匿名の手紙
木曜の朝、学園の掲示板に匿名の手紙が貼られていた。
「聖女リリィは偽物。彼女の浄化は嘘。ヴィクターの死が証拠。」
――この筆跡、どこかで…。
だが、クラスメートの誰の筆跡でもない。どこで見たのかも思い出せなかった。
――誰だか知らないけど、面白いことするじゃない!
生徒たちがざわつき、リリィ自ら慌てて手紙を剥がす。だが、噂は止まらない。
「聖女様が浄化できないなら、モーリス様やヴィクター様は…?」
「リリィ様、もしかして…人狼?」
その場にいたダミアンがリリィを公然と糾弾し始めた。
「リリィ、君の浄化は嘘だったな。ヴィクターが死に、マチルダが処刑された。…君自身が人狼じゃないのか?」
彼の声は冷たく響いた。生徒たちが息を吞む。リリィはハンカチを握りしめ、涙目で訴える。
「ダミアン様、ひどい…! 私はただ…!」
ふふ、ダミアン、鋭いけど的外れよ。本物の人狼は、私なんだから。
私は扇を開き、静かに口を挟む。
「ダミアン様、リリィさんが人狼かどうかはさておき、彼女の浄化が嘘なのは確かですわ。」
ダミアンが勝ち誇ったような目をこちらに向けてくる。
「…でも、ダミアン様、あなたの暗躍も忘れてませんよ。私の悪評を流したのは、あなたよね? 」
クリスティーネの言葉に、ダミアンの目が見開いた。生徒たちがざわつき、ダミアンの信頼も揺らぐ。
――ようこそ、疑心暗鬼のスパイラルへ。
勝利を確信したその時、クリスティーネは、突然後ろから肩を叩かれた。
クリスティーネに緊張感が走り、首筋から冷や汗が垂れた。
――誰かしら。私が人狼だって、気づかれた?それとも、怪文書の作者?
意を決してゆっくり振り返ると、そこには第1王子リチャードが立っていた。
「話は全部聞いたよ。うちの弟が大変な失礼をしたね。…申し訳ない。」
リチャードは深々と頭を下げた。
「リチャード王子、顔を上げてください!」
怪文書で野次馬が集まっている中、こんな所で王子様から謝罪をされたら、嫌でも注目の的だった。
「だって、余りに失礼でしょ。婚約破棄したと思ったら、復縁の申し込みなんて。僕なら絶対にそんなことしない。」
いくら政略結婚だろうと、いや政略結婚だからこそ、相手の顔に泥を塗ってはいけない。しかも、クリスティーネは公爵家の令嬢。彼女の父の機嫌を損ねれば、王家は大きな後ろ盾を失うことになる。
そして、王子であるレオナルドの判断は、王家の総意として扱われる。婚約破棄、復縁などと、王子がコロコロと立場を変えれば、結果的に王家自体が優柔不断だとみなされる。
家同士の問題だし、兄として謝るのが筋なのだろう。
だが、そこには謝罪するべき人間、レオナルドが居なかった。
「リチャード様の問題ではございませんのに、謝罪まで…。私には勿体ないことですわ。ところで、レオナルド様はどちらに?」
こちらも低姿勢に返すが、あくまでレオナルドの問題として責める姿勢は崩さない。
リチャードの目を見つめる。彼の目はやはり微笑みを浮かべているが、目の奥は探るような目つきだった。
――リチャード、どこまで知っているの…?




