ゲームの開幕
6月1日、月曜日。
朝、モーリスが死体となって教室に転がっていた。ゲームのルール上、誰かが死なねば始まらないし、モーリスの死は確定していた。
――分かってはいても、内心のワクワクが抑えられない。だって、今度からは私がその「誰か」を選べるのだから。
殺した記憶はないけれど、死体を見た時の抑えられないこの高揚感、確かに人を殺さずには居られない呪いというのは本当のようだ。
人狼の力が最大化するのは、日曜から月曜に変わった瞬間の真夜中だという話を思い出した。
――月が人を狂わせるなら、今の私はまだ冷静な方なんだろうな。
それから、クリスティーネは辺りをゆっくりと見回した。人数は変わらず10名のまま。聖女様が期待していた、隠しキャラ第1王子リチャード出現には失敗したらしい。金髪で笑顔の糸目キャラの姿はなかった。
――隠しキャラは無理だったねー。ざまぁ!
「リリィさん、大丈夫? こんな恐ろしい場面…可哀想に。」
婚約者レオナルドの隣に立つリリィに、前回同様、猫なで声で話しかける。
リリィが儚げな表情をして、顔を上げた。しかし次の瞬間、彼女が私の耳元に近づき、誰にも聞こえない声で囁いた。
「レオナルド様の婚約者なんて、邪魔なのよ。人狼かどうかに関係なく、必ず処刑してやる。前回はよくもやってくれたわね!」
その目は蛇のように冷たく、背筋に寒気が走った。
――やらなければ、こっちがやられる。
格段に難易度が上がっている。だが、泣き言を言っている暇はない。
「あの、私…モーリスが死んで、悲しくて…」
さっきの本性はどこへやら、今度はリリィが大粒の涙を流し、更には祈りを捧げ始めた。今までやったことのないムーブまでかまして、聖女らしさを演出しているのだ。
――本物の悪女って怖いわ…。
「やっぱり、聖女様だ。」
「リリィ様!」
「さすが!」
と、何も知らない周りはコロッと騙され絶賛中。
レオナルドに至っては、デレデレと彼女の頭を撫でている。リリィが私に勝ち誇った笑みを向けてきた。
――もう、その裏の顔も散々知ってるからね。こちらからしたら気持ち悪いだけなのよ。
「さっさと誰か吊って、人狼の出方を伺おうぜ!」
礼拝堂に移るやいなや。近衛騎士ヴィクターが、獣のような目で周囲を睨む。たまたまヴィクターとジョセフィーヌとで目が合った。彼女は前回の人狼では初日に処刑された人だ。可哀相に、彼女は震えていた。
「一つ、ご提案がございます。」
クリスティーネは優雅に扇を広げ、皆の視線を集める。
「今回の人狼裁判、誰かを処刑することに反対ですわ。」
レオナルド王子、近衛騎士ヴィクター、伯爵令息ダミアンの恋愛脳の御一行が、揃って不信の目を向けてきた。だが、下位貴族のモブキャラたちは安堵の表情だ。だって、権力の弱い下位貴族なんて無実の罪を着せるにはちょうどいい存在だから。
特にジョセフィーヌの熱い視線が心地良かった。
――今度こそ助けるからね。
「人狼を放置するのは危険では?」
ダミアンが眉を寄せ、探るような口調で言う。さすが、頭の回転が速い。
「危険なのは承知の上。ですが、誤って無実の者を処刑すれば、モーリス様に続く犠牲が出ます。それでもよろしいの?」
クリスティーネは扇で口元を隠し、微笑む。拍手が沸き起こり、処刑なしが多数決で決定。
ちなみにクリスティーネに投票したのはダミアンとリリィ。ジョセフィーヌに1票入れたのはヴィクターね。覚えておくわよ。
「クソ!怪しい動きをする奴が居たら、次こそ処刑してやるぞ!」
去り際にヴィクターが吠えていた。典型的な負け犬の遠吠えってやつだった。
「まあ、恐ろしいこと。」
「本当に。」
エリザベスと隣あって、ひそひそと話していた。
――リリィが白判定したのは、これね。
クリスティーネとエリザベス、2人とも人間の時には、連れ立って辺りを眺めている。確かに前回のループでもエリザベスが隣にやってきて、人狼かどうか判定するために会話をしたのだった。
今回は人狼判定を利用して、エリザベスの隣へと動いた。普通ならこれで人間確定だが、リリィは私を処刑する気らしい。絶対に気は抜けない。