時に、流れかけた涙が泡沫のように消えていった。


 ガシャガチャと靴音を響かせて、伝令の兵士が司令部へと飛び込んでくる。


「援軍!ドラクレシュティ領に到着致しました!!」


 空気を裂くように放たれた言葉に、周囲の者はホッと息を吐いた。

 

 《《私は》》エルマーの遺体をゆっくりと地面に降ろして立ち上がる。

 

「すぐに今広げている陣形を、ドラクレシュティの要所である銀山へと続く街道沿いに集結させる」


「援軍の配置が整うまで時間がかかります!配置が整ってから……」


「南下の道を囮にし、援軍とぶつけさせろ。周囲の村と町は捨ておけ!」


 その号令に全員が息を呑んだ。


 村や町は援軍の配備が早期に整えば救われるし、間に合わなくても、突然開いた南下への道にオストビア軍を誘導させることが出来る。


 今後のオストビア帝国との戦いに備えて、銀山を守り切る事は必要不可欠だった。


 これは、より多くの命、国を守る為には必要な犠牲だ。


「全員早急に動け!これは命令だ!!」

 

 私の声は肉を裂くような冷たい刃の音を立てて、静まり返った司令部に響き渡った。


 周囲の騎士や伝令たちは、一斉に膝をつき、命令の冷酷さに反抗する意志がないことを示す。

 そして彼らが顔を上げた瞬間、底知れぬ恐怖が混ざり合った、複雑な眼差しが私を貫いた。


 人の皮を被ったまま、悪魔へと変貌を遂げる。

 その決意を胸に灯して、私は彼らの瞳を真っ直ぐに見返した。

 


 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 

 血と焼けた肉の匂いが風に乗ってここまで届いた。


 かつては人々が行き交い栄えていた国境沿い。


 それが今は、見渡す限りの血の赤と灰色の大地に染まっている。

 

 立ち上る黒い瘴気の粒子。

 それらが逃すまいと生きた我々の足へと纏わりついた。


 地面に転がるのは黒く焼け焦げた敵国の人間。


 生きているものは呻き声を上げながら、ただ水を求めている。


「終わりましたね」


 隣に立った騎士団長は、ただ酷く疲れきった顔で黒い肉が転がる灰色の大地を見つめた。

 私と彼の後ろでは、騎士や兵士たちが歓声を上げている。

 

「ルーファス様。貴方は立派に領地と国を守られた。貴方は国を守った英雄です」


 騎士団長は私に向き直り跪いた。

 私を見上げる彼の瞳には、敬愛と憐れみが入り混じっているのが嫌でも伝わってくる。

 敵国の兵だけでなく、国内の貴族達からも私が「悪魔公」と呼ばれていることを気に病んでいるのかもしれない。


 ただそれに何も感じない。


 忠臣、騎士、兵士、民を失う度に感情を殺してきたせいだろうか。

 

 戦争が終わった。

 それだけの出来事が節目として心に刻まれただけ。


 多くの人や土地や物を奪ったオストビア帝国。

 目の前で焼け焦げたその敵国の兵士にすら、何も感じない。


 ――恨みも、怒りも、悲しみも、喜びも。

 

 全て消えてしまった。


 ただ次の『やるべき事』だけが脳内を占めていく。


「城に帰るぞ」


 灰色の大地に背を向けた私の腕を、騎士団が「お待ちください」と掴んだ。

 

「亡くなった者の死を弔いましょう」


 戦争は人の心に多くの爪痕を残す。

 この度、オストビア帝国が我が国に対して起こした侵略戦争。オストビア帝国と接するドラクレシュティ領はあまりに失ったものが多すぎた。


 だからこそ――。

 戦争が終わった今、人の死を弔い心を癒す時間が必要なのだと彼は語る。


「お前達で行っておけ。私にそんな無駄な時間は必要ない」


 国境沿いの村、街道沿いの村や町は酷い有様だ。

 犠牲者を弔う時間なんて無駄でしかない。


 背を向け歩き出した私の背中に「ルーファス様」と呼び止める声が聞こえた気がしたが、その声は周囲の歓声に掻き消されていった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ