番外編 ある男達と仮装
2024年のハロウィン番外編です。
ハロウィンなので、今回は仮装にまつわるSSをそっと更新しておきます。※アミレスは不在です。
第五章・帝国の王女 第六節・残星の夢醒編 676.Main Story:Ameless2 までのネタバレを含みます。
それは、なんでもない日のこと。
春の陽気にあてられたのか、はたまた過労のあまり気が触れたのか。ほんの昨日より、皇帝の側近に明確な異変が見られるようになった。
「お、おいあれ見ろよ……」
「あれってケイリオル卿、だよな……なんだあの格好……?」
「昨日からずっとあんな感じらしいですよ」
「いったい、何があそこまで彼を追い詰めたんだ…………」
「というか」
「なあ……」
「「あの方の口元、初めて見た…………」」
ケイリオルの姿を見て騒然とする城勤めの者達。文官も、兵士も、騎士も、使用人も、等しく誰もがその目を疑った。
「フリードル殿下。ケイリオルです」
「ああ、どうぞ」
「失礼致します」
ニコニコと笑いながら書類を抱え、フリードルの執務室の扉を叩く。内から返事があったのでいつもの調子で入室した……が、しかし。ケイリオルが部屋に入るやいなや、フリードルは硬直した。何度も瞬きしながら必死に驚愕を宥め、彼は疑問だけを表に出す。
「──つかぬことを、お伺いしますが。そちらの格好はどうされたのですか……?」
「こちらの衣装ですか? いやぁ、中々の出来ですよね。流石はシャンパー商会です」
くるりとその場で一回転して、ケイリオルはえらく楽しげに答えた。
灰紫色に彩られた、柔らかく弧を描く口元。病的に白い肌の上では、瞳を覆い隠すように穴の無い妖艶な黒の仮面が異質さを放つ。毛先にゆくにつれ透明感を増すふわりとした金の髪を押さえつけ隠すは、洒落た意匠と装飾をあつらえた黒い紳士帽。鍛え抜かれた彼の胴と四肢を覆う、これまた黒を基調とした礼服。フロックコートの裾にあえてつけられた汚れや傷が、不完全さ故の危うさを醸し出している。
(服のそのものではなく、そのような格好をしている理由を聞きたかったんだが)
とフリードルが困惑したところで、
「実のところ、この格好には深い事情がございまして」
それを視たケイリオルがすかさず状況説明に移った。
「近頃、巷では仮初の装いに興じること──『仮装』なるものが流行っているそうで。若者を中心にこの仮装文化がじわじわと広まりつつあるようです」
「……?」
「空想上の生物をはじめとして、魔物や亜人、物語の登場人物などを模した衣装を身に纏い、時にはそのモデルとなった者のように振る舞う。例えるならば、舞台の無い演劇といったところでしょうか。つまらないと思われるかもしれませんが、これもまた一興なのですよ」
「………………??」
フリードルは絶句した。どうやら理解が追いついていないようだ。
(……我が民がよくわからない。演劇でもないのに他者を演じる? それの何が楽しいんだ……? 民心をよく理解しているらしいあの女に聞けば、何かわかるのだろうか)
純粋に演劇を楽しむ感性も無ければ、寝物語や御伽話にも興味が無いフリードルらしい困惑っぷりである。
(本当に、フリードルはエリドルとそっくりだなぁ。理解しようとする姿勢があるぶん、彼より遥かに良い子だけれど)
「──ちなみに、僕の衣装は『赤バラのおうじさま』の主人公ランスロットの天敵、死神卿トリスタンになります」
「そ、そうですか…………しかし、何故ケイリオル卿まで民と同じように仮装を?」
「仮装中の者を名で呼ぶのは御法度。今ばかりはこの姿に倣い、死神卿とお呼びくださいませ」
「……死神卿」
「ありがとうございます。さて、何故僕が仮装をしているのか、でしたね」
今日のケイリオルは何やら面倒臭い気配がする。それを察知したフリードルの表情が徐々に固くなってゆく。
「先程の話に繋がりますが、巷で仮装が流行りつつあることにシャンパー商会が目をつけ、彼等は仮装黎明期の段階からある新事業を立ち上げたのです。──その名も、貸し衣装店」
「貸し衣装……? 仮装用の服を貸与する、ということでしょうか」
「流石はフリードル殿下。その通りでございます。シャンパー商会による高品質の衣装をお手頃価格で一時的に貸し出しできると、市民の間で評判らしいです」
フリードルが、ほう。と感嘆の息をもらす。
「件のシャンパー商会が、この度貸し衣装店を主軸に仮装を楽しむ催し事──……“仮装大祭”を開催予定とのことで、僕に広告塔になってほしいとの依頼がありまして。それに応じる条件として出したのが、僕専用の衣装というわけです。他人が一度着た服など、到底着れませんから」
「……成程。そういった経緯だったんですね」
「“仮装大祭”までの一週間弱、毎日仮装をして過ごすだけでシャンパー商会への貸しを作れるのです。受けねば損というものでしょう?」
と語る割には随分と仮装を楽しんでいる様子。そんな彼を訝しげに見つめるフリードルの元へケイリオルはスススッと近寄り、耳打ちする。
「それと。これは耳寄りな情報なのですが……」
(近頃のケイリオル卿はやけに距離が近いな)
「時分にして十月末。何やら王女殿下をはじめとした東宮の方々が、数年前からハロウィンパーティーなる催しをしているようで……。こちらのパーティーの服装規定が、此度の話題にもなっている仮装だとか」
「! それは真ですか、ケイっ──死神卿……!?」
アミレスを話題に出した途端この食いつきっぷりである。甥っ子の予想通りの反応にケイリオルはにんまりと笑い、軽く頷いてから続けた。
「えぇ。確かな筋からの情報ですので。さしあたって、フリードル殿下も仮装をしてみてはいかがですか? もしかしたら噂を聞きつけた王女殿下に、ハロウィンパーティーに誘ってもらえるやもしれませんよ?」
(──仮装を通じて、ほんの少しでもフリードルと遊べるといいなあ)
この男、甥っ子と遊びたいあまり適当に発言するようになってしまった。アミレスとたまにチェスなどで遊んでいるものだから、どんどん欲が出てきたらしい。
(ハロウィンというものが何なのかはいまいちよく分からないが、仮装することであの女のパーティーに招かれようになるのならば)
「──その話、謹んでお受けしましょう。僕に仮装のなんたるかをご教授いただけますか、ケ……死神卿」
「! えぇ、勿論です! 共に仮装を楽しみましょう、フリードル殿下っ」
露骨に目の色を変えたフリードルと、露骨に浮かれるケイリオル。
早くも翌日から、彼等は共に仮装をするようになった。ケイリオルがどこからともなく衣装を調達してきてはフリードルに着せ、ぎこちない様子でモデルとなった者のように振る舞ってみる彼を、ケイリオルは微笑みながら見守っていて。
「……──なんだ、この歯が浮くような台詞とキザったらしい性格は。『白ユリの貴公子』とやらは何がしたいんだ…………?」
ケイリオルお気に入りの衣装『死神卿トリスタン』と併せるべく用意された、『白ユリの貴公子ガウェイン』の衣装。白を基調として、フリルやレースなども多用された華美な衣装には、その名に相応しく百合の花が添えられている。
衣装と共にキャラクターにまつわる設定の冊子まで渡されたものだから、真面目なフリードルは混乱しつつも勤勉に、演技に取り組んでいるのだ。
己とは百八十度異なる性格の『白ユリの貴公子』の心情を理解できず、中々苦戦しているようだが。
(フリードルも、わりと歯が浮くような言葉の数々をアミレスに言っているような気がするけれど……まあいいか。何も視なかったことにしよう)
「──よくお似合いですよ、フリードル殿下!」
ケイリオルがぐっと親指を立てると、フリードルは不安げに眉根を寄せ大人しくなった。ケイリオル卿がそこまで仰るなら、と彼の言葉を信じることにしたようだ。
「ふふ、次のハロウィンパーティーが楽しみですね」
「……そうですね。詳細を妹に聞いておかなければ」
上機嫌なケイリオルにつられて、フリードルも小さく笑った、その時。東宮にてアミレスは悪寒に身を震わせ、大きなくしゃみをしたとか……。