浄化の祈りをしてくださらない?
6月4日、木曜日。
昼休み、エリザベスに呼び止められた。
「クリスティーネ様、少々お時間を…」
「個人的な話なら、寮のあなたのお部屋でどう?」
クリスティーネが先回りすると、エリザベスは目を丸くした。
――だって、前回のループでもう知ってるからね。
それに、今回はボブからもう噂の詳細も聞いていた。
――持つべきものは、友達ね。
だが、エリザベスが動揺したのはほんの一瞬。彼女はすぐに頷いた。
「では、放課後、あなたのお部屋で。」
と約束を取り付けたものの。放課後、邪魔が入ることとなった。
放課後、エリザベスの部屋へと女子寮棟に向かうタイミング。渡り廊下で運悪く足止めを食らった。リリィの一団と遭遇したのだ。
「クリスティーネ様って…怖ぁい…。邪悪な気を感じるの。」
怯えたフリをして、レオナルドの右腕に胸をピタリとくっつける。きっと確信犯だ。レオナルドもデレデレして、鼻の下が伸びている。ダミアンは1歩引いているけれど、ヴィクターは今にも剣を抜きそうだ。
「ねえ、あの悪役令嬢が人狼かしら?」
リリィの声が一段下がって、最初の断罪の時のように問いかけをする。
渡り廊下にいた生徒たちがざわつき、中庭からも人が集まってきた。全員、疑いの目線でこちらを見てくる。
「ねえ、あの人でしょう?リリィに脅迫状送った女。」
ヒソヒソと声が聞こえてくる。
「動くな!」
ヴィクターが怒鳴りつけ、剣を抜いた。
――冷静に考えたら、ありえないわね。近衛騎士が王子の婚約者に剣を向けるって。
これも愛のなせる業?。
――人狼劇場の証拠になるだけなのにね。
このまま通り過ぎれば人狼だと断罪する証拠を与えることになる。だから、引かない。
「人狼、クリスティーネ様かしら。」
「聖女様がそういうんだから、きっと人狼よ。」
「まさか、未来の王子妃が?」
――全部聞こえてるわよ!
「あらあら。私、レオナルド様の婚約者よ。その剣をしまいなさい!」
クリスティーネの冷たい気迫に、ヴィクターが仕方なく剣をしまう。
身の危険が去ったことを確認してから、クリスティーネは、野次馬に向かって淑女の礼をした。単なる野次馬でも、彼らは人狼劇場の観客だ。
「リリィさん、浄化の祈りで、人狼を浄化できるのよね。」
「そう。凄いでしょ?」
「その浄化の祈りというものを、私にもやってくださらない?」
「え…?」
突然の提案に、リリィが固まる番だ。
「だって、人狼を浄化できるんでしょう?それで皆さんの不安が取り除けるなら、ぜひ私を浄化していただきたいの。それに…。」
クリスティーネは注目をより集めるために、扇を広げた。
「私、人狼ではありませんもの。浄化の祈りを受けたって、消えたりしませんわ。その祈りを受ければ、皆さんの前で私の潔白が証明できるのでしょう?ねえ、皆さんも、その方が安心ですわよね?」
辺りがざわめく。きっと予想外だったのだろう。
「さあ、ぜひ祈ってくださいな。今、ここで。」
注目を浴びている場で堂々と宣言をしてしまう。私が潔白というのも嘘だが、聖女の浄化も嘘だ。
――嘘には嘘で対抗します!
「わ…私の聖力では…力不足で…個別にかけられるほどの力はないから。」
しどろもどろに言い訳をしているリリィをよそに、クリスティーネはヴィクターに問いかけた。
「ヴィクター、あなたの騎士道、どこへ行ってしまいましたの?」
ヴィクターはハッとし、そして、渋々ながらひざまずいた。さすがは近衛騎士、ひざまずくその姿勢はとても凛々しかった。
「…クリスティーネ様。この度の無礼、心よりお詫び申し上げます。」
声には不満がにじみ出ているが、とりあえず謝罪を引き出せれば今回は上出来だろう。
「ええ、分かればいいのですわ。」
リリィと残りの2人は睨みつけるだけで、それ以上は何も言わずに去っていった。
邪魔者たちにずいぶんと時間を取られ、慌てて女子寮棟に向かったけれど、結局約束の時間には間に合わず。
――あの恋愛脳たちのせいで。
「遅れてごめんなさいね、エリザベス様。」
エリザベスの部屋に入るや否や、彼女は泣き崩れた。
「私が信頼できるのはもう、クリスティーネ様しかいないんです…。」
貴族らしからぬ号泣ぶりに、クリスティーネは背中をさすりながら、彼女の相談を聞いていた。
「ダミアン様が…ヒック…私のことを…!」
前回のループと同じ展開で、泣きじゃくりながら話すエリザベス。ダミアンが私たちを陥れるために、悪評を流しているのだ。
「聞き及んでおりますわ。ダミアン様が婚約破棄を企て、聞き込みをしているのでしょう?」
次の私の言葉に、エリザベスが驚いたのが印象的だった。
「たしか『どんな小さなことでもいい。クリスティーネ公爵令嬢やエリザベスの欠点、悪事を教えてほしい。』って聞きまわっているんでしたっけ?卑劣極まりないですわよね。」
「え、どうしてそれを…?」
――ふふ、2回分のループ知識は伊達じゃないからね。
「金の髪飾りの件も、ね。」
リリィが校則違反の髪飾りを身に着けていた話も、知っていることを匂わせる。
本来、クリスティーネへの贈り物だったはずの髪飾り。下級貴族には許されていない、金のものだ。レオナルドがリリィに横流ししたらしい。
――ムカつく話だけど、使える情報は使わなきゃ。
「お互い、頑張りましょうね。」
泣きじゃくるエリザベスの背中をさすりながら、クリスティーネは内心でほくそ笑む。ダミアンの暗躍、リリィの偽善。これをどう料理してやろうかしら?