番外編 ある王女と第二の性 前編
2024年のクリスマス番外編です。
皆様、メリークリスマスです。
クリスマス記念の番外編を書こうと思ったのですが、残念ながらアンディザの世界にはクリスマスの概念が無いので、代わりにオメガバースパロディの番外編を書きました。
オメガバース(←これ詳しく知らないけど気になる! という方は「オメガバース」でお調べください。)を基に、ある程度の用語解説・世界観解説はしつつも、独自設定もりもり癖強めな『しぬしあdeオメガバースパロ』に仕上がっております。
※クリスマス要素は皆無です。
※本編最新部分までのネタバレを含みます。
※オメガバースパロディになります。苦手な方は三話程スキップ推奨です。
※本編軸とは少しズレた位置の、どこかに在るかもしれないifの世界のお話です。よろしくお願いします。
※本当になんでもいける方向けです。大丈夫な方は、このままこの番外編をお楽しみいただければ幸いです。
第五章・帝国の王女 第六節・残星の夢醒編 684.Main Story:Ameless2 までのネタバレを含みます。
或る日。神々はこう考えたとのこと。
────人間って、なんか単調で面白くなくね?
男と女。親と子。そんなありふれたありきたりな関係ばかりの子供達(自らのことは棚に上げているのである。)に何かしらの刺激を与えようと、神々は不可思議な試練を与え賜うた。
それが、第二の性。──第二類性別種である。
♢
アミレス・ヘル・フォーロイトは生まれながらにαだった。母親はβだったそうなのだが、生まれ持ったその血筋故か、当然のようにαとして生まれたのだ。
しかし、まあ、ややあって。大国の王女という血統が保証されたαであるにもかかわらず、冷遇されていた。そんな彼女だが、ある日大きな転機を迎え、第一の性すら持たぬ特異な超美形精霊と、第二の性を持たないイケメン精霊、そして到底一般的な人──βとは思えぬ有能美人侍女と共に、第二の性に翻弄されることなど無い、平穏な日々を過ごしていた──……。
「私の周りって、基本的にαしかいないのよね。だって関わってる人のほとんどが貴族かつ重要人物だもの」
「おうそうだな。お前さんも、そしてもれなく俺も、エリート部類のαだ。おかげさまでΩの女が寄って来た時とか、密かにゲボ吐きそうになってる。いつも」
紅茶を味わいつつ、アミレスはため息をこぼした。彼女の言葉に賛同し、それを遮るように語り出したのは、この世界では常識でもある第二類性別種に人一倍詳しい、カイルだった。
「貴方、本当にこの世界で生きるのが大変そうね……」
「発情期の女が半径五十メートル以内に近づいてきたら、その瞬間に吐きそうになるんだが……まあこれはこれで、レーダーみたいで便利っちゃ便利なんだよ。でも俺が女のせいで苦しむのは普通に癪なので、抑制薬をオールデイズ・オーバードーズだぜ☆」
「それいつか本当に死ぬわよ」
「マジでそれな〜〜。兄貴とコーラルには『早く番を作った方がいいんじゃ』とか言われてるけどさぁ、番とか無理無理。俺、女は勿論のこと、多分男も抱けねぇし。誰かと番う未来とかマ〜ジで想像できん。だから耐えるしかねぇんですわ」
『番』とは、αがΩのうなじを噛むことで成立する、生涯を懸けた最上級の契約である。これは異性間でも同性間でも成立し、番解消の権利は基本的にα側にしか無い、何とも一方的で理不尽な契約だ(カイル談)。
なお。この番契約だが、実はαとβ、αとαの間でも成立はする。だがそれはΩ相手のそれ程の強制力はない。
番とかやってらんねー。とぼやきつつ、カイルは「あ、でも」と続けた。
「俺、多分お前とマクベスタなら抱ける。つぅか抱かれたい。推しに抱かれるとかオタクの夢じゃん?」
「まさかの夢主志望。マクベスタはともかく、私がどうやって貴方を抱くのよ。……“抱く”って、あれでしょ? やっぱりその……えっちな方向性のやつでしょ? 性別的に不可能だと思うけれど」
「そこはまあ、気合いで。ほら、BLでもさ、ケツで抱くタイプの受けとかいるじゃん。あれカッケェよな。マジで男気感じる。まさにあんな感じ」
「微妙にわかりやすいたとえだなぁ……というか貴方、どうしてBLまで通ってるわけ? 逆に何なら通ってないのよ」
完全に話が脱線しはじめたが、二人は特に気にする様子もないまま、歓談する。
「仕方ねぇじゃん。好きな漫画の推しも、ソシャゲの推しも、二次創作だとNLカプよりBLカプの方が多かったんだよ……あと普通に、ビジュ良いなーって目つけてた特撮俳優が昨今のBL漫画のドラマ化ラッシュで、主演とかやってたもんだから……原作を履修したりして……自然と…………」
「腐ったと」
「NLにはNLの良さ。BLにはBLの良さ。GLにはGLの良さ。三者三様。みんな違ってみんな良い。俺と神作と神作家と。俺はイチャラブハッピーエンドならどんな組み合わせでもイケます。可哀想なのは地雷です」
「潔いなぁこのオタク」
と、話がひと段落ついたところで。脱線させた責任を取るかのように、カイルが話を戻した。
「そんで? なんで急に改まってαしかいないーとか言い出したんだ?」
「あぁ、それは……私がαで、周囲の人がβないしΩなら、まだ納得はできたんだけど。どうにも腑に落ちないことがあって」
「どしたん、話聞くで?」
「……まあ、なんと言いますか。私……その、告白、されてるのよ。男性に」
「ウンウンそうだなっ!」
ごにょごにょと切り出したアミレスを見て、カイルはここぞとばかりに目を輝かせた。その声は露骨に浮かれている。
「でも、私に告白してきた人達は……揃いも揃ってαなのよ。どうしてなの? もしかして私ってΩなの? 知らない間にフェロモンとか出ちゃってるの??」
「別にいいじゃん。俺は好きだぜ、α×αのカプも。そこに愛があるなら万事オーケイ」
「いやそこじゃなくて……どうしてαの彼等が、αの私を選んじゃったのかなって……αにはΩの番がいるものなんでしょう? 運命の相手、ガン無視じゃない」
「お前って意外とロマンチストだよな。まあ、この階級社会においては、俺達の知るそれよりもΩ性への差別や偏見が酷く、運命の番なんてものもあってないようなもの。アイツ等も、その前提で運命より恋を選んでんじゃねぇーの?」
男女問わず発情期というフェロモンを過剰に分泌する一種の発情状態が周期的に訪れる、繁殖に長けた性質を持つΩ性は、この世界における第二類性別種のヒエラルキーにて下位に位置する。
特に、αが多い貴族社会では、Ωという稀有な存在は奴隷以下の家畜同然に扱われることもしばしば。酷いものだが、それがこの階級社会の実情なのだ。
「そういうものなのかしら。でも、いつ運命の番と出会うかなんてわからないのに、よくそんな博打に出られるわね。話に聞く限りだと……運命の番と出会ったら人生が薔薇色になるとか、世界が変わるとか、とにかく良い話ばかり聞くけれど」
「カルト宗教の謳い文句じゃあるまいし。そこまでじゃないっしょ〜〜。つーかここの第二類性別種は、運命の番に出会う前に別の人間と番になると、仮に運命の相手と出会っても、相手はともかく自分はそれに気付けなくなってしまうんだとよ。所感だが、アイツ等は虎視眈々とそれを狙ってるぜ」
「? なんで?」
稀代の鈍感娘たるアミレスは、相も変わらず周囲の男達が己に抱く想いの丈を見誤っているようだ。それを察したカイルは、渋い顔でやれやれ、と肩をすくめて告げる。
「そりゃあ、運命の番とかいうどこの馬の骨ともしれぬΩの輩に、お前を奪られないようにする為だろ」
「ええぇ。そこまでするぅ?」
「するんだなァ、これが。お前はアイツ等の執念舐めてるよ。べろんべろんに舐めてる。許されるなら今すぐにでもお前のうなじを噛むだろうよ、そこらじゅうにいる狼共が」
「なんて恐ろしいことを……怖がらせた責任を取って守りなさいよ。私の猟師になりなさい」
「ワァオ⭐︎ 王子から猟師にジョブチェンジたぁ、流石の俺も驚いたぜ」
鷹揚に言いつつも。満更ではないようだ。当然のようにアミレスに頼られたことが、相当お気に召したらしい。ほんとう、面倒くさいし厄介この上ない男だ。
っと、そこで。二人の元へ予期せぬ刺客が訪れる。
「ボクの可愛いアミィ! そこの肉塊とどんな話をしてたんだい?」
長椅子に座るアミレスを、ぎゅうっと後ろから抱き締めて、オーロラのごとき長髪を持つその美の化身は微笑む。「ついに肉塊呼びになったな……」とのカイルの呟きはスルーして、アミレスは答えた。
「第二類性別種について話していたの」
「おめがばーす? 何それ?」
「ほらアレですよ。人間にだけあるっていう、二つ目の性別。三種類ぐらいあるらしいですよ」
「へー。神々共の娯楽?」
「身も蓋もないですが、その通りっすねー」
聞き慣れぬ単語に首を傾げるシルフと、その疑問にすかさず答えるエンヴィー。軽妙洒脱な彼は、どうやら知性も持ち合わせているらしい。
「姫さん達はなんでまた急にその話を? 二つ目の性に何か不満でもあるんです?」
「不満があるわけではないの。ただ、私はごく普通のαなのに、Ωが受けるべき恩恵……いや、愛情? を受け取ってもいいのかな、って思うことがあって」
「ふぅん」
シルフはここで妙案を思いついた。人間社会はともかく、人間の生態にまで興味を抱いてこなかった代償とでも言うべきか。なんと彼は、恐ろしい行動に出てしまった。
「それじゃあ、ボクが変えてあげるよ!」
「「えっ?」」
「し、シルフさん……? 多分これ、軽率に変えていいものでは────!?」
輝く尊顔でニコリと笑うシルフ。唖然とした顔が徐々に引き攣るカイルとアミレス。制止も虚しく間に合わなかったエンヴィー。
シルフがアミレスの体に触れたまま「えいっ」と軽く魔法を使う。──否、これは単なる魔法に非ず。変の権能による理の改変に等しい行為であった。